19. 卒業と進級




 3月。香織先輩や関先輩方が卒業する。だからいつもと変わらない……いや、少しずつ芽を出し始め、箇所かしょによっては咲いている桜を横目に香織先輩とその道を歩く。


 「ねー琉椰りゅうやくん」

 「んー?」


 隣で香織先輩は指差しながらこちらに顔を向ける。


 「お花見したことある?」


 僕は首をゆっくり左右に振る。


 「無いよ」

 「いっかいも?」

 「うん。ただ去年は桜綺麗だなって思っただけだったし、思い返しても花見の一つもしたことないかな」

 「そっか〜」

 「どうして?」


 何故そんなことを聞くのだろうと首を傾げる。香織先輩は柔らかく微笑んだ。


 「じゃあさ、今度一緒にお花見しよーよ」

 「…………」


 風に髪を揺らしながらにぃっと微笑う香織先輩は綺麗だった。







 卒業式。校舎の敷地内にも植えられている桜はほぼ満開でそよ風に揺れている。


 「あーあ、もう卒業かー」


 中庭のベンチに腰掛けて両足をぷらぷら揺らしながら言う香織先輩。何か思い残したことがあるのだろうか?


 「もしかしてもっと居たかった?」


 そんな僕の言葉に即答した。


 「あったりまえじゃん! もーっと早くに出会ってたらさ、いっぱい一緒に学校に来れるし、お家に帰れるでしょ? だから……ちょっとだけ悲しいなって」


 切なそうに目を伏せつつも顔は笑う彼女に僕は少し笑う。


 「確かにそうかも……香織と二人でこうして一緒の景色見れないんだなって思うと残念な気持ちになるよ」

 「ふへへ、同じこと思ってくれてうれし」


 ベンチに置いた手を握る。ほっそりとした香織先輩の右手はあったたかった。


 「だけどさ……卒業、おめでとう香織」

 「……ん、ありがと」


 キュッと唇を引き結んでからそう伝える。学校でもう会えないと思うと1日のうちたった数時間しか一緒にいられないのだ。悲しい気持ちを押し殺して香織先輩の方に顔を向ける。香織先輩もまたこちらを見ていて、コテンっと首を傾げた。僕は泣きそうになるのを我慢してそっと傾げたその左頬に右手を当てる。桜の花弁はなびらが舞う中で僕と香織先輩はその日最期の学校の中でキスをした。







 4月。僕は2年生に進級した。クラス替えもあったけれどあまり変わらない顔ぶれの中に弦宮つるみやさんが加わった。


 「おんなじクラスだね鏑木かぶらぎくん」


 手を振りながらにこやかに笑う彼女に僕は頷く。


 「これから同じクラスメイトとしてよろしくね」

 「うん。僕の方こそよろしく」


 弦宮さんとはほんの少しだけ関係が変わった……と思う。以前であればただクラスが違うだけの香織先輩の友人で同じ部活に所属している人だった。だけど今は友達ではあるだろうけどそんな一言では表せれない友達だけどそれよりも一歩先のところなんだと思う。アレ以降、そんな感じだ。


