16. クリスマスと冬休み




 「課題おわった〜! 琉椰りゅうやくんほめてほめて〜」


 クリスマスを控えたイブの日。用意した炬燵こたつで暖まりながら課題に向き合った香織先輩はペンを置いて僕に抱きついた。


 「お疲れさま。僕も丁度終わったところだよ」


 僕もペンを置いて抱きついてきた香織先輩の頭を撫でる。


 「わたしも終わったよ〜! りゅーやお兄ちゃん!」

 「霞澄かすみさんもお疲れさま」

 「えへへ〜おちつく〜」

 「ありがと〜りゅーやお兄ちゃん」


 三人してカーペットの上に寝転がる。課題に集中していたため背中を伸ばすと音が鳴った。


 「こたつってさ〜……凶器だよねー」

 「すごいわかる〜。なーんか動きたくなくなるよねー」

 「同感。なんか眠くなってきたね……」


 寝転がると途端に欠伸あくびが出る。眠気が襲ってきた。まぶたが重い。


 「もうこのままお昼寝しちゃお〜」

 「さんせ〜」

 「ほんとは駄目なんだけどねぇ……ちょっと耐え切れないかも」


 会話もそこそこに気付けばそのまま三人昼寝した。







 目が覚めると少しリビングが薄暗かった。どうやら昼寝にしては長く寝ていたみたいだ。まだ隣で寝てる二人を起こさないように気を付けつつ起き上がる。天板テーブルに置いているスマホを見ると時刻は夕方から夜に差し掛かっていた。だから薄暗いのかと納得して、電気をつけに行く。


 「……うっ。あ……あかるいよぉ……」

 「…………もうあさなの……?」


 僕が点けたリビングの電気の明かりに眩しげにしながら起き上がる二人。


 「朝じゃないよ。もう夜だね」

 「ぅぇ……もうそんな時間? 寝過ぎちゃったねー」

 「ふわぁ………こたつってほんとすごーい」

 「正気感じられないなぁ二人とも。夜ご飯どうする?」

 『たべる〜』

 「りょーかい。それじゃあゆっくりしてなよ二人とも」







 夜ご飯を食べ終え、まったりすること数時間。三人でパーティーゲームをした。


 「うわっ、りゅーやお兄ちゃんつよいよ〜!」

 「さっすが琉椰くんだね〜」

 「忖度そんたくされたんじゃって思うくらいに上手い運びだったんだけど……」


 乾いた笑いしか出なかった。終始僕がトップで流石に二人を勝たせた方いいかなとか思ったけど楽しそうにしてるなら良いかな。


 「あ、お風呂準備できたみたい。先入ってきなよ琉椰くん」

 「そうだね。分かった。行ってくるよ」

 「いてら〜」


 ゲーム機を置いてシャワーを浴びにお風呂に向かう。





 「…………良し、行ったねりゅーやお兄ちゃん」

 「……だね」


 琉椰くんがお風呂に行ったのを確認して霞澄と頷き合った。さっきのゲームは勿論、琉椰くんを勝たせた。とはいえ私自身ゲームは得意じゃないから半ば自動的に勝ったのもあるけど……。


 「バレないうちに始めちゃお」

 「おー」


 いそいそと二人で協力して準備する。きっと琉椰くんは見たら驚いちゃうだろうけど、良いよね……?


