13. 初めての文化祭って楽しみだよね




 二学期の中間テストを終えて学校中が浮ついた雰囲気になった。それもそのはず。近々、文化祭が始まるからだ。


 「クラスで何やるか決めるぞー。鏑木かぶらぎ、目が合ったから進行頼んだ」

 「なんで僕がしなきゃいけないんですか!? それはあんまりじゃないですか……はぁ。まぁ良いですけど」


 先生に丸投げされ長いため息を吐きながら教卓に向かう。名ばかりだけどクラス委員長でもある僕はそんな無茶振りも答えなければならないと思ってる。


 「えーと……それじゃあ何やりたいか聞きたいんだけど、何かあるかな?」

 「お化け屋敷とか良いんじゃないかな?」

 「なんか出店やろうよ」

 「カフェとか良いよね〜」


 僕の言葉をきっかけにクラスが賑わう。僕は皆の声を聞きながら黒板に文字を書く。


 「はい、ストップ」


 チョークを置いてからパンッと手を鳴らす。丁度よく音が鳴り、シンとなる。


 「僕は別に聖徳太子じゃないからね。口々に言われても分からないから手挙げてくれる?」

 『はーい』

 「良し。それじゃあまずは何かあるかな?」

 「はいっ!」

 「じゃあそこ。何やりたい?」


 挙手した人たちから一人を指差す。


 「さっきも言ってたけどお化け屋敷がやりたい」

 「ふむ、なるほどね。ありがと。他は?」


 積極的な皆のおかげで色々な案が出た。チョークを片手に黒板をまじまじと眺める。


 「良し、これくらいかな。じゃあここから投票するね。自分がこれをやりたいってのが合ったものに手を挙げてね。一人で何回も挙げたらダメだよ。じゃあ始めるけど良いかな?」


 その後投票で決まった。僕たちのクラスはコンカフェをやる。コンカフェというのを聞いたことが無かった僕はどういうものか聞いた。コンカフェとはコンセプトカフェという略語でなんでも、テーマにちなんだ格好をして接客するそうだ。所謂いわゆる、メイド喫茶だとかがそういうものだそうだ。


