17. 年越しは君と共に越したい
年末。それなりに整理整頓されている香織先輩たちの家は12月の和名のように慌ただしかった。
「……やぁ、っとおわったぁ……!」
リビングに響き渡る香織先輩の声。そう。大掃除をしていたのである。普段から掃除をしたり整理をしたりしているのだが
「お疲れ様、香織」
「お疲れさま〜!」
「結構時間かかっちゃったわね」
「疲れたけど楽しかったね♪」
「うーん……否定はできないなぁ」
「あっははたしかに」
「やるとこう……集中しちゃうのよねー」
「汗もかいちゃったしお風呂入ってくるね」
掃除がてら風呂掃除が終わった後はバスタブに湯を張った。汗で肌がペタつくのが心地悪いのは同感だ。
「行ってらっしゃい香織」
「いってらっしゃ〜いお姉ちゃん」
「……え、一緒にはいろーよー」
「わたしはいいけど……りゅーやお兄ちゃんは……」
「ダメに決まってるでしょ……良いから早く汗を流してきなさい」
「はーい」
混浴は許した覚えはない。確かに前に入ったけどそれはその時だった。今は訳が違うんだから了承は出来ない。そう。今はダメなのだ。
「ふふっ。香織ったらだいぶ
「…………どっちもどっちだと思いますけどね」
僕だって香織先輩に甘えてるところもある。そもそもさっきのは僕が断ることは分かってたからこその
「さて。琉椰くん、霞澄。何か飲みたいものあるかしら?」
「わたしココア〜」
「あー……じゃあコーヒーを」
「分かったわ。じゃあ座ってて」
「は〜い」
「分かりました。ありがとうございます」
弓音さんのお言葉に甘えてソファに座る。あ、ダメだこれ。座った瞬間に力抜けてきた。
「りゅーやお兄ちゃんもおつかれさまっ」
「んー。ありがとう霞澄さん」
深く座るつもりがなかったのだけどどうやら予想以上に疲れていたらしい。
「だいぶきれいになったね」
「んー? あーそうだね。ここまで大手振って掃除したの初めてかもしれないなぁ」
「へぇ〜そうなんだ。あ、もしかしておねむ?」
「うーん……少しそうかも……」
「じゃあ……お姉ちゃんくるまで寝てていーよー」
だいぶ意識が
「わ、ほんとに寝ちゃった」
そう驚いた声を微かに耳で拾い上げながら。
★
どれくらい寝ていただろう。あまり定かじゃないけど重く閉ざしていた
「……うっ。あ、れ……いま、なんじ?」
目を擦りながら起き上がろうとする。その時に頭を撫でられて起き上がるのを止められて元の位置に戻される。ふにゅりと柔らかくも温かいそんな感触を後頭部で感じる。ふと目の前が少し暗くなる。どうやら人の影らしい。
「だいたい2時間は寝てたよ〜琉椰くん」
「んー……そんなに寝て………え、香織? え、いつ……」
「ん〜……1時間くらい前かな? 戻って来たら琉椰くん、すやーってしてたの」
意識がはっきりしてきた。どうやら香織先輩に膝枕されていたらしい。どうやら僕が眠った後、霞澄さんは香織先輩に僕を任せてお風呂に入りに行ったみたい。テーブルには少し大きめのカップに黒々としたコーヒー。湯気は見えなくて多分冷めてるんだろう。これは勿体無いことしたかな……。
「コーヒー飲む?」
「……うん。飲もうかな」
のそりと起き上がる。大きく欠伸をしてからカップに手を伸ばして取っ手に指を通す。カップを口に近づけるとやはり若干冷めていた。せっかく熱々のを
「……目、覚めた?」
甘い声を乗せて身を乗り出しながら囁く彼女に僕は無言で頷く。カップから口を離してほんの少しだけ顔の距離の近い香織先輩の目を見る。
「……飲んでみる?」
「んー……ブラックコーヒーはまだ苦手なんだよねぇ……はやく飲めるようになりたいな」
「はは。確かに飲む前は苦くてちょっと
「え〜そうなの?」
「うん。叔父さんとかが飲んでるのを見て僕も飲み始めたら気付いたら気にならなくなったけど……思えば家にいるときはずっとコーヒーを飲んでたな」
コトッとテーブルにカップを置く。ほぼ並々に入っていたコーヒーはほんの少し
「……そういえば琉椰くんのお父さんとか会った事ないなぁ」
何の気なしに呟いた香織先輩の言葉に僕は苦笑する。
