18. バレンタインデーと誕生日




 2月14日。女子が気になっている異性にチョコをあげる。元々は違う意味で使われていたらしいのだが時代とともにそんな感じになっていった特別な日。とはいえそれは何も、告白するために渡す……なんてよりも感謝を込めて贈り物を上げたり、さらに友好を深めるために贈ったりと……まぁ、そこらへんは自由なのである。そしてく言う僕も例に漏れなかった。


 「鏑木かぶらぎくーん! はい、これ!」

 「うん? ……あぁ、チョコ? ありがとう」


 あの文化祭の日以降、僕はよりクラスの人に親しまれてきた……ように思う。この手芸部の子はその中の筆頭なのだ。


 「昨日、頑張って作ったんだ〜。へへ、受け取ってくれてありがと♪」

 「う、うん。まぁ、くれるものはありがたくだから」


 貰った小包みを鞄に入れつつ僕もお返しに……というより以前から香織先輩の家で料理したりすることが多くなってから手料理を作るのが楽しくなり、僕もクラスの子たちに上げるために作ったのだ。勿論もちろん、部活でお世話になった先輩方や矢嶋やじまさんにも用意してある。


 「はい、これ」

 「えぇっ!? か、鏑木くんの手作りなの!?」

 「うん。レシピ見ながら作ったから味の方は問題ないよ。僕も僕で君にお世話になったしね。その感謝を込めて」

 「はわぁ……え、嬉しい。いや、まじで嬉しい……あ、味わうね。あ、あと感想とか、いる?」

 「うん。出来れば欲しいかな。甘さ的には僕が試食した感じだと甘さは控えめだと思う」

 「ふんふん……なるほどねー。いやー鏑木くんは多才ですな」

 「こういうのが好きなだけだよ。裁縫は無理だけど」


 手芸部の子とそんなふうに話し合い、なんとかクラスの皆にあげることができた。その時にはなんというか……男子たちから崇められてる感じがしたのは気のせいだろう。うん。


 「弦宮つるみやさん」


 授業間での中休み。前もって弦宮さんに連絡してから弦宮さんのクラスに入る。


 「鏑木くんどうしたの? 渡したいのあるーって言ってたけど」


 教室の中間よりやや後ろの席に座ってる弦宮さんはそうおどけた。とはいえ用件はわかっているんだろう。


 「あぁ、うん。これ」

 「わ……これってチョコ、だよね?」

 「うん。昨日作って、完成させたのは今朝かな作ったことなかったからレシピ見ながらだけど」

 「ふ〜ん、そっか」


 僕は苦笑混じりに笑いつつチョコの入った小包みを渡す。弦宮さんは受け取ってそれで口許くちもとを隠した。


 「……………こんなの諦めきれないじゃんばか」

 「……? 何か言った?」

 「ぜーんぜん。なーんにも言ってないよー」

 「そ、そう……?」


 なにかはぐらかされた感じがしたけど……まぁ良いか。


 「あ。味の保証はしとくよ……って予鈴だ。戻るね」

 「……ん。チョコ、ありがとね鏑木くん」

 「うん。ハッピーバレンタイン」


 予鈴が鳴って次の授業が始まる。その前にクラスに戻らなきゃいけないため教室を出ようとするとそう声をかけられたため少し振り返ってはにかんで、クラスに戻る。


 「────…………ほーんと、ひきょーだなぁキミって」


 ただ一人、彼女の呟きは自分のクラスの喧騒に掻き消えた。






 1時限目の授業前に鏑木くんから連絡が来た。渡したいのあるけどいつ頃が良い? っていうものでわたしはすぐにチョコかな? って思った。そんな期待もあって授業終わった後に来てと返した。そうしたらその約束通りに教室に来て期待通りチョコを渡してくれた。


 (は〜あ。せーっかく諦めようと頑張って意識しないようにしてたのに……この無自覚タラシ)


 心の中でべ〜っとしながら鏑木くんのチョコを受け取る。大体分かってる。鏑木くんにそんな気は一切無いのは。わたしだけ勝手に盛り上がってるだけ。まったく。わたしもわたしでさー、良い加減諦めたらいーのにね。


 「────…………ほーんと、ひきょーだなぁキミって」


 もういなくなった彼の背中にそう恨み言のように独り言を呟く。諦めたつもりでも、諦めきれてない自分がほんとに嫌いだなぁと思った。親友の彼氏に恋をするなんて友達としてダメなことなのになー。







