14. あなたのために尽くしましょう……なんちって




 文化祭2日目。昨日とは打って変わって、僕は衣装チェンジした。騎士服だ。それも黒服。とはいえ、両手と両足には鎧に見えるようにこれまた手芸部お手製の黒い手甲と足甲を付けて、右の肩甲骨を覆う感じに右肩に色の暗い紫色のマントを模したヒラヒラした生地の────マントで良いのかなこれ。分からないや────をひるがえしながら教室に入る。勿論、髪もセットしてもらった。


 「おわっ! めっちゃ騎士だ!?」

 「す、すげぇ!」

 「か、かっこいい……!」

 「……えーっ、と……?」


 入った途端に僕を見る視線と言葉に僕は困惑する。


 「やっぱ似合うよなぁお前」

 「あ、赤坂くん……なんか色めき立ってる……ね?」

 「それはお前が悪い」

 「ぼ、僕のせいかなぁ……!?」


 ケラケラと意地悪げな笑みを浮かべながら赤坂くんを恨めしげに見る。


 「ま、それくらい似合ってるってこったな」

 「なんだかなぁ……」







 文化祭2日目が始まりそんなに時間をおかない間にぞろぞろと人が来た。それもこれもSNSで拡散されていたからだろう。あの後、赤坂くんからチャットが来て、見てみれば僕の執事のコスプレをした姿と共に僕の給仕している動画がネット上にアップされていたのだ。僕自身驚いたけれど致し方ないかなと黙認するしかなかった。


 「お帰りなさいませ、御主人様マスター。席の方へ案内します」

 「は、はい……っ!」


 とはいえ、時折盗撮しようとする人もいて対応するのに忙しい。こちらの女性を席に案内してから女子生徒にナンパを試みようとする輩との間に入る。


 「失礼ですが、当方は出会い目的はご遠慮いただいております。今回は口頭での注意に致しますが、今後またこのような行為に及ぼうとした又は及んだ場合は校舎からご退去願います」

 「なっ! べ、別に良いじゃねぇか! オレァなんだぞォ!?」


 面倒なヤツだなこれ。僕は自然と目を細め、眉根を寄せながらもスマイルを忘れないように浮かべる。


 「何をおっしゃいますか。社会的マナーも守らない方を当方はとは呼べません。確かに当方のお店はコンカフェでご来店くださった方々に夢や癒しを与えます。それが仕事ですから。ですが────」

 「お、おいっ、はなせっ」

 「それにかこつけて他のお客様並びに当従業員方に迷惑をかけるような行いはおやめください。良いですね?」


 スマホを持ってクラスの一人である女子の衣服の下を盗撮しかけていたその手を少し強く握りながら笑顔でさらに圧迫する。男は青ざめた顔で頷いた。それを確認してパッと手を離す。


 「ご理解ご協力感謝致します。それじゃあ女中メイドさん、仕事に戻って」

 「あ、う、うん! ……ありがと」


 女子は小声で感謝を言ってからパタパタと接客に戻った。僕もまたそこから離れ、一息付ける。


 「……ご来店くださっている御主人様マスターの皆様。先程はお騒がせしてしまい申し訳ありません。こちらからのお詫びと言ってはなんですが、今ご来店くださっている方々限定でドリンクを一杯無料で差し上げます。ゆっくりと堪能していた時間を壊してしまったお詫びですが何卒当カフェをごゆっくりおくつろぎください」


 右手を左胸に当てて腰をほぼ九十度に曲げる。これでアフターサービスは良いだろう。あとは。


 「それと、ご注意願いたいのは写真撮影、動画撮影に関してですが、無断での撮影はご遠慮ください。当方は未だ学生の身であります。その学生生活を楽しみたいというのが最大の理由になりますが、勿論、願い出れば快く承諾する方もいるかと思いますがくれぐれも無断並びに強要する事のなきよう再度お願い申し上げます」


 この場の全員の視線が僕に刺さる。途中から口の中がカラッカラで上手く笑顔を出せているかも不安だったけれど僕の考えていることを口に出せたので良いとしよう。そして全員からの承諾として拍手が出たのを聞き安堵の息を吐く。