 「それじゃあ、どんな格好がしたいかな? 衣装は手芸部と家庭科部に任せたいんだけど良いかな?」

 「いーよー。まっかせて」


 一度黒板に書き込んだものを消してからコンカフェの細かなものを詰めていく。クラスの出店については文化祭当日から二週間前までに決めて届け出を出す。


 「やっぱり無難なのはメイドと執事だよな〜」


 赤坂くんの言葉を聞き取る。メイド、執事と。


 「でもでも、やっぱりそれはメジャーすぎじゃない? メイドはメイドでも格好があるんだよ」

 「へぇ。そうなのか」

 「ちなみにどんなのあるのかとか教えてくれる?」







 部活後片付けが終わった頃に矢嶋やじまさんが言った。


 「もう少ししたら文化祭か〜。懐かしいな。良し。その間は部活は休みにするから各自自主練に励め。それとクラスでの出店だとかの方もな」


 矢嶋さんははっきり言って気分屋なところがある。その場でこうしようああしようなどあるためもはや慣れたものだ。


 「矢嶋さん。矢嶋さんは当時の時は何をやったんです?」

 「お、聞きたいか?」

 「えぇ、まぁ。参考に」


 僕が聞くと関先輩や早道先輩は何か思い出したのか少しだけ引きった顔をしていた。それに疑問に思いながらも矢嶋さんの話に耳を傾ける。


 「一年の時は本格的なお化け屋敷だな。二年は教室の方と中庭でそれぞれ分かれて出店開いたな。三年はクラス総出で演劇やったな」

 「演劇、ですか……ちなみに何をやったんですか?」

 「そうだなぁ……当時クラスに結構な読書家のヤツがいてだな。そいつが脚本書いたサスペンスモノだったな」

 「えっ……?」


 誰も救われない……サスペンスモノ? なんか見る人によってはモヤっとするものではなかろうか。


 「ハハっ。そう、鏑木の思ってる通りだったよ。な、関」


 唐突に話を振られて驚きつつ頷く関先輩。


 「俺は今でも連絡取ってるが、どう考えたらあんな脚本書けるのか不思議でしょうがなかったな」

 「確か〜……なんかの話しをモチーフにしたって言ってたよねー」

 「それってもしかしてアガサ・クリスティさんの作品?」


 香織先輩と弦宮つるみやさんが荷物を持って話に入ってくる。


 「まぁ、話の大筋はその作家の……なんだっけな……『そしてー……なんだったっけな?」

 「あぁ、『そして誰もいなくなった』ですか?」

 「あぁ! それだ。それと似たようなものなんだが、話の暗さは別の作家から取ったって言っていたな」


 話の暗い作品って色々あった気がするな。でもそこまで本を読んでるわけでもないからあまり分からないけど。


 「……もしかして綾辻行人あやつじゆきとって言う作家さんですか? もし推理モノで暗い雰囲気を出すのが上手い人ってこの方だと思いますけど」

 「いやぁ、違うはずだな。確かにその作家のも読んでるってのは言ってたけどな。こう……アレだ。さっき鏑木が思っていたように人によってはどういうことなんだ? って思うようなやつなんだよなぁ」


 ダメだ分からん。


 「あっ! それってこの作家さんじゃないですか?」


 弦宮さんがぱちっと手を鳴らしてからスマホで何か検索してそれを見せてくる。


 「おぉっ! これだ! この人のも参考にしたって言ってたな」


 見せてくれたスマホに映っていたのは『残穢ざんえ』というホラー系のミステリ小説の表紙画像だった。これは確か映画があったなとふと思い出した。僕は観てないけど叔父さんが観ていたと思う。


 「よく分かったな弦宮」

 「あー……わたし少し怖いの好きで映画館でこれ観たんですよ。これは確かに人を選ぶような作品だったなぁとは思いますねー」

 「弦宮さん、この作品のあらすじ見せてくれる?」

 「あ、いーよー。はい」

 「ありがとう」


 ふむ。なるほどね。これは確かにおどろおどろしい作品だなぁ。コレ系はあまり知らなかったな。

 あらすじを見るために誰もが使うウィキを見る。なるほど。この作家さんが体験したことをフェイクを入れて書いているのか。僕は弦宮さんにスマホを返す。


 「人を選ぶ演劇ということは犯人役は明かされないまま終演したってことですか?」

 「まぁ、そうだな。その時のは確か動画に撮っていたはずだ。後で観せようか?」

 「気になりますね。後で送ってください」

 「分かった。まぁそれでだな。私は楽しかったな。それで? 鏑木のクラスでは何かやるのか?」

 「あー、色々出し合って結局のところコンカフェっていうのをやりますね」


 あ、香織先輩が目をキラキラさせてこっちを見ている。見なかったことにしよう。今もバシバシ視線が当たってるけど。


 「コンカフェ? メイド喫茶とかそういうやつ?」

 「あーいや、なんでも手芸部の人たちがこぞってヤル気あるみたいでメイド以外の衣装も作ることになったんだ。明日以降、採寸が各々おのおのあるかもとは聞いてる」

 「琉椰りゅうやくんは何やるの!?」


 香織先輩が目をキラキラさせながら身を乗り出す。動物の尻尾があればブンブンと振ってるだろうレベルの食い気味だ。


 「僕は一応……執事服着ることになったかな。赤坂くんとかも執事服で男子はあと二人がそれで他が騎士とかだったような……あ、いや僕は騎士服も着ることになってるね。1日目が執事服で2日目が騎士服だね」


