第2話 友人キャラ
《一章》
――普通とのたまう連中がいた。
主人公、である。
彼らはいつも、聞いてもないのに何の取り柄もないと語り、平凡アピールを繰り返す。そのくせ、懸命に努力した姿勢を一度見せるだけで成功が約束された奴らだ。
俺・大野卓が歩んだ16年の人生において、そんな輩と遭遇する機会がなぜか幾度となく訪れたものだ。代表的な例を挙げよう。
ケース1、小学校時代。
一緒に出掛ける度、事件に巻き込まれる友人がいた。彼はいつも偶然たまたま犯人を目撃していたり、現場に不自然な点があれば「あれれ~、なんだかおかしいなー」と呟きながら、知り合いの刑事さんに助言して事件解決へ導いていた。
「いやぁ~、謎に好かれてるのかな? 僕、謎ってつい解いちゃうんだよねぇ」
お前は名探偵様か。
付いたあだ名は、コナン君。子供ニュースで取り上げられた、地元の有名人。
キメ台詞はもちろん、
「真実は、いつも一つッ!」
ん? 真実なんて、人の数ほど存在するだろうに。
そういえば彼、高校生になってからの活躍を聞かないな。もしや、変な薬を飲まされてまた小学生ライフを過ごしているのかしら? ハハッ、まさかね……
ケース2、中学時代。
廃部寸前の弱小サッカー部に入部した友人がいた。
サッカー嫌いの生徒会長に「部員を集められなきゃ、廃部。必殺技をマスターしなきゃ、廃部。公式戦で負けたら、廃部」など、事あるごとに嫌がらせを受ける始末だったが。
「超次元サッカーではよくあることだぜ!」
そして、努力と根性、友情もろもろで勝利を掴んでいった。夏が過ぎれば、いつの間にか生徒会長がマネージャーとしてグラウンドでげきを飛ばしていた光景が懐かしい。
必殺技とは何ぞや?
どうしてボールを蹴ると炎が舞い踊り、ドラゴンの咆哮が聞こえるのだろうか。それが未だに分からない。ツッコミ不在ゆえ、超次元サッカーは難しい。
ケース3、高校時代。
これはちょうど半年前の体験だ。
締め切り絶対厳守の宿題を学校に忘れてしまい、夜の校舎に忍び込んだ時のこと。窓に反射した溢れんばかりの光の奔流に目を奪われ、暗がりの校庭へ足を向けていく。
「おい、お前! どうして、ここにいるんだ!? 一般人は、結界の中に侵入できるはずがないのにっ!?」
いわゆる、異能力バトル系主人公だった。
彼はお供の美少女を二人引き連れ、謎の怪異アンノウンと戦いの日々を繰り広げていたらしい。ふーん。いつも思うんだけどさ、人類の存亡と地球の滅亡をかけた戦いを高校生に押し付け過ぎじゃない? 頑張れよ、大人。あと、アニメやマンガってやたら結界張るよね。それ、万能ツールじゃないぞ?
俺はあり得ない光景を目撃した一般人役。怪物に呆気なく殺される覚悟をしたものの、自ら壮大に気絶したフリで犠牲ルートから逃れることに成功。
「念のため、記憶を操作しておきましょう」
ぜひ、お願いします。
彼らが聖剣やら召喚獣を行使する姿を半眼で眺め、魔法的なものを浴び続けた俺。
「よしっ。これであなたは目が覚めた後、どうして校庭にいたのか思い出せません」
ありがとう、名も知れぬヒロインB!
輝くドレスを纏い、ミニスカートを揺らしながら戦線に復帰するあなたの勇姿は絶対に忘れないぜ!
「水玉、か……」
記憶喪失になったはずのモブは、あの出来事をまるで昨日のことのように懐かしむ。
あれ……?
閑話休題。
まだ紹介していない主人公的存在は数知れないが、枚挙に暇がなく割愛。
これまでの経験から、俺は己が友人キャラなのだろうと目星を付けた。
俗に言う、物語の数合わせ。モブ。ガヤ。その他。自称ぼっちな主人公の、唯一の男友達。本筋に絡まない日常パートの象徴。言い方は様々だが、脇役って奴に違いない。
別に、主役になれなくても悲観しない。なんせ、向上心の欠片もないと通知表に記され、あまつさえ三者面談では負けず嫌い嫌いな性格だと窘められたことがあるからな!