 「悪ぃ。対応任せちまって」


 その後、赤坂くんが隣に来て耳打ちしてくる。僕は首を横に振って大丈夫と伝える。


 「一応これでも委員長だしね。でも、僕が休憩に入ったら頼んでも良い?」

 「おう。そこんとこは任せとけ。あ、でもよ……」


 サムズアップしてから曇った顔をしてなんとも言いにくそうな顔になり僕は首を傾げる。


 「俺でも無理そうなら呼んでも良いか?」

 「あぁ、なんだそんなことか。全然良いよ」

 「い、良いのか? でもお前休憩入ったらアレだろ? ……妻木先輩とデートすんだろ? 邪魔すんじゃねぇのか?」

 「うーん……まぁ、そこらへんはどうにかするよ。大事なのは皆が良い思い出を作れることだからさ」

 「喧嘩とかしねぇのな」

 「……そういえば今までそんなことしたことなかったな。なんだかんだで僕が折れてたし」


 ぽんぽんと赤坂くんの肩を叩いてから離れて、休憩に入るまで接客に集中する。







 正午も過ぎて昼の2時に回ろうかという時間。ようやく一息つけれるため休憩に入る。


 「あ、鏑木かぶらぎくん鏑木くん」

 「うん? どうかした?」


 手芸部の子が呼び止めたので振り返る。


 「休憩入るならさ、これ付けてて欲しいんだけど……どうかな?」


 彼女の手には細長い円筒形の入れ物だった。


 「それは……何?」


 理解が及ばず僕は眉根を寄せて考えながら首を傾げる。


 「あ、これねー……ほら鏑木くんって弓道部じゃん?」

 「あー……なるほどね」


 その言葉に合点がいった。


 「矢筒かそれ」

 「そ。そゆことー。んで〜、どう?」


 どうやらこの服に合うように衣装と一緒に作っていたみたいで接客時には邪魔になるだろうから付けてなかったとのことだ。僕は少し考える素振りをしてから頷く。


 「うん。付けてみようかな」

 「えっ、マジ!? 良いの!?」

 「うん、マジ。どこにつければ良いの?」

 「あ、それはねこことここに……」


 手芸部の子は僕の後ろに周り、腰の辺りに装着した。


 「あ、このベルトってそういうことだったんだね」

 「そーなの! どう? 動ける?」


 装着し終えたのを確認して軽く腰を回したり、歩く動作をして確認する。


 「うん。大丈夫かな。それよりも結構時間かかったんじゃない? 衣装とコレ同時に作るなんて」

 「にゃは〜。実は二徹して作ったの」

 「え゛っ……だ、大丈夫なの?」

 「だいじょぶだいじょぶ〜。初日から2日掛けてやったってだけだからさ〜」


 ケロッとした顔でのたまうう彼女をまじまじと見る。この子やべぇなと。


 「……すごい情熱だね」

 「へへっ、そりゃーもう衣装作るの大好きだからさっ。あ、そうそう。後でコスプレ出てみない? ほら、あの先輩と一緒にさ」


 ふむ……考えておこうかな。


 「一応伝えてみるよ」

 「おぉう……断らないなんて思ってなかったよ」

 「あはは。まぁ、聞いてみるだけだよ。僕としてはそれで君が良い思いするなら願ったり叶ったりだけどね」

 「…………はわぁ〜鏑木くんってば性格もイケメンかよ」

 「何か言った?」

 「んーにゃなんも〜」


 何か呟いていた気がするけど……気にしたところで何にもならないか。


 「それじゃあ僕は休憩行ってくるよ」

 「あーい、いてらー」







 香織先輩はどうやらクラスの出し物で教室にいるようで僕はそっち向かう。向かってる最中でもそこかしこから、


 『え、ねぇ、あのコスプレヤバない?』

 『だな……マジで一瞬異世界に来たかと思ったわ』

 『なんかのゲームのヤツかなアレ』

 『え、もしかしてさ〜コレじゃね?』

 『うぉ、もろコレじゃん! やっべぇくらい似てるわ〜』


 などなど耳から拾うけど……それくらい良くできてるってことだろう。


 『えっ!? ね、ねぇ、香織ちゃん! 彼氏くんめっちゃカッコいいよ!』

 『へっ? わ、えぇっ!?』


 教室に着いて入る最中に中から嬌声が聞こえた。僕はそれに苦笑しつつも中に入る。


 「り、琉椰りゅうやくん!? へ!? え、その格好なに!?」


 パタパタと駆け足で僕の前に来てはペタペタと僕の胸許を触れて「ほわぁ〜」やら「はぇ〜」やら声を漏らす香織先輩。


