俺の幼馴染が敗北ヒロインになったので、友人キャラがテンプレ知識を使って抵抗してみた。
金魚鉢
第1話 告白
《プロローグ》
――あの眩しい笑顔の先に、俺はいない。
「ずっと前から、小さい頃からっ! 好きでした……っ! 私と付き合ってください」
告白すれば恋が成就すると陳腐でちんけな噂が囁かれた、伝説の桜の木の下で。
少女の爛漫たる瞳は、美しくも儚げだった。
視線を交わすほど、愛おしくも切ない感情が込み上げる。
だが、それも刹那の逢瀬。
「……」
瞬く間に、彼女はギュッと唇を結んで頬を紅潮させるや、沈黙に耐え切れず俯いてしまった。何か言わなければならない。そんな沈黙が続いた後。
旧校舎の中庭に、一陣の風が吹いた。
ピュー、っと。
まるで、じれったいな、早くしろよと煽っているかの如く、少女の頬を撫でつけた。なびいた黒髪が唇にかかり、散りゆく桜の花を添えたちょうどその時。
「うぅ」
「うぅ?」
小刻みに震える身体から漏れ出した声に耳を澄ませれば、
「あーっ。無理無理無理っ! やっぱり、私には無理だよぉ」
これまで安定感を誇っていたジェンガが瓦解するかのように、突如静寂は破られた。
花がブンブンと首を振り回し、体育座りのまま顔を隠してしまう。うがー、ダメだー、恥ずかしい~、などと容疑者は供述しており……
「これは練習だろ、花? 俺相手に緊張してちゃ何も始まらんぞ?」
俺は、かのラブコメ主人公様を見習いやれやれと肩をすくめてみた。
「だってぇ~、緊張しちゃうもんはしちゃうんだもん。卓ちゃんは聞いてるだけだから楽だよね。私、告白なんてしたことないし……いくら仲良しの友達と練習だって、恥ずかしくなるもんだよ!」
恨めしい視線を頂戴するや、俺は今度こそ本当に肩をすくめる気持ちになった。
「……仲良しの友達、ね。ハッ。結構、つれーわ」
「え? 何て言ったの?」
「ん、気にするな。そんなことより、今は花の問題だ。この有様じゃ、あの鈍感王は告白されたと認識さえしないぞ」
精神をチクチク刺してくるわだかまりを払拭せんと平静を保った。
「俺たちに、手をこまねいている暇は一秒もないぜ。裕太を狙う他のライバルたちに追い付くどころか、まだ見ぬ強者どもがこれからドンドン押し寄せてくるのだから」
「う、うん。裕太ちゃん、すごくモテるもんね。エルミンや橘さんに負けないように頑張らないと」
よし、やる気が戻ったな。ポジティブさは花の長所だ。
前屈みで彼女の顔が近い。吐息、こそばゆいからやめて。
別のことに意識を移すため、俺はコホンと咳払いを一つ。
「前にも言ったけど、花はラブコメ主人公の幼馴染だ。得てして、幼馴染には敗北の気配が色濃く付きまとう。なぜか、分かるか?」
「ううん、全然」
「初めから、距離が近いからだ。仲良しってのは、ヒロインにとってハンデなんだよ!」
「え~、仲良しが問題なの? 私、よく分からないなぁ」
花が、う~んと首を傾げてしまう。
「親しい距離ほど、関係が強固だろ? つまり、振れ幅が小さいっ! ってことは、ドラマが生まれにくい! ヒロインに一番必要なものこそ、ドラマティックだっ!」
例えば、映画を思い出してほしい。
恋愛モノでも、アクションでもいい。出会いのシーンだ。
序盤、主人公とヒロインの間には大きな隔たりがある。物理的なものに限らず精神的な障害かもしれないが、とにかく乗り越えなければならない壁は大きいのだ。
難しい試練を突破する時、人はそこにカタルシスを見出すのである。
畢竟、ヒロインとはドラマを広げてなんぼの存在なのだ。
「で、でも……私、裕太ちゃんと一緒に過ごした思い出の数なら他の子に負け」
「――思い出? プレシャスメモリー? やめろ、過去を語るな。回想は死と同義だぞ。んなもん、唾棄すべきゴミだと思え!」
「ひどいよ! 卓ちゃんのばかぁー」
反論のインターセプトに、花はむくぅ~っと頬を膨らませてしまう。
さりとて、彼女はまるで理解していないのだ。
幼馴染の最たる敗因こそ、自らの大事な記憶に基づく慢心ということを。記憶の箱はパンドラ製ゆえ、希望的観測を抱いてはいけない。
「卓ちゃんの考え方、難しいよぉ」
当たり前だ。
まともな奴は、こんなメタ的手法に頼ったりしない。
正規ヒロインがこの手の話題に納得する方が問題だ。
世界を俯瞰気取りのひねくれ者など、俺だけで十分なのだから。
「じゃあ、今日はもう帰るか」
木の根元に置いたバッグを背負い、俺たちは帰宅の途に就くことにした。
校門を抜け、十字路の信号につかまった頃合い。
「そうだ、花。ちゃんと裕太の家に寄って行けよ」
「えぇ、どうして?」
きょとんとすっとぼけたヒロインに、やれやれ味をテイスティング。
現代の若人よろしく、おかしな日本語を作る程度に辟易だ。
「あのさぁ……物語は、主人公を中心に回ってるんだよ。メインキャラなら、もっと出しゃばれ。つねに、主人公の隣を確保しろ」
「うーん、別に用事ないんだけどなぁ」
「用事がなきゃ、でっち上げろ! 別件逮捕だ!」
支離滅裂な思考と共に、俺は声を荒げることこの上なかった。
……オメー、ただでさえ幼馴染は影が薄くて埋もれるんだぞ!
花の背中を叩いて先を急かすと、彼女はキャッと小さな悲鳴を上げた。
「もう、まったく卓ちゃんは強引だなぁ。行けばいいんでしょ、行けば」
「疾く走れ!」
「はぁ~い」
渋々といった口調で、小走りで通りの角を曲がった花。
やっと姿が見えなくなり、俺はため息と共に独り言ちていた。
「――お前はもう、負けている」
誰が決めたか、幼馴染ヒロインは敗北者。
ラブコメにおいて、古より伝わりし掟である。
そんなことは百も承知だ。
数多の幼馴染が、後悔を伴う涙を呑んできたことだろう。
いや。
だが。
しかし。
されど。
だからこそ、あの子を勝たせてやろう。もう決めたのだ、撤退はない。
「俺が暗黙のルールってやつを覆してやるよ、堀田花」
大丈夫、昔からズルは得意さ。
インフルエンサーになり得ない友人キャラに過ぎないけれど、モブはどう足掻いてもモブだけど、俺には幾多の主人公の活躍を見届けた実績がある。
案の定、瀬利裕太のラブコメはテンプレをなぞっているものだった。
ならば、お約束の逸脱者に立ち回る術もありよう。俺はゆっくり歩きながら、彼と彼女らが巻き起こすラブコメ展開を予想していくのであった。
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