 「また一緒だな鏑木」

 「そうだね赤坂くん。これからもよろしく」

 「おう。こっちこそ頼む」


 赤坂くんと握手したら急に離して手のひらをその手の横に出して打ち合うように合わせ合う。何かで見たけれど外国の人がやるようなエモートなんだろうと気付きノる。


 「おっ、なんだ知ってたか」


 ニッと笑う赤坂くんに僕も笑って返す。


 「まぁね。偶然知ってたんだ。合ってて良かったよ」

 「へぇ〜そんなのやるんだね」


 弦宮さんはそれを見て感慨かんがい深く頷いていた。


 「詳しいことは分かんないけどやるみたいだね。弦宮さんもやってみる?」

 「え、やってみたーい」


 手探りだけど弦宮さんともやった。弦宮さんは終始楽しげでどうやらその挨拶を気に入ったようだ。







 クラス委員決めも見知った人が多かったのもあり、去年と同じように僕が委員長に成り行きで決まった。


 「それじゃあ去年に引き続きやるけれど補佐というか副委員長やりたい人いる?」


 先生に代わって取り決めを行う。チョークを片手に教卓からクラス全体を眺める。すると手を挙げる人がいた。


 「わたし、やりたい」


 その声の主は弦宮さんだった。


 「分かった。他にやりたい人いる? いなかったらこのまま弦宮さんにお願いするけど」


 残りのクラスメイトたちは拍手したので弦宮さんに副委員長を務めてもらうことに決まった。


 「副委員長よろしく弦宮さん」

 「はーい、まかせて鏑木くん」







 放課後、部活中に弓道場の玄関近くが騒々しくなった。


 「しつれいしまーす」

 「し、失礼しますっ」


 などなど緊張した面持ちで一年生数人が入ってきた。その中には。


 「あ、りゅーやお兄ちゃん!」

 「…………うん? あぁ、霞澄かすみさん。いらっしゃい。それと入学おめでとう」


 矢を射り終え弓を置いている時にそう声をかけられて笑みを浮かべて返す。


 「えへへ、ありがとりゅーやお兄ちゃん。どうどう? 似合ってる?」

 「うん。制服似合ってる」


 ゆがけを外しつつ、緩やかに回って制服を見せる霞澄さんを褒める。弽を弓の近くに置いているかけ袋の上に置いて見学に来た一年生に目を向ける。


 「もし見学をしたいなら矢嶋やじまさんの近くにいてくださいね。見て回るのも良いですが、なるべく静かに」


 人差し指を自分の唇に当てて微笑んでから射場の横を歩いて安土に向かう。


 『ね、今の先輩って霞澄ちゃんのお兄さんなの?』

 『んーんちがうよ〜。わたしのお姉ちゃんの彼氏なんだ〜』

 『えぇ〜!? そうなの!?』


 うーん、言ったそばから煩いぞ〜? まぁ、元気な一年生で何よりだよ。多分、香織先輩達もこんなふうだったんだろうなぁ。







 「あ、ねぇ鏑木くん」

 「うん? どうかした?」


 部活終わり後、霞澄さんたち一年生を先に帰らせて僕らで片付けを終わらせた後、校門に向かっていると一緒に歩いてた弦宮さんが前に指を向けた。


 「あそこに立ってるのって香織ちゃん?」

 「え? あ、あー……うん。そうだね。来てたんだ」


 少し暗い中で誰かを当てれた弦宮さんはすごいと思う。そして校門前に立ってた人影もこちらに気付いて手を振っていた。


 『りゅーやくーん! みさちゃーん!』

 「ふふっ、香織ちゃんも気付いてるみたいだね」

 「だね」


 二人で早歩きで向かう。


 「おつかれさま〜ふたりとも!」

 「香織ちゃんもお疲れ様〜! わ、私服すごいかわいい〜!」

 「でしょでしょ!」


 香織先輩と弦宮さんは手を合わせて楽しげに語り合った。僕はその光景を微笑ましげに笑う。


 「香織、大学の方はどうだった?」

 「ふぇ? あー、んー……まぁ、ぼちぼち?」

 「ふはっ、そっか。それじゃあ行こっか二人とも。ここで立ち話してると迷惑かけるしね」

 「はーい」

 「わかった〜」


 三人連れ立って歩く。


 「あ、香織ちゃんも鏑木くんもこっちで良いの?」

 「うんっ、私はいいよ〜。琉椰くんは?」