 「えーっと……これはこう……?」

 「うん。それでおっけー」


 慌ただしくも準備を終えた。それから少ししてドアの向こうから歩いてくる音が聞こえる。


 「シャワー浴びてきた……よ…………え?」







 リビングに戻ってくるとソファの前にあった炬燵は片付けられていて、そこに少し大きめの布団が敷いてあった。


 「あ、おかえり〜琉椰くん」

 「つぎわたし入ってくる〜」


 そうして入れ替わり立ち替わりで今度は霞澄さんがお風呂に向かった。


 「琉椰くん、驚いたよねこれ」

 「え、うん。そりゃあまぁ……どうして布団を?」


 布団の上に胡座あぐらをかいて座る。すると僕の膝に頭を乗せるように寝転がる香織先輩。


 「こーら、君まだお風呂入ってないでしょ」

 「えーそーだけどー……でもだいじょーぶ。寝ないよー」

 「ほんとかなぁ……もう」


 にへらっと笑う彼女の髪の毛に指を通し、後頭部にかけて撫でる。香織先輩はそれに心地良さそうな顔をする。


 「明日、さ」

 「んゆ〜?」


 心地良さそうな顔のまま目を向けてくる香織先輩を見ながらフッと笑う。


 「霞澄さんには悪いんだけどデートに行かないかな?」

 「ほぇ? デート?」

 「うん。ほら明日クリスマスでしょ? ずぅーっとお家にいるわけにもいかないじゃん。それに香織とデートがしたいなって今思ったんだ」


 照れ笑いを浮かべてそれが見られたくないから香織先輩の両目を右手で塞ぐ。


 「わわっ、なんでかくすの〜?」

 「見せたくないんだよ〜僕が。それでどうかな?」

 「私は全然いいよ〜。琉椰くんと一緒にいれるならデートしたい」


 両手で僕の右手を手に取ってきゅっと握りながら潤んだ瞳で見つめてくる。


 「分かった。帰りにケーキ買って帰ろっか」

 「ん、わかった」


 見つめ合いながら頷き合って、示し合わせたわけでもなく顔を近づける。チュッと音を立てながらフレンチキスをする。一度顔を離すと香織先輩は起き上がって、僕の膝の上にまたがって、今度は香織先輩が見下ろす体勢になって再度キスをする。ここのところキスより先に行っても良いのではないかと思ってしまうことがある。でも僕らはまだ学生だ。公序良俗こうじょりょうぞくを守らないと学生とは言えないんじゃないかなんて思う。だから未だに踏み込めずにいる。


 「……んッ、ぁ……はぁ……ちゅ」

 「んん、ん……ちゅ……」


 サラリと彼女の解いている横髪が首筋に掛かる。そうするとふわりと香る香織先輩の匂い。女の子特有の匂いと華やかな匂いとが混ざり合って僕の鼻腔びこうくすぐっていく。半目でキスをしているのもあるけれど頭がぼんやりとしてくる。くしゃっと横髪ごと彼女の頬に手を当て、腰を抱く。そして香織先輩と目が合った。熱を帯びた潤んだ瞳。綺麗な藍色の瞳。とろんとした目で僕の目を射抜いていく。その目は僕の心を最も容易くとろかしていく。もうこの際、体裁ていさいなんて良いかとすら思えるほどに。離した唇からは熱を帯びた吐息。互いにその息が鼻にかかる。そんな距離で静かに見つめ合う。


 「……り、りゅーや……」

 「…………」


 確実に二人っきりのときに僕のことを呼び捨てで呼ぶ。その声音すらも甘く、それを拾う鼓膜が震える。あぁ、もうほんとにこのまま抱いて……。


 ────ガチャ。


 「……っ!?」


 突然リビングの扉が開いた。二人してハッとして離れる。


 「あれ〜? 何かしてたのお姉ちゃんたち」


 タオルで髪の毛の水気を取りながら霞澄さんが入ってきた。


 「う、ううん。何もしてないよ。お風呂湯加減どうだった〜?」

 「ちょうど良かったよ〜」

 「そう。それじゃあ私入りにいくね」

 「分かった。行ってらっしゃい」

 「は〜い行ってらっしゃ〜い」


 パタパタと駆け足でリビングを出て行った香織先輩。僕はソファを背凭れにして深く座り込む。


 「お姉ちゃんとイチャイチャしてたでしょりゅーやお兄ちゃん」

 「ぅえっ……な、なんのこと……かな」

 「あははっ、りゅーやお兄ちゃんってウソ下手だね」


 左にぽふっと座りながら僕をにやにやしながら見つめてくる。そっちとは逆の方に顔を逸らす。


 「その反応はイチャイチャしてたんだ」

 「…………うん、まぁ」

 「そっかそっか〜。それでそれで? デートとかするの?」

 「……霞澄さんって時折なんだけど超能力者エスパーなんじゃないかって思うよ」

 「え〜そんなんじゃないよ〜」


 勘が鋭い霞澄さんに僕は苦笑する。香織先輩が戻ってくるまで霞澄さんと話をした。







 翌日、一緒に出れば良いけれど雰囲気を楽しみたいからということで先に家を出た。待ち合わせとして僕の家がある方向と繋がる交差点で待ち合わせる。


 「りゅーやくーん!」


 大手を振りながら声を上げて小走りで来る香織先輩に笑みを浮かべて小さく振り返す。


 「ごめん待たせちゃった……よね?」

 「全然。それよりも服、すごい似合ってる」


 実際待ったと言っても数十分くらいなのだから全然待ったとは言わないだろう。僕は首を横に振ってから香織先輩の私服姿を褒める。


 「え〜ほんとー? えへへ、ありがと」


 どうやら好感触だったようだ。照れ笑いを浮かべて慣れたように僕の右腕に抱きついた。


 「それじゃあ……行こ?」

 「うん」


 とはいえそこまで計画しているわけではなく、のんびりと街をぶらつく。「あ、この服可愛い〜」など時折通りかかる服屋のブラインドに飾られている服を指差しながら。


 「どこ行こっか〜」

 「うーん……考えてなくて申し訳ないかなとは思ってる」


 素直に謝罪する。けど香織先輩はほがらかに笑う。


 「え〜全然いーよー。だって琉椰くんとデートなんて久しぶりだし」


 それは確かにそうだろう。文化祭以降、なんだかんだで忙しくて登下校しか一緒にいるしかなく、香織先輩は受験生というのもあるだろう。部活の方にも顔を出すことも少なくなったくらいだ。