 メモ帳を取り出して確認する。クラス全員の格好などをメモしていてあとは出品するメニュー等を後々決める。


 「へぇ〜、リュウくんって確かに似合いそうだもんね〜」

 「それ赤坂くんにも言われました。「お前、体格良いし、そういうの似合いそうだよな」って」


 帰ったら作法を調べておこうかな。メモ帳をしまいつつそう答える。


 「楽しみだねぇみさちゃん」

 「え、う、うん。鏑木くんよく二つも着ようって思ったね」

 「あー……ほんとは一着だけだったんだけど手芸部の人たちが「委員長なら二着着よう!」って聞かなくて」


 先程の話し合いを思い出して苦笑する。


 「文化祭の日は冷やかしに行ってやるか」


 矢嶋さんはニヤッと笑いながらそう言ってくる。


 「冷やかしはやめてほしいですけど、売上貢献は助かりますね」


 そうして文化祭云々について駄弁ダベりながらも学校を後にした。これから忙しくなりそうだなぁ。






 「そういえばみさちゃんの方は何かやるの〜?」

 「あ、わたしの方はお化け屋敷をやることに決まったかなぁ」

 「お化け屋敷か。そういえば矢嶋さんはかなり本格的なお化け屋敷やったって言ってたけど……弦宮さんのクラスはどうなるんだろう」

 「あっはは、そんなに期待しないでおいてよ。でも結構頑張って作りたいみたいなことは言ってたよ。だから二人とも来てくれると嬉しいな〜」

 「それはもちろんだよ〜! ね、琉椰くん」

 「あぁ、そうだね」


 帰り道。途中まで弦宮さんとは一緒に帰る。スタバに立ち寄り、ドリンクを買ってと僕は初めてそのスタバに入った。二人は頼み慣れてるみたいで呪文みたいだった。


 「香織ちゃんは何やるの?」

 「私のとこはね〜……射的屋さんを出すんだ〜」

 「射的?」

 「うん! ほら、私と関くんクラス一緒でしょ?」


 でしょ? って言われてもね。まぁ知ってるけど。


 「だから教室を出店みたいにするんだ〜。あ、ちゃんと難易度も決めるんだ。楽しみにしててよ琉椰くん、みさちゃん」

 「鏑木くんが独占しちゃいそうだね」

 「…………そうかなぁ」

 「あ、今しそうだなって自分でも思ったでしょ」

 「………………気のせいだと思うよ?」

 「え〜ほんとかなぁ〜?」


 以前の夏祭りの射的を思い出す。確かに一回5発を4発連続で当てたことがあるしコルクでのものなら行けるだろうなと思っていたりする。


 「……その射的はさ、何使うとか決めたの?」

 「それは……ヒミツ☆」

 「そっか。じゃあ当日楽しみにしてるよ」

 「射的かぁ……わたしも行っていい?」

 「うんっ! 何回でも来てよ〜! あ、でも琉椰くんは加減してね?」

 「うっ……ぜ、善処するよ」


 名指しされるのはもうどうしようもないと思う。やはり夏祭りで射的で目立ってしまったかな。


 「あ、わたしこっちだからまたね」

 「あぁ、気を付けてね」

 「うん、ありがと鏑木くん」

 「またね〜みさちゃん!」


 手を振り合って家路に向かう弦宮さんを見送る。


 「ちゃんとお家まで行ったほう良かったかなぁ?」


 手を下げつつ遠く小さくなっていく弦宮さんの背中を見つめながらぽつりと香織先輩は呟いた。


 「……多分、弦宮さんは了承するだろうけど何か不安があるなら行ってあげるべきじゃないかな」


 それがお節介でも自分の気が休まらないなら気にかけるのも悪くはないと僕は思う。








 日は過ぎて文化祭当日。学校中が文化祭という催しで賑わっていた。それは勿論、僕のクラスもだ。


 「鏑木くーん、髪のセットするから座ってー」

 「分かった」


 手芸部の人たちは衣装だけでなく、自分たちで髪のセットもするということを今日聞かされて僕は驚いた。仕事を増やして大丈夫なのかと思ったけど彼女たちの様子を見るに全然良さそうだ。