 「僕も全然大丈夫だよ」


 そう。三人が歩いているルートは弦宮さんの家の方向だ。別段遠いわけでも無いし問題ないだろう。


 「香織ちゃん香織ちゃん、わたしたちねクラス同じになったんだ。ね、鏑木くん」

 「うん。クラスの顔触れはあまり変わらなかったけどね。それと去年と変わらずに学級委員長やることになったよ僕」

 「ほぇ〜そうなんだ。じゃあ、部活の相談とかもしやすくなったね」

 「あぁ、確かにそうかも」

 「あ、でも今思ったけどさ、日誌とかで部活に顔出すの遅くなりそうなのかな?」


 弦宮さんの言葉に僕は去年を思い出す。


 「ん〜……別にそんなことはなかったけどな〜……ほら去年の先生ってあんな感じだったでしょ? そういったの書いた覚えがあんまりないんだよね」

 「そっか〜……じゃあ大丈夫なのかな?」

 「うーん……多分?」


 僕もあまり分からないから首を傾げるしかなかった。





 「香織ちゃん、鏑木くん。お家まで一緒に来てくれてありがと」

 「ぜーんぜんいいよ〜。ね、琉椰くん」

 「うん。僕もそうだけど香織も弦宮さんと話したかったしね」


 弦宮さんは僕と香織先輩の言葉を聞いて照れ笑いを浮かべた。


 「そっか〜……ふへへ、うれしいな」


 そんな弦宮さんの笑顔を見て香織先輩も嬉しそうに笑う。


 「落ち着いたらさ、一緒にあそぼーよみさちゃん」

 「えっ、いきたいいきたい!」


 香織先輩と弦宮さんが仲良さそうにしているのは僕自身嬉しい限りだ。


 「あ、そうだ。ね、鏑木くん」

 「うん?」


 話を振られ僕に目を向ける弦宮さんの目を見て傾げる。


 「ほら、もう一年の付き合いじゃん? だからわたしの名前、呼んでほしいかなって」

 「へ? え、あ……な、名前?」

 「うん。名前。いつまでも苗字で呼ばれちゃうとさ距離感感じちゃって」


 あー……確かにそうだ。今までずっと弦宮さんって呼んでたからそれで慣れてしまっていたな。


 「……聖樹みさき

 「…………っ!?」


 ボソッと弦宮さんの名前を呟く。彼女はそれを聞き取り、驚いた表情を浮かべて、口を隠すように右手を当てながら顔を逸らした。


 「……?」

 「…………な、名前で呼ばれるのこんなに嬉しいなんて……お、思わなかったな」


 そんなに嬉しいものなんだろうか? 僕は分からず、ふと隣を見る。すると香織先輩はうんうんと何度も頷いていた。


 「でしょ〜みさちゃん」

 「……う、うん。さ、最初はその……羨ましいなーなんて思ってて…………あとちょっと恥ずかしい」

 「…………じゃあそのまま呼ぶよ」

 「えっ、あっ、ち、違うの! そうじゃなくてね!?」


 恥ずかしがる様子を見て僕がそう切り出すと両手を顔の前でぶんぶん振って大きく否定する。


 「えっとね……? その……他の子とかにも名前で呼ばれたりしてるんだけど…………ほら、鏑木くんってどこか人と距離取ったりしてる、でしょ?」


 そう言われて思い当たる節がたくさんあった。僕は弦宮さんの言葉に頷く。


 「それってさ……なんかちょっと、悲しいなって」

 「悲しい……?」

 「だってほら……わたしたちもうクラスメイトになったわけでしょ? それに、香織ちゃんは先輩で鏑木くんの彼女さんなわけで……その……うー、上手く言葉に出来ないや」


 弦宮さんはどう伝えようかと目をぐるぐるさせながら言葉を紡いでいく。香織先輩が助け船だすように言った。


 「みさちゃんが言いたいのはね、もっとも〜っと琉椰くんと仲良くなりたいんだよ。でしょ?」

 「うん! そう! そうなの!」


 その言葉に激しく同意するように首を縦に振った。なるほど……そういうことだったのか。


 「仲良く……か。確かに赤坂くんも苗字呼びだし……うん。分かった。それじゃあ聖樹も僕の名前で呼んでよ」

 「い、いいの……!?」


 僕は頷く。すると輝かしいばかりの笑顔を浮かべて首元に抱きついてきた。その瞬間、香織先輩からする匂いとは別のフローラルな香りがふわりと舞った髪からただよい、僕の鼻腔びこうくすぐった。


