第4話 決断

 悪い噂は千里を走るそうだが、エルミンさんの噂は万里を走ったね。

 一時限目前の休憩時間に早速囲み取材を受けていた。

 出身は、趣味は、裕太との馴れ初めは、など。

 エルミンさんはニコニコと対応し、下世話な連中の洗礼を受け流す。


 二時限目の休憩時間は、同学年の奴らが物見遊山に訪れた。

 三時限目の後は、三年と一年が偵察に。

 四時限目を経てランチタイムにしゃれ込めば、普段姿を見せない事務員の方々が食堂へ押し寄せた。


 五時限目に至っては、校長と理事長が……おい、暇なのか。

 なんやかんやで放課後。


 今日は予定もなく、のんびり帰りの支度をしていた。いつも予定などない気がしたものの、帰宅部は帰宅部なりに忙しいと思い込むのであった。

 エルミンさん関連の喧騒はひとまず収拾し、教室には穏やかな時間が流れている。まあその代わり、喧騒は別の場所へ移っただけの話か。


 案の定、裕太は例の転校生に校内案内を頼まれ、ここに姿はなかった。

 今頃どんなハプニングを起こしているのかしら、彼らを探してぼくも出番を貰おうかしらと考え始めたタイミング。


 廊下の窓に、ため息交じりの憂鬱少女の姿が映った。

 俺は、くるりと踵を返す。

 ――さて。

 予定が出来た。やっぱ、帰宅部は忙しいぜチクショウ。


「花、授業はもうとっくに終わってるぞ?」

「あ、うん……卓ちゃん、か」


 花は、寝起きの犬みたいな顔で呆けていた。

 間抜け面、やめなさい。

 君さぁ、ヒロインって自覚あるのかね? 困るんだよ、それじゃー。


 否、自覚があったら、それはそれで困るので言葉を飲み込んでいく。

 まぁ、主人公がいなければそこは舞台の上でも舞台裏だ。たとえ、どんな本性を垣間見せたところで問題ないね。ギョウカイのルールだし、モーマンタイ。


「エルミンさん、可愛かったねぇ~」


 藪からスティックに、彼女は切り出した。


「美人だし」

「あぁ」

「おまけに、スタイルも良い」

「そうだな」

「皆、好きになっちゃうよねえ」


 明後日の方角に視線を泳がせつつ、うわ言を漏らしていた。普段元気な子が落ち込むと、浮き沈みが激しい。高低差ありすぎて、耳キーンとしちゃうレベル。


 俺がラブコメ主人公だとすれば、ははーん空腹で元気がないんだな! このくいしんぼガールめ。仕方がない、マックでも奢ってやるか! なんて、すっとボケるところである。


 堀田花がダウナー状態に陥った原因に予想が付く。てか、彼らの異常な思考が稀であり、どう考えても突然のライバル襲来に戸惑っていると同じ結論に至る。

 俺もヒロインのあらゆる好意を歪曲させられたらなー、主人公になれるんだけどなー。


 ラブコメの波動感じてぇーなー、でもまともな神経でそんな失礼なことできねーなー。

 所詮、一般人のセンスでは叶わないと自重したところで。


「花。ちょっと来てくれ」

「私、今日は何もする気になれないよ」

「いいから!」


 疲れた社畜みたいな表情のヒロインの腕を掴んで、俺は今度こそ教室を後にした。

 廊下ですれ違う顔馴染みの挨拶を無視するや、目的地まで全速前進していく。


「ちょ、ちょっと。どこに行くの?」

「……屋上」


 別に、久しぶりにキレちまったわけじゃない。

 いや、ある意味タイマン張るわけだが。


 屋上は本来、安全上の観点から封鎖されているものだ。だが、主人公が在籍する学校ではその限りにあらず。だって、屋上シーンは格好のロケ地ゆえ。優先されるは物語の事情である。スポンサーが難癖付けない限りね。


 給水槽とソーラーパネルがある以外、床のタイルが剥がれかけた殺風景な屋上にて。

 空は、夕暮れ模様に染まっていた。

 金網フェンス・デスマッチ。レディーファイッ。


「面倒くさい前口上は省略するぞ。それで? どうするんだ?」

「……? どうするって?」


 何のことか分からず、彼女は首を傾げるばかり。

 単刀直入だったかもしれない。だが、急を要する事案である。

 鈍感アピールは主人公様だけにしておくれ。


「もちろん、裕太のことだ。――堀田花、お前は瀬利裕太のことが好きだろ。友達として好きとか、LOVEじゃなくてLIKEとか、そういう誤魔化しはいらないよ」

「……っ!」


 決めつけ同然の言葉に、花は瞳を大きく瞬かせていく。動揺しているのか、口が勝手にパクパク動いているようだ。エサを求めるコイが脳裏を泳いだ。


「な、ななっ、何を言って」

「隠すなよ。誰かに言いふらすつもりはない……ていうか、大体皆知ってるぞ」

「うぅ~……そ、そうなんだ……っ! は、恥ずかしいなぁ~もう」


 赤面して、乙女心を覗かせる彼女はモジモジと揺れた。


「残念ながら、当の本人だけ気づいていないって状況だけどな」

「やっぱり、そうなんだ……」

「いわゆる、お約束さ。仕様ってやつだ」


 仕様だからしょうがない!