 「コレが前に言ってた騎士服だよ香織」

 「めっちゃかっこいい……ね。写真……撮ってもいい?」

 「え? あ、あー……まぁ、香織だったら」

 「ほんと!? じゃあじゃあ、んっ! もっと顔寄せて〜?」

 「はいはい」


 行動力すごいなぁと思いながら、右腕に抱きついてスマホを斜め上に持ってきてカメラを起動する。画面に僕と香織先輩が写り、そのままツーショットで撮った。


 「……んっ、よしっ! ねね、射的やってく?」


 写真を確認してからスマホをしまい、僕の顔を見ながら首を傾げる。


 「やってみようかな。何で的を当てるの?」

 「ふへへ、それはね〜」


 腕を引かれながら向かう。射的の景品は主にお菓子の袋だったり小箱だったりと様々ある。


 「えっ、これって……」


 長テーブルに置かれているのは射的の定番のコルク銃などではなく────輪ゴムの銃だった。


 「ふへへ、おどろいた〜?」

 「そ、そりゃあもう」


 輪ゴムで射的って言ったって、威力自体は強くはないと思うけどまさかそれで落とすのか?


 「コレ使って〜、アレ。アレに向かって撃つんだけど、あの紙が倒れたらそこと同じ場所の景品が貰えるんだ〜。おもしろいでしょ」


 にぃっと笑う香織先輩と指し示された方を見て頷く。


 「ワンプレイ100円だよ。やる?」

 「おっけーやる」


 財布から100円取り出して香織先輩に渡す。


 「あーい。それじゃあ一回5発でやってね」


 輪ゴムがすでに装填された割り箸を手に取って目の前の紙の札に向けて撃つ。


 「あ、おし〜」

 「……なるほどね。こんな感じか」


 1発目。当たったけど倒れなかった。射出された瞬間は速いけど狙いに当たる直前に失速するから加減が難しいな。


 「よく出来てるね」

 「へへ〜ん! 夏祭りの射的ですごかったからね〜琉椰くんは。コレくらいしなきゃでしょ?」


 さすが香織先輩だな。けどそれなりに加減が分かったし、2発目撃つか。


 「うぇっ!? うそ〜倒れたの〜!?」


 良い反応ありがとう香織先輩。


 「ま、まぐれだろ。さすがに」


 他の先輩方も驚いてるような感じが見える。良し、次だ。




 「ほわぁ〜、まさか最初以外全部当てるなんて思わなかったよぉ〜」


 5発撃ち終えて結果は最初の1発目以外全部当てて落とした。四個のお菓子の入った袋に目を向ける。


 「香織」

 「ん〜?」


 その袋を香織先輩に向ける。


 「ふぇ?」

 「あげる。僕は君から少し貰う程度で良いし」

 「えっ? で、でも……」

 「良いから。あげる」

 「う……あ、ありがと」


 両手で受け取ってそのまま口許を隠すようにしながら上目遣いで見つめてくる。僕は小さく笑みを浮かべる。


 「香織は何かして欲しいことはある? ほら、僕は今騎士さんだし」


 冗談混じりに言ってみる。


 「あ、そ、それじゃあ……」


 冗談のつもりだったんだけどなぁ……まぁ、彼女の願いを叶えるのも大切だよね。


 「えっと……漫画とかでみるようなアレやってほしい、な……なんて」

 「えーっと……あぁ、アレか」


 合点が行き、その場で左胸に右手を当てて片膝をつく。陽光が差さる窓が香織先輩の後光のように見える。香織先輩自身、冗談だったのだろう。僕の行為に目を瞬かせながらも僕を見下ろしている。


 「香織。僕は君の為に尽くしましょう。身も心も全て……君の為に」


 そっと左胸に当てていた右手を伸ばし、優しく香織先輩の右手を取る。その手の甲の指先に触れる程度の口付けをする。


 「ほわっ……!」


 僕の口付けに香織先輩は顔をボッと紅くさせて左手で口を隠すけどそれでも口がだらしない笑みになっているのに気付く。周りにいる人達は口々に、


 「や、やべぇ……ガチの騎士ムーブじゃん」

 「え〜やば。こんなん絶対堕ちるって」

 「香織ちゃんの顔めっちゃ赤いしそれくらいやばいってことだよねー。さすが彼氏くん」


 そう言っているのを耳で拾うけれど努めて無視する。そうでもしないと僕自身ヤバい。何せこんなの初めてやったし。顔に出さないように気を付けてるけどこんなの心臓に悪すぎる……。