 昼休み。4時限目の古文が終わった後に鞄をもって三階に向かう。3年の香織先輩と関先輩の在籍しているクラスはもう時期も時期だがなんだかより賑わって聞こえる。


 「あ、彼氏くんじゃーん!」


 手前の方の開かれた扉に手を掛けるとすぐに僕に気付いた香織先輩の友人が手を軽く振って手招きした。


 「あ、失礼します」


 一応そう断りを入れて教室に入る。今日はここでお昼を食べるのだ。


 「机使うよね香織ちゃん、彼氏くん」

 「あ、じゃあ椅子借りてい〜?」

 「どんぞ〜」

 「あ、僕は別に……」

 「良いの良いの。座って座ってー」


 断る間もないままその先輩が座っていた椅子に座らさせられる。若干の生温かさを感じて少しドギマギする。


 「琉椰りゅうやくん琉椰くん」

 「あ、う、うん。どうかした?」

 「ここで食べるのって初めて、だよね」

 「あ、うん。そうだね。なんだかんだで空き教室使ってたし」


 周りは先輩だらけで少し緊張していたらしい。香織先輩が話を振ってくれてそれなりに落ち着いた。


 「あぁ、そうだ。香織、これ」

 「あ、チョコだ〜! あれ? でも冷蔵庫に入ってたよね?」

 「あーあれは夜ご飯の後に霞澄かすみさんと僕たちで食べるために取っておいてるやつだね」

 「あ、そっか。ふふっ、琉椰くんってば段々じょーずになって来たよね料理」

 「そうかなぁ……僕的には香織の方が上手いと思うけどな」


 膝の上に鞄を乗せて、中から弁当袋を取り出して鞄を床に置く。


 「っと、ちょっと待ってて」

 「んー」


 一度席を立ち、香織先輩の友達を探す。どうやら別の方で座ってるみたいで仲良く談笑してるのを目にする。僕はそっちに歩む。


 「先輩、少し良いですか?」

 「んー? どったのー彼氏くん」

 「コレ、どうぞ」

 「おっ? チョコじゃーん。貰って良いの?」

 「はい。今までお世話になってるのでそのお礼も兼ねてですけど」

 「めっちゃ律儀な彼氏くんじゃん……うん。良い彼氏くんだね香織ちゃん」

 「……?」


 小包みを先輩に渡して、相席していたご友人の先輩にも渡した。というよりも香織先輩のクラス全員に渡した。


 「……ごめん、だいぶ遅くなっちゃって」

 「ふふ、いーよいーよ。琉椰くんがお礼したかった〜って言ってたもんねー」


 少し時間が過ぎてお昼ご飯を食べる時間が少なくなったけれど香織先輩は笑って許してくれてそのあとはゆっくりと二人で談笑しながらご飯を食べた。







 未だ気温の低い中その気温によって冷やされた床を足袋たびで踏み締める。一息吸う度に肺が冷える。冷えた空気が肌を刺して気が引き締まると同時に体が冷たさで萎縮いしゅくする。それはこと弓に措いて致命的だ。射型が悪くなり、的にもあたらないのだ。だから僕はわざと深く息を吸い込む。そして短くけれど深く息を吐く。


 「────……フゥ…………」


 的を見据えながら『打起うちおこし』をする。僕の前後ではる音が聞こえる。関先輩や香織先輩、早道先輩方はもう選手ではないけれどそれでも部活には顔を出してくれて僕たちに教えてくれる。


 「────────────」


 息を吸いながらゆっくりと『大三だいさん』をして『引分ひきわけ』をする。そして息を押し殺しながら勝手側を半円を描くように弓手ゆんでを勝手と平行で降ろしていく。『かい』の状態で徐々に徐々に勝手を引く。その力に押し負けないように弓手も支える。万全に整った状態になった時にサッと勝手かってを弦から離す『離れ』をする。ヒュウッと矢は緩く回転しながら軽い放物線を描いて的に吸い込まれるように的中する。