 と、普段から環境問題に憂慮している俺が地球温暖化対策に励めば、


「卓ちゃんは、エルミンさんのこと知ってた?」

「いいや、今朝知った口だ。可愛い子と同棲とか、羨まけしからんな!」

「裕太ちゃん、私たちにもホームステイ、内緒にしてたんだよね。それってつまり、あの子の方が大事なのかな」


 つい首肯しそうになったが堪える。

 そりゃ、メインヒロインが一番大事に決まってんじゃん。


 先方は言わば、パッケージを飾るお方やぞ。いや待て、エルミン・ナントカを第一ヒロインと断定するのは時期尚早か。俺の見立てだと、ほぼほぼ表紙に採用されるキャラクター性を持っているものの、先輩と妹ヒロインたちの関係性が不明瞭じゃないか。


 ただし、一つだけはっきりしていることがある。

 それすなわち、


「――幼馴染は敗北者」


 幼馴染ヒロインは総じて、メインの中ではメインじゃない。

 古今東西、彼女たちは当事者意識が低いゆえ、肝心な時ほど存在感を発揮できていない。結果、メインストーリーにおいて他のヒロインに食われてしまうのだ。いつからか、幼馴染ヒロインは敗北者というレッテルが貼られていた。


 話を戻そう。


「花はどうするつもりだ? このままじゃ、裕太を取られるぞ。最悪、手の届かない場所に行くかもしれない」

「取られたくないよ。でも、ずっと一緒だったのに……変わらないと思ってたのに」


 まさに、幼馴染的な発想だ。

 その思想こそ、慢心たる所以だ。

 その思念こそ、危険極まりない。

 その思考こそ、敗北へ導くフラグだというのに。


「卓ちゃんは、どうした方がいいと思う?」


 俺の態度を窺い知るため、花が上目遣いで覗き込んでくる。

 モブに答えを委ねるのはやめたまえ、自分で決めなさい。


「……なるほど、ずっと仲良しだったから今更告白するのは照れくさい。とは言え、好きな男をどこぞの新参者にみすみす奪われるのは癪だ。私だけじゃ、このピンチを打開できない。そうだ、事情を話せば協力してくれるかもしれない奴がいる。でも、彼にもあの子が好きなこと秘密だしなあ。もう困った困った……って感じでオーケー?」

「やっぱり凄いね、卓ちゃんは。ひょっとして、何でもお見通しなの?」

「まさか! 似たような展開を何度も見たことがあるだけだ」


 既視感。

 デジャブ。

 テンプレ、乙。


 ラブコメは小学校で二回、中学で三回、高校で三回関わった程度さ。

 屋上に柔らかな風が吹き、返事を急かすかの如く花の髪を乱れさせた。髪を押さえつけるも逡巡は止まらず、幾ばくかの静寂が訪れた。未だ、踏ん切りがつかないのか。


 君が言うべきことなんて、最初から決まってるだろ?

 随分と弱気な手弱女に、俺は心根が優しいので助け舟を出すことに。


「幼馴染の堀田花さん、賽は投げられた。正直、今更悩んでる時点で負けは濃厚。実際、投げられたのは匙の方かもしれない。なんせ、彼らは秘密の同棲とやらをしゃれ込む連中なのだから」


 諦観ムードの花がドンドン沈んでいく。

 負け試合に乗っかる奴は、酔狂かバカな奴くらいだ。


「それでも、花にやる気があるなら協力するぜ」

「――え?」


 意外そうに顔を上げた。

 え、嘘? こいつ、童貞?

 みたいな、表情だった。うん、リアルガチで。

 苦虫を噛み潰す勢いで顔をしかめただろう俺に対して、


「助けて、くれるの? 勝てる見込み、ないんだよね? どうして?」

「そりゃ、助けるだろ。俺とお前、友達。トモダチナラ、アタリマエ」


 アルシンド、今の若い子シラナイヨ~。

 当然、花は物まねをしたことなどつゆ知らず。


「ありがとう! 卓ちゃんは、心の友だよぉ~」

「……っ!」


 こいつ、一瞬で間合いを……っ!? 異能力バトル系主人公より速いぞ!

 咄嗟に距離を詰められたと思えば、ギュッと熱い抱擁を交わしていた。

 幼馴染とは言え、可愛らしい子の柔らかい感触と微かに鼻孔をくすぐる甘い匂いにイロイロと反応してしまう。ぼく、思春期だから! うっ、マズいですよ!


 心の声とは裏腹に、腰に回した腕がなかなかどうして離れない。。

 つい力んじゃうとです。


「どうしたの、卓ちゃん?」

「いや、何でもないですたい」


 博多弁を発するくらい、動揺しちゃったばい。

 どうにか意識を逸らそうと茜色の景色を眺めた刹那、

 チョロいDTは地上を半眼で睨み、一流のモブへ意識を切り替える。


「花――幼馴染の意地を見せたいというのなら、お前はあそこに割り込まなければならない。その矜持、果たして辿り着けるかな?」


 フェンス越しにちょうど校門辺りを見下ろせば、二人組の男女が下校していた。前髪で目元が隠れた男子を、銀髪の女子が先陣切って引き連れている。


 ……やれやれ、エルミンは強情だな。

 目下、裕太が喋っていそうなことを口ずさむ。

 比べて、花は金網に細い指を絡めながら呟いた。


「うん、頑張らないと振り向いてもらえないから。やっぱり、私……裕太ちゃんが好きなんだなあ」


 胸に秘めた決意を吐き出すと、彼女は小さく微笑んだ。

 沈黙した途端、背景と同化することに定評がある俺は、そっと屋上を後にした。

 これからのプランをネルネル練り練り。


 階段を一段ずつ下りつつ、段取りだ。

 ゴールは、遥か先。奥の奥。向こうの向こう。

 ルートはどうする? ターニングポイントは? ミッドポイントは……


「まったく、面倒なことに巻き込まれちまったぜ」


 肩を落として、落胆アピールは欠かさない。

 俺は、平穏な毎日を過ごしたいだけなのに! 何事も平均、平凡。普通が一番さ!

 まるで無気力ムーブに忙しい主人公みたいだなぁーと思いました。

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