 「鏑木くんって髪遊ばせることあるの?」


 鏡が設置された机の前に座って僕の後ろに立って髪に触れながら聞いてくる。


 「いや、一度も無いかな。どうして?」

 「いや〜、だって髪めっちゃサラッサラじゃん? なんかしてんのかなーって女心として疑問にねー」

 「なるほどね。それだったら特に何もしてないよ。シャンプーした後にトリートメントとコンディショナーやってるくらいかな。何か特別なことは何も」

 「へぇ〜そうなんだ。じゃあ、そういう髪質なんだね。いいなぁ」


 ワックスを手に取り、少量指ですくって容器を置いてから手のひらに伸ばして慣れた手つきで僕の髪をセットしていく。


 「香織先輩とその妹から聞いたけれど女子の方が手入れ大変……なんだっけ?」

 「そーなの! ほんっとに大変でさー。すこーしでも怠ればすーぐ痛むんだもん」

 「ははっ。そんな感じのこと言ってたなぁ。それできみはこんなふうに誰かの髪の毛をセットしたりするの慣れてるの?」

 「あるよ〜。ウチさ、将来美容師さん目指しててさ」

 「なるほどね。良いと思うよ。僕は出来そうにないからこんなふうに出来るのは凄いよ」


 紛れもない本心だ。みるみるうちに僕の髪のセットが出来ていく。少し毛先を遊ばせながらもきっちりとしたこの執事服に似合う髪型になっていく。僕は真似出来そうもないなと思う。


 「ほんとー? お世辞でも嬉しいや」


 ニッと笑う彼女に僕は微笑む。少し照れ笑いっぽさがあったからだ。


 「もし、さ。あたしがお店開いたり美容院で働いたら来なよ。あたしがめっちゃ似合うオシャレな髪にしてあげるからさ」

 「うん、是非そうさせてもらおうかな」

 「はいっ、出来上がり〜。明日も髪のセットするからねー」

 「うん。ありがとう」


 置かれた鏡を見て、ネクタイに手を触れたりして確認を行う。問題ないと確認して立ち上がる。右のポケットから手のひらまである黒の手袋を取り出して取り付ける。手芸部が作ったこの執事服は聞いたところによるとロングテールコートという執事服でどの執事服を作るか長考したらしい。それで決まったのはロングテールコートとタキシードの2種類で僕はそのロングテールコートを着用することになった。靴も勿論のこと手作りだそうだ。かなり手が凝ってるなと思った。情熱がすごいとも。


 「お、来たな〜執事長」

 「執事長って何だいそれ」


 自分のクラスの教室に向かうと赤坂くんからそんなふうに言われて笑ってしまう。


 「だってこのクラス率いてるのお前じゃん? そんで執事じゃん? てことで執事長」

 「…………否定出来ないところがまた」

 「ま、でもめっちゃ似合ってるし、いーじゃねぇか」

 「ありがと赤坂くん。そっちも似合ってるよ」

 「へへ、あんがと」


 改めて教室を見渡す。コンカフェということもあり華やかさを出すために多少なりとも飾り付けをした。机を四つ重ねたテーブルは動かないようにテープで合わせてからその上に白いテーブルシーツで覆い、中心には造花だが薔薇の花を二輪ほど挿した花瓶を置いている。そんなふうにした席が四つ。二人席も用意していてそれを三つ。あまり多く設置しても圧迫感があるだけだろうと思いその席数にした。カーテンについては元々のやつを外して、少しオシャレに見えるように別の白いレースのカーテンを取り付けた。