 「──────……はぁ」


 息をゆっくり小さく吐きつつ『残身ざんしん残心ざんしん』をしてから『弓倒ゆだおし』する。執り弓の姿勢に足を戻して射位しゃいから退く。


 「……良い射型だったぞ鏑木」

 「ありがとうございます関先輩」


 弓を置き、関先輩の言葉に礼をする。


 「とはいえ少し上体がどうになっていたぞ」


 関先輩の言葉に目を見開く。まさかそうなっている自覚がなくて驚いたのだ。


 「分かりました。ありがとうございます」


 すぐに頷いて伏し胴にならないように気をつけようと意識する。伏し胴というのは上半身が前に出ている状態のことで、屈み胴とも呼ばれている。別段、それでも悪くはないのだが、というより人によってそのような射型の人もいる。が、十文字になってるかと言うと怪しいところがあるけど。僕はゆがけを外し、通路を通り、安土横に入る。


 『取っていいよ〜!』


 程なくしてからその声が聞こえて安土に出て全員の矢をそれぞれ手分けして回収する。その時的の位置が悪ければ調整も行う。完了したらすぐに傍に外れて、雑巾を使って矢に付着した土を拭う。そしてそれを何度か繰り返して行った後に片付けを行う。的を外し、安土を綺麗に箒で整えてあとは射場に何か異常はないか確認してから戻る。諸々の片付けが終われば床をモップ掛けして終了。


 「あ、ねぇ……鏑木くん、香織ちゃん」

 「……? どうかした? 弦宮さん」

 「んー? どーしたのーみさちゃん」


 弓道場を出た後、弦宮さんに声を掛けられた。弦宮さんの目は少し揺れていて、何か悩みでもあるのだろうか? と思った。それくらい顔色も明るいわけではなかったのだ。


 「…………香織ちゃん、ちょっと鏑木くんと話がしたいんだけど……良い?」


 僕ではなく、香織先輩にそう言うと、香織先輩は察しがついたのか、ハッとしてまじまじと弦宮さんを見た。けれどすぐに頷いた。


 「いーよー。私、玄関で待ってるね」

 「あ、わ、分かった」

 「ありがと香織ちゃん」

 「んーん。がんばってね」

 「………っ、うん」


 一体何なのだろうか? 二人の雰囲気は変わらずなのだろうけどそれでも何か違う。そんな感じがした。


 「……えっ……と…………ちょっと中庭行かない?」




 弦宮さんと二人で中庭に移動した。生徒も誰もいなくて少し寒々としていた。


 「寒くない? 弦宮さん」

 「ん〜……ちょっとだけ」


 あははと力ない笑みを浮かべる弦宮さんに僕はどうしたのだろうと思い馳せる。何かこの数時間であったのだろうか?


 「……あ、あのね?」

 「うん?」

 「チョコ、おいしかったよ」

 「ほんと? そっか。口にあって良かった」


 弦宮さんの口にあって何よりだ。僕は安堵する。


 「それと……ね。わたし、鏑木くんに言わなきゃ行けないこと、あるの」

 「言わなきゃ、行けないこと?」


 聞き返すと小さく頷いた。僕は体ごと弦宮さんに向ける。マフラーで顔の半分を隠した彼女の顔はまだ迷っていた。けれどそれは決心がついたように見えた。


 「────わたし、ね。わたし……ずっと前から鏑木くんのこと好きだったの」

 「………………え? っと、それって……」


 いきなりのことで僕は頭の処理が追いつかない感覚になる。え、それはいつ? どこでそんなと自分で堂々巡りの自問をする。


 「……最初は部活入ってから。鏑木くん、わたしと同学年なのに、誰よりも上手くて、誰よりも綺麗で、初心者のわたしでもすごいなって思ったの」


 そ、そんな前から……。僕の思考を読んだかのように弦宮さんはそう答えた。


 「わたし……ずっとこの気持ちを押し隠してたの。叶わないのわかってて、でもずっと…………想ってた。ばかだよねわたし。こんな気持ちにうそばっかりついてさ、ずーっと香織ちゃんと仲良くしてたんだよ? 鏑木くんとも話をする時だって香織ちゃんを利用したこともあった。それだけ卑怯だったんだわたし」

 「……………」


 僕は何も言えなかった。言えるはずもない。だってそんなこと微塵も感じられなかった。香織先輩の友達で僕の友達でもあると思ってた子が実は僕のことが好きだった……? そんなことあるなんて思いもしないじゃないか。


 「……ほんとは高総体の辺りで諦めてた。のに、心の片隅で諦めきれてなくて、弱音だって鏑木くんにしかぶつけてないし、あの時のわたしはその優しさが嬉しかったの。でも、でもね? でもわたし諦めようって頑張って思った。だけどむりだよ……こんな気持ち諦められるわけないよ……! 叶うわけないって分かってるのに、わたしの大好きな友達の彼氏を好きになっちゃうなんてばかだよわたし……」