ちょい役は気が楽で、ちょうどいいものさ。
気づけば特技が備わっていた。
主人公に対する嗅覚である。
無意識に、誰がどんな主人公属性を持っているのか察知してしまう。相手の正体をつまびらかに暴き、その一挙手一投足を予期するまでに至った。
彼らが織りなすストーリーには、ジャンルが異なれど大枠があり、似たような展開を辿って収束していく。我々の業界では、テンプレ乙と揶揄されるパターン。
そして、一流のモブと化した今日この頃。
大野卓に、転機が訪れた。
否、正しく言えば転機が訪れたのは俺の友人――
「おい、卓! さっきから、何を一人でブツブツ言ってんのさ?」
隣で肩を並べて、通学路をテクテク進む男に思考を遮られた。
ふと、視線を送る。
中肉中背。中性的な顔立ち。前髪が目元にかぶり気味な少年・瀬利裕太は俺の友達だ。外見や能力は、どこにでもいるようなごくごく普通な――以下略。
おっと、失礼。大野卓が、瀬利裕太の友達だな。
「あぁ、ちょっと俺のパーソナリティの成り立ちをモノローグ調でお届けしてた」
「また、よく分からないこと言ってるし。やれやれ、卓はいつもバカだな」
呆れたなと付け加え、裕太は肩をすくめた。
肩をすくめる姿は様になっていた。まるで、肩をすくめるために生まれてきたようだ。
それもそのはず。
最近、裕太の周囲には漂っているのだ。奴ら特有のスメルが。
クンカクンカしなくとも、ラブをコメする甘酸っぱくほろ苦い青春スパイスのにおいが胸焼けしそうになるくらいプンプンする。可視化すれば、ショッキングピンクに他ない。
しかし、彼はまだラブコメ主人公の片鱗を見せていない。きっとそのうち、俺たちのクラスに謎の美少女転校生がやって来たりするのだろう。それが物語の始まりの合図だ。
先方が活躍するほど、当方はおちゃらけた悪友という脇役界の大役を授かることになる。実現した際には、謹んでヒロインのスリーサイズを調べて報告させていただきます。
言わずもがな、相手の趣味嗜好、現在地、好感度など素行調査なんて大変だなー面倒だなーと捕らぬドラの皮算用に勤しんでいると、
「もう、お兄ちゃん! なんで起こしてくれなかったの! おかげで遅刻するところだったじゃない!」
突如、飛び蹴りの襲来。バックアタックだ。
「あべしっ!?」
どこにも阿部氏はいませんよ?
視界から裕太がフェイドアウトするや、活発そうなツインテールが出現した。
クリっとした猫のような瞳を瞬かせ、口元はニヤリとつり上がっていた。
「おう、裕梨じゃん」
「あ、卓っち。ハヨー」
地べたに転げ落ちた裕太をよそに、俺は彼の妹に挨拶した。
瀬利裕梨は一学年後輩で、ズボラムーブに忙しい裕太と比べてしっかり者だ。
去年、仕事の都合(物語の都合だろ!)で両親が海外赴任してしまったため、彼らは一軒家に二人で暮らしている。家事の類は全て裕梨が仕切っており、裕太は彼女に頭が上がらないらしい。俺が泊まりに行った時、夕飯をご馳走になってなかなか美味かった。
「もう、ほんとお兄ちゃんってサイテーだよね。普通、こんなに可愛らしい妹を起こさないで登校する!?」
「うんうん、わかるぅ~」
女子だからね。低血圧は早起きが苦手だもんね。
「まったく、おかげで今日の朝食はイチゴとバナナのヨーグルトスムージーで済ませちゃったもん! キウイ切る時間なくて、ほんと最悪だった」
「だよね~」
女子は共感を欲する生き物である。
ミキサーの時間あるんかい! なんて、ツッコミをしてはいけない。
すると、放置されていた裕太が立ち上がる。
「いてて……裕梨は乱暴だな。これじゃせっかく見た目は良いのに、モテないぞ」
「おあいにくさま。お兄ちゃんと違って、よく告白されるんだから!」
ニヤリと勝ち誇った笑みで、胸を張った裕梨。ちなみに、起伏は乏しい。
「裕梨。胸がないのに、胸を張るって表現……これよく考えたらとても残酷――」
「殴るよ!」
「あべしっ!?」
だから、阿部氏は何処?
