第5話 作戦会議
作戦会議である。
荘厳な雰囲気の中、俺と花は真剣な面持ちで対峙していた。
円卓を囲む姿はまるで、アーサー王伝説の一端を再現したかのような――
「卓ちゃん、ジュースおかわり!」
「あいよ」
……ちゃぶ台の下に置いたペットボトルを取り出し、紙コップへジュースを注ぐ。
会場はキャメロットかと想起したものの、どうやら俺の部屋らしい。気のせいじゃったな。
脇役の自室ゆえ、特筆すべき内容がない。さながら、控室のようだ。
なぜブリーフィングを開いたかと言えば、彼女にヒロインとして当事者意識を持ってもらう必要があるからだ。
あなたは、スピリチュアル的にもラブコメのヒロインなのですよ!
ある意味洗脳を施す行為だが、断じて自己啓発セミナーの類ではない。なんせ、うちは高額な料金を取らず、心理学用語を多用せず、ヨガもやらせないからな。
とっても体に良い水素水(個人差あり)を飲み、俺は口火を切った。
「とりあえず、花はメインヒロインの一角なのは間違いない。しかし、タイプは“幼馴染”っつー敗北属性だ」
「そのあたりがよく分からないんだけど。タイプとか、属性とか?」
花が首を傾げる。
「入れ知恵はするけど、完全に理解されても困ったことになる。まぁ、君は話半分で深追いしない方がいい」
「う、うん?」
あくまで、メタ読みは俺だけだ。イロモノ枠に入ってしまうと、彼女のヒロインキャリアがそこで終了してしまう。
百均で買って来たホワイトボードを取り出すや、俺は相関図やら用語を記していく。
「瀬利裕太を巡る面子は、“幼馴染”、“学園のアイドル”、“妹”、そして“転校生”。俺の見立てじゃ、裕太と謎の転校生を中心にドタバタラブコメディーが描かれる」
謎の転校生は耳の尖がり具合から、どう見ても美少女エルフだが……皆、その件に関して何のツッコミも入れない。馬車に轢かれて、異世界転生したのかしら?
どうせそのうち、認識障害系の魔法を使ってましたとか説明されるだろ(てきとう)。この業界、可愛けりゃたいていのことが許される。
「え、裕梨ちゃんもヒロインなの!? そっかぁ~、でも少し納得。あの子、お兄ちゃん大好きだもんねえ」
腕を組み、うんうんと頷いた。
「ヒロインは初め三人くらいが基本構成。妹はあくまでサブの立ち位置かもしれない。結局、花が注視すべきライバルは橘先輩とエルミンさんだ」
プロエキストラが目撃してきた事実を、なるべく言語化に努める。
「この前言ったことの繰り返しになるが、幼馴染が敗北する最たる理由は慢心だ。積み重ねてきた思い出とやらは砂上の楼閣だ、物語開始っていう天変地異で容易に崩れ去る。オマケに、親しい距離はアドバンテージなんかじゃない。余計な近さはふり幅を狭め、ドラマが小さくなっちゃうからな」
真面目な性格が要因か、花はノートにモブのラブコメ学をメモっている。
「一番大事なことは、とにかく物語に関わること! 物語は主人公を中心に回っている。存在感を出せ、ドンドン出しゃばれ! キャラクター欄は、主人公の下を確保しろ!」
ここ、テストに出るぞ~。
いやさ、そんなテストはありません。
「否……しかし、だ。しかし、時すでに遅し。ラノベ的な表現を使えば、表紙は間違いなく銀髪の子だろう。転校してきたなんて、初手で分かりやすい登場シーンが披露されたんだ。まず間違いない」
「じゃあやっぱり、勝てない? 卓ちゃん、どうもエルミンさんばかり押してるよねっ。ひょっとして、本当は自分が気になってるんじゃないのぉ~?」
「そりゃ、気になる」
「えっ! うわ、どうしよっ! 応援しなきゃ、でも裕太ちゃんと結ばれるんじゃ……あ、そしたら、私が困る……」
思考と共にグルグル目を回していた、花。
謎の四角関係を構築される前に、俺は解体屋よろしく彼女の理論を爆破しよう。あれ、理論と論理ってどう違うんだ? セオリー? ロジック? ロンリー・マジック?
「ヒロイン筆頭とはつまり、主人公様の次に重要なお方である。下手な扱いしちゃ、どんな粛清を受けるか末恐ろしい。モブ風情、存在を抹消するなんて造作もない」
大野卓? そんなもん、初めからいなかった。いいね? はい、オワタ。
ラブコメヒロインにかませ犬としてちょっかい出すのは許されても、お触り厳禁が業界の常だ。NTRは、エッチなゲームか大人向け少女マンガで体験してください。
閑話休題。
「――かのソクラテスおじさんは弁明しました。正妻戦争を勝ち抜く者、無知の知たれ、と。己は知らないことを知っているゆえに、賢人なりや」
「そんな神託はなかったと思う」
「――かのベーコンは主張しました」
「スルーされたっ!?」
やけに花が騒ぎ立てているが、もしや哲学者好きの女子・哲女です?