 途中から嗚咽おえつ混じりな声で言った。僕はただ弦宮さんの言葉に耳を傾けて聞くことしかできなかった。彼女の気持ちが痛いほど理解出来てしまうから。


 「鏑木くん…………もし、この気持ちに向き合っててさ、あの時に告白してたら…………答えてくれてたかな……」

 「……それ、は…………」


 答えに言い詰まる。答えることは簡単だ。だけどそうしたら弦宮さんの気持ちは感情はどうなる? 相手のことを考えなきゃ行けないだろう。僕はキュッと口を横一文字に引き結んで少しの沈黙の後、答える。だけど弦宮さんの方は見ることができなかった。見ることは出来なくても弦宮さんの表情は想像に難くなかった。


 「……………それは出来ない」

 「………あはは、うん。知ってた……だって鏑木くんは中学からずっと香織ちゃん一筋なんだもんね」

 「…………あぁ」


 僕はただ頷くことだけしか出来なかった。彼女の決心を彼女の想いを僕は今踏みにじっているんだ。その事の重大さが理解出来ているからこそとても辛い。


 「…………鏑木くん。ずっと……ずっと前から好きだったよ」

 「あぁ……」

 「答え、聞かせて……?」

 「…………っ!」


 答え、なくてはいけない。目を逸らしては行けない。そう思う度に僕は呼吸が浅くなる。あぁ、だめだ。目を逸らしては。ちゃんと……ちゃんと見ないと。


 「────っ!?」


 僕は弦宮さんを両眼でしっかりと見つめる。弦宮さんの顔は眉根を寄せてシワを作り、分かりきってる答えに目をうるませていたのだ。僕はこれから答えを言わなくては行けない。冬の冷気が喉を凍らせる。息が冷たい。中々声を出すのが難しい。その簡単な答えを僕は中々言えない。


 「────────────……っ」


 ギュッと口を引き結ぶ。右手を握り締めて口を開く。


 「──────────────ごめん。僕には香織がいるから」

 「……んっ、知ってる。だよね」


 泣きそうな顔で笑って見せる弦宮さんがただ痛ましかった。


 「……最後にさ、わがままいい?」

 「…………」


 僕は頷く。弦宮さんはマフラーを下げて一歩僕に近づいた。


 「……………ん」

 「……………!?」


 踵を上げて爪先立ちになり、僕の唇に口付けをした。数秒重ねて離れた。


 「……これでわたしの初恋はおわり。うん。おわりにするね……だから、わたしの初めてのキス、鏑木くんに上げたんだよ。ごめんね。卑怯なわたしで」


 泣きそうなのにそれを隠すように優しく言って笑う弦宮さんに僕は首を横に振る。


 「……謝らなくて良い。弦宮さんは悪くないよ……悪く、ないんだ」

 「……なんでわたしよりも辛そうな顔するの鏑木くん」

 「なんでって…………こんなの辛いじゃんか。友達の告白を断らなきゃ行けないなんて。今まで言えなかったことをようやく決心して言ってくれたことを僕はたったの一言で断らなきゃ行けないなんて…………そんなの無いよ」

 「鏑木くんのそういう優しくてかっこいいところわたしほんとに好きだよ。あはは……そっか。うん。やっぱり困らせちゃったね。……さ、ほら香織ちゃんのとこに行きなよ。だいぶ待たせちゃったしさ」


 ポンと僕の左胸に弦宮さんは右手を置いた。僕はゆっくりと息を吐いて、頷く。


 「弦宮さんは?」

 「わたしはもう少しここに残るよ。あ、でもちゃんと帰るから安心して。ね?」

 「…………分かった。また、あした」

 「うんっ。またあした鏑木くん」


 ゆっくりと踵を返して生徒玄関に向かう。少し距離が開いた時に後ろから泣き声を耳にしてしまった時は心におりが溜まるみたいに重く辛かった。







 「おかえりー琉椰くん」

 「…………香織」

 「わわっ、っと……そっか。ちゃんと言ったんだねーみさちゃん」


 生徒玄関で待ってくれていた香織先輩に早足で近付いてそのまま彼女の左肩に額を軽くぶつけた。香織先輩は少し驚きながらも僕の様子に合点がいって、僕の後頭部を優しく撫でながらそう呟いた。