 「うわっ、ちょっ!?」

 「ありがと〜! 琉椰くん!」

 「………………うん」


 香織先輩がいる手前、自ずと抱き締めることは出来ない。だから両腕は空を彷徨う。香織先輩に目を向ければ、にこにこと笑ってた。いや、あの出来れば離させて欲しいんだけど?


 「…………そ、そろそろ離れて……くれないかな?」

 「へ? あ……あっ、ご、ごめん! わ、わたしったら……あはは」


 声をかければ我に返り、バッと離れて照れ笑いを浮かべた。


 「……取り敢えず、今日はこのくらいにしよう」

 「あ、そ、そう……だね。うん。またあした琉椰くん、香織ちゃん」

 「うんっ、またね〜みさちゃん」

 「また、明日。聖樹」


 手を振り合って僕と香織先輩は歩いてきた道を遡って帰る。





 「ね、琉椰」

 「うん?」


 聖樹が家に帰ってからぴったりと右腕に抱きついた香織先輩。香織先輩はチラリと見上げてきた。


 「……みさちゃんと何かあったんだよね?」

 「え? あー……どうだろ。あったとしてもだいぶ前だしそれは香織も知ってることだろうから」

 「まーそーだけどー…………他の子と仲良くしてもいーけど、なーんかちょっと……ヤだなって」


 前を向いてそう唇をすぼめる香織先輩。


 「……妬いてる?」

 「…………すこしだけ」


 僕は合点がいってそう言うと小さく頷いてぎゅっと抱きついた腕に力を少し込めた。


 「…………琉椰ってばかなりモテるんだよー? 知ってた?」


 僕は首を横に振る。そういった手合いはあまり聡くない。


 「僕に好意を持って接してきてるのは聖樹と香織ぐらいだってことくらいしか分からないな。他にもいるんだね」

 「いるよ〜。はやみーだってそうだったんだから」

 「は、はやみー……?」


えっと、それはどなたなんだろうかと頭の中で顔を思い浮かべる。思い当たったのは。


 「……あ、もしかして早道先輩?」

 「そ。そのはやみー」

 「…………まじか。気が付かなかったぞ……?」

 「だってそんなの表に出してなかったし」


 僕は左手を目頭に当てる。


 「……ふぅむ。人の心はよく分からないなぁ。言ってくれなきゃ気が付かないよ……」

 「ふはっ、確かにそーだよねうん。琉椰はさ。それくらい色んな人から好かれてるんだってもっともっと自覚した方いーよー。新しい子たちからも好かれそうだし」

 「あ、あぁ……一年生の子たちか。……うーん、どうだろうね。霞澄さんが緩衝材になってくれてるような感じはするけどね」


 そう。思い返せば、今日の部活で見学に来てた子たちは大体緊張していた。とはいえ、終わり頃には少しずつ打ち解けていたようだけど。それもこれも霞澄さんが上手く溶け込んでいたからなんだと思う。ほんと、歳下とは思えないくらい周りのことよく見えてる女の子だと思うな。


 「じゃあ、今度は霞澄なしでも仲良くなれるようがんばろ」

 「……う、うん。善処するよ」


 香織先輩の言葉に乾いた笑みを浮かべつつ頷く。


 「もーほーんと私の彼氏は真面目くんだなぁ〜」

 「……それはもう治らないような気がするよ」


 肩を竦める。すると香織先輩は面白おかしく笑って続けた。


 「私よりもしっかりしてくれるから私はきみの前だとだらけれるしそーゆーとこ私、大好き」

 「それはこっちもだよ。香織」



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