再び地べたに這いつくばり、主人公はガイヤの意思を傾聴している。
「フン、朝からデリカシーのないヘンタイとその仲間の相手なんて不毛ね!」
「なんで俺も同じカテゴリなんだよ。何も言ってないだろ」
「卓っちはお兄ちゃん唯一の友達でしょ? じゃあ、同類よ」
そう言うや、裕梨は俺たちを置き去りに先行していった。
「やれやれ、我が愚妹の奔放ぶりには困ったもんだ」
「奔放なのはお前に対してだけだろ。校内の噂は俺の耳にも入って来るぞ」
「猫被ってるだけさ。皆、簡単に外面に騙されちゃって」
一体、裕梨はどこから借りて来たのかニャン。
瀬利兄妹のじゃれ合いに付き合ったため、遅刻しないと思うが少しペースを速めよう。アーチ状の屋根が連なる商店街を抜け、桜の並木道を直進した。校門へ続く舗道の隣に整備された庭園が生徒たちを迎え、季節に応じた花壇が列を揃えている。
うちの私立高校は、設備が綺麗なのにナントカ補助金のおかげで学費が公立並み。偏差値は中の上クラスで、平凡な連中にとって普通に憧れる学校だ。
校門の傍に近づいたタイミングで、黒塗りのセダンが路肩に停車した。白髪のダンディーな運転手が降りるや、流麗な動きで後部座席のドアを開けていく。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ありがとう、セバスチャン」
ところで、執事って必ずセバスチャンなのか? 実にありきたりじゃないの。
俺の疑問をよそに、姿を現した美少女は優雅な雰囲気を醸し出していた。
眩しいブロンドヘアーをなびかせ、透き通るような白い肌はきめ細かく、精巧な人形と勘違いするほど顔の造詣が整っていた。真面目な性格を表しているのか、制服は着崩さない。しかし、ダボダボした印象を与えない不思議な印象だ。
そんな彼女は、セダンの窓ガラスを鏡代わりに前髪を整えてこちらへ向いた。
「あっ、おはようございます。瀬利さん!」
「おはようございます。橘さん」
「ぐ、偶然ですねっ。学校はすぐそこですけど、一緒に行きましょうか」
ほんのりと頬を染めながら、橘さんはスカートの裾をギュッと握っている。
「はい。じゃあ、昇降口までですが……」
ふーん。
二人の他愛ないやり取りを見て、俺はさっそく友人キャラの役目を全うした。
「なっ!? な、ななな、なにぃぃいいいいいーーっ!? おい、裕太っ! いつの間に、橘みおんさんと親しくなったんだよっ! 橘みおんさんと言えば、彼女にしたい校内ランキング一位のスーパー美少女じゃねーか! 一体、どんな手を使いやがった? 俺だって、お近づきになりたかったのに……白状しろ、この薄情者ぅぅ~~~」
登校中の他の生徒に聞こえるように、俺はオーバーリアクションを取った。
「落ち着けって、卓。橘さんとは、その……偶然……そう、偶然喋る機会があってだな」
――把握済みだ。
橘みおん。お嬢様系ヒロイン。
誰にでも優しい美人と言われるが、親友はいない。理想に塗りつぶされ、作られたイメージの壁が厚く、自らもまた他人と距離を置いている。
そんな彼女に対して、分け隔てなく接するラブコメ主人公……だろ?
「ふふ、その節はありがとうございました。また相談に乗ってくださいね」
騒ぎ立てる俺。
宥める裕太。
悪戯心に火が付いたのか、橘さんがするりと裕太と腕を組んだ。
「それでは瀬利さん、エスコートお願いしますね」
「ちょっと、橘さん! マズいですよ、誤解されますって!」
「むぅー、そうですかそうですか。わたしじゃ、嫌ってことですね?」
「そんなこと! 滅相もございません!」
ちゃんとラブコメの会話してるなーと思いました。
「ち、ちきしょうっ! なんで、裕太ばっかり! 可愛い妹と美人の先輩とイチャイチャするとかリア充過ぎるだろ!? この、素っ頓狂の朴念仁!」
「まるで、俺を鈍感みたいに……」
ラブコメ主人公の口癖が出たところで、このパートを締めようじゃないか。
「うわあああああ! 覚えてろよ、いつか俺だって可愛い子と、あんなことやこんなことぉぉおおおーーっっ!」
そう叫ぶや、俺は韋駄天よろしく校舎へ姿を消していく。
「まったく、卓はアホなんだから」
「愉快な人でしたね」
こうして、寸劇に興じた者への感想が呟かれるのであった。
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