 「……私はね、気付いてたんだみさちゃんが琉椰くんのこと好きなんだって」

 「…………僕は気付かなかった。気付く余地すらなかった」

 「うん。だって琉椰くんに気付かれないようにずーっと隠してたんだもん。きっと誰にも言ってなかったんだと思うよ」


 まぁ、そうだろう。言えるはずもない。友達の彼氏を好きになりましたなんて言えるわけがない。


 「それにきっとさ、琉椰くんがこうなるのも分かってたし、琉椰くんとの関係も壊したくなかったんだと思う」

 「……分かってる。僕は…………僕は弦宮さんの決心を踏み躙ったんだ。弦宮さんの想いはとても辛くてだけど尊いものなんだ。それを僕は『ごめん』の三文字で済ませるのは…………」

 「うん。うん……辛いよね。琉椰くんのことだからすごい悩んだだろうし後悔しちゃうと思う。だけどね?」


 スッと顔を上げられる。コツンっと額を合わせ合う。


 「琉椰くんのこと私以外で好きな人がちゃんといるってこと忘れちゃだめだよ」

 「……うん。忘れるつもりもない。それにきっとこの事はずっと背負うと思う。だけど弦宮さんとの関係は続けたい」

 「それは私もみさちゃんもそうだと思うよ?」

 「うん」

 「……帰ろっか」

 「うん」







 家に帰り、お風呂に入った後、三人で晩御飯を食べた。晩御飯を食べた後、霞澄さんは香織先輩に誕生日プレゼントを贈り、それに泣いて幸せそうに喜んだ姿を目に焼き付ける。そして霞澄さんは自室に戻って僕と香織先輩も香織先輩の部屋に入る。


 「琉椰くん。その持ってるのってもしかして?」

 「うん。誕生日プレゼントだよ」


 三人でいるときは膝の上は霞澄さんの特等席になってるけどいまは香織先輩が座って僕に背中を預けながら僕の手に持ってる少し上質な紙袋を見た。


 「誕生日おめでとう」

 「ありがと。開けてもいい?」


 僕は頷く。香織先輩はその紙袋からこれまた小振りのケースが出てくる。丁寧なリボンがこしらえられていてそのリボンには『HappyBirthday』と筆記体で記された小さな紙が挟まれていた。香織先輩は優しい手つきでそれらを取って、ゆっくりと蓋を開ける。


 「……わぁ! これ、ネックレス?」

 「うん。何にしようか考えてたんだけど、前にデートに行った時に一度見たアクセサリーが似合うんじゃないかなって思って買ったんだ」

 「……そっか。嬉しい……こんなプレゼント初めてだよ……!」


 幸せそうに嬉しそうに微笑む香織先輩に僕は安堵する。


 「ね、つけてくれる?」

 「うん、いいよ」


 ケースの中から取り出したネックレスの留め具を外す。香織先輩は後ろ髪を持ち上げて付けやすいようにしてくれてしっかりとつけることができた。


 「よし、いいよ」

 「…………にあう、かな?」

 「十分以上に似合ってる」


 ネックレスに手を当てながら僕を見る彼女に僕は頷いてギュッと抱きしめる。抱きしめると感じる温もりがとっても温かい。


 「……ね、りゅーや」

 「…………うん?」


 呼び方が変わったのに気付いて首を傾げる。


 「……私のわがままきいてくれる?」

 「なに? いってごらん?」

 「私をね…………抱いて欲しいの」

 「………………ぅえっ?」


 まさかのお願いに頓狂とんきょうな声が出た。予想していなかったことだからだ。


 「……たしかにね? りゅーやは真面目だし私のこと想ってくれてるのすごいわかるの。でも……でもね? ずっと前からちゅーしてるとすごいドキドキするんだ。もっと欲しいもっと欲しいって」

 「それは…………まぁ」


 言いたいことは分かる。僕も二人きりでするキスにそう思うことが増えてきた。もうキスだけじゃ足りなくなってきたのだ。


 「…………だからね? 私のこと抱いて欲しいの」

 「………………僕も初めて、なんだけど……でも……うん。香織がそう願うなら」

 「ごめんね、こんなわがまま言っちゃって」


 僕は首を振る。


 「きっと多分どこかで限界来てたと思う。だから大丈夫だよ」


 香織先輩は体をこちらに向けて僕を見下ろした。僕は顔にかかる彼女の横髪を感じながらそっと彼女の腰を抱く。自然と顔の距離が近くなる。互いに薄目になり、もう慣れたというのにいつもよりもドキッとしながらキスをする。一度離れてゼロ距離にある香織先輩の綺麗な瞳を見つめる。