「父さんは……仕事で単身赴任してるんだ。母さんは分からない。物心つく頃から叔父さんと一緒だったんだ」
隣で息を呑んだのが見なくても分かった。僕はテーブルに置いたカップに目を措きながら苦笑する。
「叔父さんや父さんからは家族としての愛情を貰っていた……と思う。こうして不自由はしなかったし。でも……僕の家には思い出という思い出は無いんだ。比較的不満も何も漏らさなかったからなのかもしれないね」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。僕から話さなかったことが要因だし」
「で、でも……」
チラリと横目で見ると目が潤んでいた。どうして君が悲しむんだろうと疑問に思うけど、そういう優しいところが香織先輩なんだと僕は知っている。僕は眉を寄せて苦笑混じりに笑ってお風呂上がりのまだ若干湿っている彼女の髪を撫でる。
「わっ、ちょ……り、琉椰くん……?」
困惑げに驚く香織先輩に僕は笑って答える。
「大丈夫だよ香織。僕もいつかは話そうと思っていたし現状、僕は辛くもなんとも無いしそれにこの家があったかいから僕は平気だよ」
そう。僕の家とは違う。叔父さんも最近は高校生になった僕だから一人でもやれるだろうと叔父さんは家を空けがちになった。あの一軒家で一人暮らしに近い僕がこうして香織先輩の家の温かな空気にいて僕は幸せを感じているのだ。
「……暗い雰囲気にしちゃったね。髪、乾かしに行こうか」
「あ、う、うん……!」
立ち上がって大きく伸びをした後に彼女に手を向ける。香織先輩はすぐに察して僕の右手に手を置いて僕はスッと手を引いて立ち上がるのをサポートするようにする。そしてそのまま手を繋いだまま洗面台に向かって髪を乾かせてあげた。
★
時刻はもうそろそろ日を
「もう少しで年越しだね〜」
「そうだね。って霞澄さん寝ちゃってる」
「あ、ほんとだ〜」
結構遅くまで起きていたからか霞澄さんは眠りこけていた。その寝顔を二人で眺めて笑い合う。
「あら、まだ起きてたの〜二人とも」
「あ、お母さん起きてたんだ」
「目が覚めちゃってね〜」
目を擦りながらキッチンに向かっていく弓音さんの背中に目を向ける。
「実は一緒に年を越そうって約束してたんです」
「ふふっ、そう。それは良いことね。あら、あと5分よ」
「あ、ほんとだ」
「早いね」
二人して時計を見る。時間が経つのは早いことだ。
「二人はこれからどうするの?」
弓音さんの言葉に僕と香織先輩は顔を見合わせる。
「どーしよっか?」
「考えてなかったね」
僕は苦笑するとスマホが震えた。
「うん? あ、那須先輩が年が明けたら地元の神社に初詣行くって画像付きで言ってる」
「わ〜、綺麗だね! 那須くんの地元って自然豊かだってのは聞いてたけどすごいねぇ」
どうやらもう神社近くに来てるらしく雪の積もった鳥居の画像だった。
「あ、じゃあ二人も初詣行ってきなさいな」
「え、いいの?」
「えぇ。多分私の着物入るでしょうし」
「着ていいの!?」
弓音さんは頷いて一度リビングを出てからすぐに戻ってきた。手には少し青色の入った黒い着物でその青色はまるで流れる川のようなそんなラインが入っていて、所々に花がある着物だった。
「私の成人式で仕立てて貰ったものなの」
「きれいだねぇ〜」
「うん。確かに香織なら似合うと思う」
「ほんと?」
僕は頷く。頭の中でその着物を着ている香織先輩の姿を想像する。うん。とても似合ってる。
「……り、琉椰くん? 一人で頷いてるけど……どうかした?」
「え? あー……さっきも言ったけどほんとに似合うと思うよ。というかこれ着てる香織がイメージできるくらいには」
「も、も〜……そ、そんなに褒めたって何も出ないんだからねー?」
頬を膨らませて照れ顔を浮かべる彼女は最高に可愛かった。
★
年が明けて、まだ眠気もないから二人で神社に立ち寄る。
「はー……さむいね〜」
「うん。香織は大丈夫?」
「私? 私はだいじょぶ〜。でも手が冷たくて……手袋持ってくれば良かったなー」
確かにずっと両手に息を吹きかけていてその両手も手先がほんのりと赤い。僕はポケットに突っ込んでいた手を出して、香織先輩の手を取って、コートのポケットに片手を入れる。