 「鏑木、自信の程は?」


 ふと隣から声を掛けられる。僕は笑みを浮かべながら答える。


 「……ゆったりとした空間で来てくれた方達をもてなせるように頑張るよ」







 1日目の文化祭が開始した。早速、別クラスの人たちが来た。僕は扉前に立ち、鳩尾みぞおちのあたりに左腕を添えて腰を曲げる。


 「お帰りなさいませご主人様、お嬢様。2名さま、お席の方へご案内致します」

 「おぉ……本物の執事みたいだ」

 「すっご……」


 コンカフェをやるにあたり僕はそれなりに執事の知識を頭に叩き込んだ。とはいえ本職の人に比べればまだまだだろうが。


 「メニューはこちらになります。では、ごゆるりと」


 席に案内して座ったのを確認してからメニュー表を置いた方に手を向けてから再度お辞儀をして一度そこの席から離れる。次々と捌いていかなくちゃならないため案内係、メニューを聞く係など担当を分けた。僕は案内係だ。


 「おかえりなさいませ♪ご主人様〜」


 メイドの格好をした子もまた接客を始めた。これからどんどんと忙しくなっていくのだろう。




 「やっほー鏑木くん。来たよ〜」

 「すごい似合ってるね琉椰くん」


 文化祭が開始してから2時間くらい経ってから声を掛けられた。ジャージ姿の弦宮さんと香織先輩だ。とはいえまだ僕は仕事中だ。きっちりと熟そう。


 「お帰りなさいませ、お嬢様方。お席の方へご案内致します」

 「ほぁ〜すんごい執事さんだね」

 「なんでも出来そうな人みたい」


 二人の言葉に苦笑で返しつつ案内する。


 「鏑木、もうちょいしたら休憩な」

 「あ、分かった。ありがとう赤坂くん」

 「おう」


 小声で会話してから現時点で接客した人たちを皮切りに休憩に入る。前の扉は来客用の出入り口として使用しているため後ろの方の扉からそっと廊下に出る。廊下もまた装飾が多くそこかしこから楽しげな声を耳にする。


 「りゅーやくんっ!」

 「おわっ……き、急に肩を叩かないでよ香織」

 「えっへへ、驚かせたかったからね〜」

 「まったくもう……コンカフェの方はどうだった?」


 廊下を歩いていると後ろからポンと肩を叩かれ、いきなり声を掛けられたのもありかなりビックリした。声の主は香織先輩だ。


 「そりゃーもう大満足だよ〜!」


 にんまりとした笑みを浮かべる香織先輩を見て僕は「良かった」と言葉にしつつ笑う。


 「きゅーけーなんでしょ? 一緒にまわろ?」

 「うん。何処から行く?」


 自然と横に並んでにぎにぎと僕の右手に指を絡めながら手を繋いで校内を練り歩く。


 「琉椰くん。はい、あーん」

 「あ……あーん……」


 とはいえ、中庭で出店している二年生のたこ焼きを食べさせられるのは未だに照れてしまうけれど。


 「……なんか見られてる、ね?」

 「まぁ……僕がこんな格好してるしね。それと香織が美人だから余計に目を引くんじゃないかな」

 「も、も〜。そうやって茶化すんだから〜」

 「ちゃ、茶化してないって……!」


 校内を巡り歩くうち、やはり目を引くのだろう。香織先輩と一緒に歩いてるあの執事誰だとか色々耳にする。声を掛けられることが無かったためそのまま聞き流したけど。


 「あ、そうだ。みさちゃんのクラスのとこ行ってみる?」

 「行ってみようか。お化け屋敷だったよね確か」






 「あ、二人とも〜! いらっしゃいっ」


 僕のクラスを通り過ぎると何やらおどろおどろしい雰囲気を醸し出している教室に辿り着く。その前には受け付けなのか机が一つ置かれていてそこに弦宮さんは座っていた。弦宮さんは僕たちの姿を見ると嬉しそうに破顔して手を振ってきた。