 「……もっかい、しよ」

 「うん」


 また唇を重ねる。今度は僕の上唇を弄ぶように香織先輩はんだ。舌先で僕の上唇を舐めてチュッと音を立てながらもう一度唇を重ねる。キスにも色々種類があるということを最近知った。そしてそのキスから離れては再度また重ねる。このようなことを続けるうちに僕もまた香織先輩の下唇を喰む。喰んで舌で舐め、小さく開いた口に舌を入れながら重ねる。ビクッと彼女の腰が跳ねる。


 「……んっ、んんっ……ちゅ……」

 「……ぁ……ん……」


 互いの吐息がかかり、熱い息が口を湿らせる。キスをし続けていると香織先輩はそっと両手を僕の服の中に入れてきた。ほんの少しだけひんやりとした彼女の両手に微かに震わせつつもシャツが捲り上げられる。露出された上体が空気に晒されて少し震える。香織先輩は唇を離して、そっと頭を下げて、首にキスをしてきた。今日はやけに積極的な彼女に驚きつつも受け入れる。瞬間ほんのちょっとの痛みが走る。


 「……いつっ……」

 「……ぁ……ごめんいたかった?」

 「ちょっとだけ……でもその……」

 「えへへ、これでバレちゃうね。私たちがこんなことしたの」


 そう。ほぼほぼ隠すことができない位置に香織先輩はキスマークを付けてきた。僕としてもそれは嬉しい。


 「……この際、もういいよ。香織、僕もつけていい?」

 「ん、いーよー」


 香織先輩が頷いたのを見て右の首筋に顔を埋める。そして何度も口付けをする。


 「……んっ、ぁ……ひゃぅ」


 声を押し殺そうとして声が漏れ出ているのを耳にする。その声色がヤケに扇状的で蠱惑的な声でかなり理性がグラついた。


 「……ん、もー……つけすぎー」

 「……ごめん。でもその…………重いのは分かってるんだけど、いっぱいつけたくて」


 目を逸らす。そんな僕を微笑んで頭を撫でてくれる。


 「全然重くないよー。私の方が多分重いとおもうし。りゅーや……」

 「……うん?」

 「…………みさちゃんとちゅーした?」

 「……ぅえ? あ……」


 咄嗟とっさに反応する。僕の反応を察したのか何度か頷いた。


 「そっか……じゃあ……みさちゃんには悪いんだけど……りゅーやの唇、もっと私に染めるね」

 「え? あ……んっ!?」


 少し強引に唇を塞いできた。僕の反応で妬いたんだろう。そんな気がする。そしてその少し激しい大人なキスをしているとそのまま彼女に押し倒される。マウントを取られた状態でキスをされ続ける。


 「……んっ、っはぁ……りゅーやは誰にも渡さないもん。りゅーやは私だけの彼氏こーはいくんなんだから」


 そんな風なことを言って再度またキスをしてくる。僕としては息が続かないわけで。少しずつ苦しくなってきてトントンと彼女の右の肩甲骨の辺りを叩くけれど彼女は少し唇を離して僕が息を吸ったらまた重ねるということを繰り返してきた。ほんとに今日はかなり積極的な行動で僕はその意外性に沼りつつある。


 「…………っぷはぁ……はふぅ」

 「……っぁ……はァ、はぁ……っ。今日、どうしてそんなに積極的なの?」


 何度か息を吸い、落ち着けつつ聞く。香織先輩はムッと眉根を寄せつつ答えた。


 「私、誘ってたんだよ? でもいーっつもキスだけで終わるんだもん。そんなの物足りないよ」

 「ぅぐ……」


 確かにそうだ。キスまではするけどそこまで。僕としてはまだダメだと思ってたからというのがある。けど早い段階から香織先輩はして欲しかったんだろう。


 「……ごめん」

 「いーの。それに今は私のわがまま聞いてもらってるから、りゅーやはそのまま寝転がってて?」


 そう言われて始終、香織先輩が動いてくれた。互いの初めてもそうだった。薄々気付いてはいたけれど、香織先輩は僕よりも多分性欲が強いんだって一つまた知らないところを僕の上で艶やかに笑う彼女を見ながら知れた。


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