 「あ、ねぇねぇ。あのカフェ入ってみよーよ」

 「うん、良いね。行こうか」


 香織先輩が指差した外観が落ち着いた雰囲気の喫茶店に入る。お店の中はお洒落で案外広く、お客さんもそれなりにいた。そして店内で流れている曲も小さめの音量でゆったりと出来るような配慮がされていた。


 「いらっしゃいませ〜……って鏑木かぶらぎくん!? それに香織ちゃんも!?」

 「あ、みさちゃんだ〜! ここでアルバイトしてたんだね〜」


 僕たちが中に入ってはそう声を掛けてきた店員さんが驚いた顔と声を上げた。どうやら弦宮つるみやさんがここでアルバイトしてたらしく、ちょうど居合わせたらしい。


 「あ、空いてる席に案内しますねー」


 それでも一応仕事中てのもあり、僕たちを二人掛けのテーブルに案内した。


 「何にしよっか〜」

 「そう……だな……」


 メニュー表を開いて互いに悩む。香織先輩はブラックコーヒーは苦手で飲むとしても甘くしたらで僕はあまりそういったのは関係なく、飲み物はすぐに決まった。けどサイドメニューで悩んだ。無難にチョコケーキでも良いけれど、このガトーショコラも気になるし……ふぅむ悩ましいなぁ。


 「ね。どうせだったら二つ頼もうよ。それで半分こしよ?」


 僕の頼みたいものに指を差しながらそう提案して首を傾げる香織先輩。僕はその通りだなと頷く。


 「決まりだね♪」


 ニコッと笑ってから店員さんを呼んでテキパキと注文をしてくれた。店員さんが去ったのを確認してから軽く頭を下げる。


 「ごめん香織。それとありがとう」

 「え〜別にいいよぉ〜。それに悩んじゃうの私もわかるもん。だからだいじょ〜ぶ。ね?」

 「うん……ありがと」


 暫くそうして二人で楽しく話をしていたらチョコケーキとガトーショコラ、ブラックコーヒーとキャラメルラテを店員さんが運んできた。二人それぞれのケーキにフォークを入れて一口サイズに分けてから互いに向け合う。どうやら考えることは同じようで顔を見合わせて笑い合う。それでから僕は香織先輩が向けてきたガトーショコラを。香織先輩は僕が向けたチョコケーキを口にする。


 「……ん、美味しい」

 「ん〜! 甘さが程よくておいしい〜!」


 まさにその通りだ。ガトーショコラは中に入っていたチョコソースは少し甘めだが生地が控えめでその分まろやかさがありとても美味しい。これくらいの甘さがちょうど良いとさえ思うくらいだ。


 「ガトーショコラはどう?」

 「うん。全然美味しいよ。ちょうど良くて僕好みだね」

 「えへへ、そっか〜」


 時折分け合いながらケーキを楽しく食べた。コーヒーを口に流し込むとそれはそれで美味しくて、二人で来てよかったと思った。







 その後、特に予定があるわけでもないから適当に服屋さんに立ち寄り服を見たりして大分暗くなるほど時間を潰した。


 「わぁ……もう夜だねぇ」


 空は暮れ、月が輝くほどまでに黒い一面になっていく空を何の気なしに見上げる。


 「そうだね……あ」

 「あ……雪」


 二人して歩みを止めて一緒に見上げる。すると空から白い粒がゆっくりと舞い降りてくる。一個や二個ではなくそれも沢山。僕は左手で落ちてくる雪を受け止める。それほど冷たくはなく、手のひらに接触したら跡形もなく消えた。


 「ホワイトクリスマスだね〜」

 「そういう言葉があるんだね……良い言葉だね」

 「ねぇ、琉椰くん」


 ふと名前を呼んで僕に顔を向ける。僕は「うん?」と首を傾げて彼女の目を見る。


 「来年も再来年も……これからもずっとよろしくね」

 「うん。こっちこそ香織に飽きられないように頑張るから……だから────」


 そっと左手を彼女の頬に添える。僕の手は冷たくないだろうか。そう一抹いちまつの念を抱きつつも言葉を続ける。


 「これからも僕の彼女でいてくれる?」


 聞く必要はないことなのは十分理解している。けれどこれは互いの愛情の再確認なのだ。そう思いたい。そして僕の言葉で香織先輩はゆっくりと笑みを深める。とても朗らかで優しくて可愛らしくて……。そんな彼女に僕は心の底から惹かれたんだ。


 「うん。大好きだよ琉椰」

 「……っ。うん……ありがとう香織。僕も大好きだよ」


 唐突に呼び捨てで呼ばれて少し驚いた。それも込みなんだろう。僕のその微かな感情の機微を察して「してやったり〜」といった目をする香織先輩。ほんと、香織先輩には敵わないなぁ。


 「メリークリスマス、琉椰」

 「メリークリスマス……香織」


 ちょんっと香織先輩は少し爪先立ちになって僕の唇にフレンチキスをした。そんなキスでも今の僕の心は幸せで一杯になる。だけどそれ以上に。


 ────もっとそばにいたいんだ。



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