 「えと……その………り、琉椰くん」


 しどろもどろで思考が纏まってないのか何度も口をもごもごする香織先輩。


 「えっと……ね? その……こ、これからもわ、私、の………騎士さんでいて……?」


 潤んだ瞳と赤らんだ顔。そして小さく傾げる首。その全てが僕の心を離さない。改めて思った。


 ────僕の憧れの、女の子が可愛くてとても大好きなんだ。


 だから、心の中で誓った。僕はこの綺麗で可愛い先輩を離さないって。僕はきっと飽きることは一生無いんだって。


 「────御意イエス我姫マイロード


 顔を伏せて僕は添えたその手を僕の頭より上に上げてかしずいた。








 文化祭の全日程を終えて後夜祭。全員体育館に集まった。


 「後夜祭楽しみだね〜」

 「初めてだから確かに楽しみかもね」


 学年ごとに集まるわけではなく、僕と香織先輩のように仲が良い人たちで集まったりとしてる。


 「あ、始まるみたいだね」


 後夜祭を始めるといった合図もなく、ステージに数人の生徒たちが出てきた。香織先輩はそっちに指を指して何が始まるんだろうとウキウキした顔をしている。僕もまたその一人ではあるが。


 『皆さん! 文化祭は楽しかったですか〜!?』


 中央に立った男子はマイク越しにそう叫んだ。周りの生徒たちは思い思いの言葉で賛同した。歓声にも似た声に満足げな顔をした男子は続けた。


 『これから、後夜祭最初としてぼくたち軽音楽部のライブを行います! 5曲披露します! ぜひ楽しんでください!』


 そう言うと、男子は後ろに立てかけた青いギターを手に取り、紐を肩に掛けてギターを握った。軽く音を鳴らした後にマイクの前に頭をうなだれさせるような構えをした。数秒経った後ドラムの人がスティックを三回鳴らして曲が始まった。


 「あっ! この曲知ってる〜!」


 イントロで隣の香織先輩がそう声を上げた。僕は隣に目を向ける。


 「そうなの?」

 「うんっ! 霞澄かすみが今ハマってるんだ〜って言ってたの!」

 「今流行りの曲?」

 「ん〜どーだろ。そこは私はわかんないっ」

 「ははっ、そっか。後で教えてよ」

 「うんっ!」


 香織先輩とそんなふうに話をしながらも軽音楽部のライブを楽しんだ。一人一人の演奏が良くて楽しそうに演奏している姿が僕から見たら目映く映った。それはありし日の香織先輩と重なった。隣に立っている人を。僕は自然とそちらを向く。キラキラとした目でステージを見る彼女の顔は愛らしかった。その時香織先輩はこちらの視線に気付いたのか分からないが目が合った。ニッと笑ってぎゅっと握る手を強めてまた目線をステージに戻した。僕は彼女の一挙手一投足が目から離せなかった。僕は本当に妻木香織という女性に惹かれているんだと理解した。







 後夜祭も終盤。最後はペアで社交ダンスをするというもはや暗黙の了解があるらしい。それは香織先輩から聞いていた。


 「ね、琉椰くん」

 「香お、うん?」


 どうやら互いに言おうとしたタイミングが被ったようだ。とはいえ僕も香織先輩も言うことは同じだ。


 「琉椰くんから言って?」


 彼女の言葉に小さく笑みを浮かべて頷く。


 「香織……僕と踊ってくれますか?」

 「うへへ、んっ」


 二人向かい合って握っていた手を離して抱き合うように僕の背中に左手を当てた。僕もまた香織先輩の背中に右手を当てる。そして反対の手で軽く触れるように握ってゆったりとした曲に合わせて二人、左右に体を揺らす。


 「わっ、うまいねぇ琉椰くん」

 「これがあるって聞いた後どういうのか調べたから。まぁ、付け焼き刃だから間違える……っとごめん足踏みそうになった」

 「あはは、いーよいーよ。だって初めてなんだもん、しょーがないよ」

 「ありがと香織」


 顔を見合わせて笑い合い、しっかりと踊る。初めてな分香織先輩にリードしてもらったところもあったけれどよく出来たと思う。踊り終えてほんの少し離れて互いにお辞儀する。


 「あ、そうだ。ね、琉椰くん」

 「うん? どうしたの?」

 「その騎士服とさ昨日の執事服なんだけど……また着て欲しいなぁなんて思ってるんだけど……」

 「あ〜コレね。うん。気が向いたら着るよ」

 「えっ、ほんと!?」


 香織先輩の言葉に頷く。執事服も騎士服も僕の体格に合わせて作られたものだから僕のものになっている。手芸部の子も持って帰っても良いとも言っていたしそれくらい良いだろう。


 「それじゃあさ……」


 香織先輩の言葉は僕にとって予想してなかったけど。




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