「ほんとは両手あっためてあげたいけど」
「えへへ、ん〜ん、あいがと」
「ん……」
いつもと違う服装。着物姿の香織先輩はどこか大人びて見えて、だけど僕に見せるその可愛らしい笑顔はそれとは真逆な感じで愛おしさで心がギュッと痛む。あぁ。本当に好きだな……。
「わ〜! 屋台も出てる〜! あっ! あれ、甘酒じゃない?」
境内に入ると左右に屋台が出ていた。数は少ないけれどそれでも賑わって見えた。そして御参りする本殿……って言うのかな? の近くには大きな樽のようなものが置かれていて、そこには『ご自由にお飲みください!』と
「御参りしたあとに飲んでみる? 甘酒は多分未成年でも飲んでいいと思うし」
「飲んでみたいけどー……酔っちゃいそうだなぁ」
「ははっ、確かに。甘酒って
飲んでみたいけどと眉根を寄せて悩む彼女を笑いながら答えて、自分たちの順番が来た。
「あ、えっと……おまいりってどうやるんだっけ?」
「確か……二礼二拍手一礼……だったかな? お賽銭入れてからそうする……だったはず」
「ん、わかった」
ふんすっと頷いて振袖に入れていた小振りの財布から小銭を取り出してお賽銭箱に入れていく。僕もそれに
「行こっか」
「うん」
再度手を握って列から離れる。
「琉椰くん琉椰くん」
「うん? どうかした?」
「私、甘酒飲んでみたい」
どうやら決心がついたみたい。甘酒が置いてある場所を指差し、僕を見る。僕は頷く。
「分かった。それじゃあ飲んでみよう」
「えへへー、れっつごー!」
「おー」
★
甘酒飲んだ感想は……僕は好きになりそうに無い味だなと思った。まぁちゃんと全部飲んだけど。香織先輩は美味しそうにコクコクと飲んでたけど。
「ん〜、おいし〜ねぇ〜あまざけ〜」
うん? 香織先輩の声が普段よりふわふわしてきてる……?
「えーっと……香織?」
「んゅ〜? えへへ〜りゅーやくんものもー」
顔が赤らんでいる。寒さよりもこれは……酔ってるのか!? 甘酒で!?
「か、香織、一旦飲むのやめようか」
「んぇ〜、やー!」
「やーじゃないの。一旦中止」
バッと香織先輩の手から甘酒の入った紙コップを取って残っていた甘酒を勢い良く飲み下す。
「……うぐ…………やっぱり苦手な味だ」
「あ〜! わたしの! もう! なんでのむの! めっ!」
眉根を寄せつつ紙コップを広げられたゴミ袋の中に突っ込む。隣では赤らんだ顔のままムッとしてる香織先輩が。水を買わなきゃだ。ベンチに香織先輩を座らせてから屋台の飲み物を二人分買ってすぐに戻る。
「香織、水飲んで」
「んっ! やっ!」
幼児退行してない? いや、可愛いんだけども……取り敢えずは水を飲ませなきゃ。
「お願い、水、飲んでくれる?」
キャップを開けてそれを向ける。香織先輩は眉をギュッと寄せたままペットボトルを睨んだ。
「……せて」
「…………うん?」
「のませてっ」
……もしかしなくても香織先輩にはお酒飲ませない方がいいかもしれない。
★
結局、途中でガス欠になったのか眠りこけた香織先輩を家までおんぶした。弓音さんも霞澄さんも寝ているようで、全体的に暗かったけど明かりもそこそこに香織先輩を部屋まで届ける。着物は…………まぁ帯を取るくらいで良いか。シワになってしまうだろうけど仕方ない。
「んんぅ……」
ベッドに香織先輩を座らせて帯を取る。どう結んでるのか分からなかったけど、なんとかいけた。そして帯を畳んでテーブルに置いてからそっと香織先輩を寝かせる。流石に脱がせて部屋着を着させるのは至難すぎる。特に僕の心が保たない。
「……おわっ」
そうだった。香織先輩は寝ると何かと腕の中に抱き寄せないと寝れない体質なんだった。むぅ。これは抱き枕になるパターンだなぁ。僕は苦笑してコートだけは脱いでそのまま香織先輩に抱き付かれて僕もベッドに横になる。彼女の寝息が少々甘酒のあの匂いがして僕はつい、香織先輩の胸許に顔を埋める。決めた。香織先輩にはお酒を飲ませないようにしよう。意識が落ちていく中で決めた僕だった。
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