 「二人とも入る?」

 「うんっ、はいるはいる〜」

 「おっけ〜。じゃあはいこれ。これ鈴と蝋燭ろうそくのライトを持ってね」


 テキパキと物を渡される。僕は鈴を、香織先輩はライトを持つ。


 「入ると迷路形式になってて隣室にも続いてるから頑張ってね〜。それと要所要所にクイズというか謎解きもあるからそれ解いて先に進んでねー。あ、ズルはダメだよ☆」

 「分かった。因みに怖さ加減はどのくらいなの?」

 「ん〜……こうして聞いてると、意外と悲鳴が上がってるよね〜」

 「つまり割と怖いと」

 「多分?」


 おいこら首を傾げないでくれ。そして香織先輩は顔を輝かせないでくれ。今でも時折悲鳴が聞こえるんだからそれで少し不安になる。


 「あ、もしかして鏑木くんってお化け屋敷とか苦手なタイプ?」

 「そうなの?」


 二人の視線を浴びて目線を窓ガラスの方に逃す。答えは沈黙だ。


 「ふふ〜ん、そっかそっか〜。琉椰くんは怖いのニガテなんだ〜」

 「な、なにその含みを持った言い方」

 「ふふ、べっつに〜?」


 隣を見なくとも分かる。ニヤニヤしてるに違いない。


 「あ、行けるみたいだね。さ、行ってらっしゃい二人とも♪」

 「いってきま〜す!」

 「……い、いってきます」


 弦宮さんに見送られて半ば香織先輩に引っ張られるような足取りでお化け屋敷の中へと入っていく。






 「……結構暗いね〜」

 「このライトが気休め程度の灯りじゃないかと思ったけどその通りだったんだ……とにかく進もう」

 「ん。琉椰くん怖くない?」

 「い、今のところは」


 入るなり中の暗さに目を見張る。眉を寄せ、目を凝らさないと少し先ですら見据えれない。そんな感じの視界だった。僕は知らず知らずのうちにぎゅっと香織先輩の手を強く握る。香織先輩はそれを感じ取り、香織先輩から握り返されて少なからず安堵する。


 ──────ドンッ!


 「きゃっ……!?」

 「うぉわっ!? ってだ、大丈夫……うん。壁が叩かれただけみたい……けどび……ビビったぁ……」


 歩いていると突如僕が歩いている側の壁から強く叩く音が鳴った。突然だったため、二人して驚く声を上げる。手を胸に当てるとそれに驚いた拍子で心臓の鼓動が激しいのが分かった。一息入れてから再度歩く。あ、行き止まりだ。


 「こ、こっち……みたいだね……?」

 「そう、だね」


 通路が伸びている。それは分かる。けれど曲がりたくはないなと思った。何故なら丁度曲がり角に丸椅子が置かれていて、その上にはこれまたおどろおどろしい西洋人形が座っているからだ。ふとした時に目が合うんじゃないか。そう思わせる置き方でなんともはや……実に恐ろしいな。


 「……う、うぅ……結構怖いよぉ」

 「まさかここまで怖いなんて思ってなかったよ僕も……」

 「は、早く謎解きしよ〜よぉ」

 「それが何処にあるのか分からないのがまず問題なんだよなぁ……」


 そう。暗がりだからこそ分からない。進むべき矢印はある。それも血文字で。それ以外にも乱雑に貼られた矢印もあり、こうして暗がりを歩いていると平衡感覚が狂うような感覚がする。とはいえ、さっきの反応よりも僕より怖がっている香織先輩といるからか少しずつ平静を取り戻しつつある。


 「あ、あった……!」

 「えーっと……? これどういうこと?」


 ようやく見つけた一つ目の謎解き。机と黒カーテンに立てかけられた用紙にはこう記されていた。


 『目を開けていては見えないものが目を閉じると見えるようになるもの。それは一体何?』


 僕はそれを見て少なからずこうじゃないかと思ったけど香織先輩は目の端に涙を浮かべながら見ているため恐らく分かってないのだろう。今の心理的に自分よりも怖い思いをしているため思考が定まらないのだろう。僕がなんとかせねば。