「ラブコメを制する者、知は力なり、と。彼らが繰り返すテンプレから帰納的演算を施せば、幼馴染はメインヒロインへ至ること叶わず」
「どっちなの!?」
「されど、蓄積した敗北と失敗の歴史を知るや、唯一無二の個別ルートの扉が開かれん」
「それ、絶対言ってないよねっ」
彼女は、また声を荒げていた。解釈違いで揉めるやつかしら。
畢竟、幼馴染ヒロインが勝つためには敗北パターンを避ければいい。
地雷を踏まず、いち早くフラグを立てろ。消去法で選ばれろ。勝ち筋の光明は差し込む。
言わずもがな、か細い糸を切らずに手繰り寄せる難易度である。エルフのナイロンテグに対して、こちらは裕太を毛糸で釣り上げなければならない。
「今のところ、糸が赤いってことで互角だな」
花なら、運命のナンタラを信じられるだろう。
時計を見ると、夜まで付き合わせていた。家の外は薄暗い。
俺のバ……親愛なる母上の提案で夕食にカレーを食べた頃、彼女はうつらうつら舟をこいでいた。家は近くだが送っていくことになり、生ぬるい夜風を浴びながら考える。
さて、ラブコメ主人公は友人キャラごときにヒロインの情報を漏らしたりしない。
むしろ、聞くまでもなくお前らが情報をもたらすのが筋だろ? ん? なんて、上から目線の態度であらせられる。
フッ、だったら勝手に調査するだけさ。一流のモブは、世界の空気に溶け込むほどの気配遮断が使えるのだ。むしろ、パッシブスキルである。
住宅密集地帯に通じる一本道の前で、花がくるりと振り返った。
「卓ちゃん、今日はありがとうね。話はよく分かんなかったけど、協力してくれる気持ちがビシビシ伝わったよ!」
「さいで。君はこれからも素直な子でいてください」
なんでや! あんなに丁寧に説明して何にも分らんかったんかいっ!
ダメだ、こいつ……早く何とかしないと……
正規ヒロインにこの領域の話は伝わらないかー、と意識高い系よろしく飲み込もう。
流石に、ため息を禁じ得なかった。
「あぁ、最後に」
バイバイと手を振っていた花へ、アドバイスを付け加えた。
「花の場合、特に心配してないけど理不尽暴力はやめろよ。気に食わないからって殴る奴、最近じゃ幼馴染が嫌われる理由ナンバーワンだ」
ツンデ……レ? いいや、それは暴力です。
ラブコメ主人公がどつかれる光景を目撃する都度、俺だったら絶対クロスカウンターしちゃうなー、その点においては彼らの忍耐力を称賛することこの上なし。
口を大きく開き、彼女は屈託のない笑みで答える。
「私は、裕太ちゃん叩いたりしないよお。心外だなぁ~」
「でも、本当に大丈夫か? 確か、君……プリン取られた程度で激怒したじゃん?」
刹那、花が纏う雰囲気が一変した。
「あれは裕太ちゃんが完全に悪いのっ! 専門店で並んで買ったプリンなのに! 厳選された有精卵だけを使ったプリンなのに! ずっと食べるのが楽しみでフタに名前まで書いといたのに、裕太ちゃんが勝手に食べたんだよ! 許せないよねっ!」
「お、おう」
「しかも! 狼藉を働いた挙句――なんか、コンビニで売ってるモノと似たような味だって! うぅぅぅ~~~~~~っっッッ、許せないよね全く!」
花の憤慨が続き、俺はうんうんその気持ち分かるぅ~と頷く他ない。
なんせ、女子は共感を欲する生物なのだから。
彼女が語るエピソードを判断するに、実にらしい話だなと思った。ラブコメ主人公の鈍感力とデリカシーの欠如が詰まったエピソードじゃないの。
「言ったそばから、腹を小突くのやめなさい。カレー、戻しちゃうから」
「……ハッ! わ、私は一体何を!? つい数秒の出来事が思い出せない……」
記憶喪失系は幼馴染じゃ珍しい? 気を引くなら案外イケる?
一考に値するかを議論するかを検討させていただくお役所判断を仰ぐ間もなく、
「またね、卓ちゃん」
そう言って、ヒロインはスタスタ堀田家へ歩き出していた。
彼女の姿が見えなくなり、俺はもと来た道を戻っていく。これから大変だ。彼女が勝利を掴めば、嬉しいけれど俺の敗北を意味する。モブはいつでも敗北者。
暗澹たる景色とモヤモヤした自分の気持ちが重なり、より一層闇が濃くなった。
そういえば昔、太陽に近づきすぎて翼をもがれた奴がいたっけ。
幼馴染の慢心以上に、脇役の過信ほど自戒すべきものはない。
果たして、モブキャラの傲慢さが招く結末とは――
「あの笑顔の先に、俺はいない」
車のライトが人影を揺らす度、息長く独り言が木霊するのであった。
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