 「この紙に答えを書けば良いみたい」

 「で、でも私わかんないよぉ」

 「大丈夫。答えはコレだと思う」


 机に置かれた長方形に揃えられている紙にこれまた備え付けられている鉛筆で答えを利き腕は香織先輩に抱きつかれているため左手で書く。この問題の答えは。


 「これで先に通れるよね?」


 書いた紙を前方右端の箱に入れてその先が見えない穴のように見える先に押し出す。すると。


 『オ通リ く サい』


 機械音声が聞こえた。合ってたみたいだ。僕は安堵の息を吐きながら、カーテンがパサっと両側に開いた方に香織先輩の手を握りながら歩いていく。


 「こ、答えなんだったの?」

 「答えは『夢』だよ。目を開けているは起きている状態、閉じているは寝ている状態を言い換えただけだよ」

 「そ、そっかぁ……よくわかった、ね?」

 「そういった謎解きは任せて」


 僕自身、怖い物は得意じゃない。だけど謎解きが絡んでるというのであれば頑張らなきゃ。


 「うぅ……私の彼氏が頼もしいよぉ……せっかくお化け屋敷で怖がってたの楽しもうと思ってたのに……」

 「やっぱりそんなこと思ってたんだ……」


 ぎゅぅっと抱きつく右腕に力が籠る。少し迷いつつも次の謎に出会う。


 「今度はどんな問題なの?」

 「えぇーっと……? 何々?」


 問題が提示されている用紙に目を向ける。


 『朝は4本。昼は2本。夜は3本に真夜中は0本。これは一体何を指す?』


 「ぅえ、なにこれ……琉椰くんはわかる?」

 「………何かをたとえているというのは分かる。けど……本数……?」


 二問目にして難しい謎にかち合った。眉根に自然と力が籠り、皺を寄せる。一体何を指しているというのだろうか。


 ──────ドンッ! ドンッ!


 「ひぅっ……!」

 「……せ、急かしてくるねぇ……」


 答えに困窮こんきゅうしていると両隣から何かを叩く音が響く。香織先輩はその音にビクついて変な声を上げて僕に抱きつく。僕自身、息を呑みつつ問題を見続ける。するとなんとはなしにヒラめいたことがあった。


 「………あっ。もしかして」

 「な、何かわかったのぉ……?」


 もし合っているとするならこれだろう。答えを書き連ねて、先ほどと同じように答案用紙を出す。


 『オ通リ ィ さ ィ』


 どうやら合ってたようだ。にしてもだいぶ不気味な機械音声だな。


 「行こう」

 「う、うん……ね、ねぇ。答え、なんだったの?」


 先に進みつつ疑問を上げる香織先輩に僕は答える。


 「答えは『人間』だよ。朝は4本。これはつまり出生を表していて、赤ちゃんの状態なんだ。そう考えればあとは簡単。昼は成長した姿。夜は晩年。つまりは老いた姿。真夜中は亡くなった姿ってこと」

 「ほぇぇ……よくわかったねぇ」

 「まぁ……ある種ヒラめきだけどね。合ってる自信はあったよ。っと、どうやら隣の教室に続くみたいだね。大丈夫?」

 「あ、あはは……意外とだいじょばないかも」


 隣の教室に続く回廊。これまた黒いカーテンに覆われているけれど外の騒がしさを感じる。ほんの少しだけ灯りが入り、隣を見るとすぐにでも腰が抜けそうなくらい体を震わせている香織先輩を目にする。僕は安心させるように頭を撫でる。


 「大丈夫。大丈夫だよ」

 「……ぅ、ぅん……ご、ゴールまでがんばう」

 「ん。それじゃあ後半頑張ろう」

 「お、お〜……」


 元気のない掛け声と共に隣の教室へと入っていく。


 「や、やっぱりこわい〜!!!!!!」


 それはそうと後から聞いた話だけど、弦宮さんのクラスのお化け屋敷は大変大盛況だったそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る