12. 夜空に咲く花は綺麗で
夏休み最終日、グループラインに通知が流れる。香織先輩と課題をしていて、テーブルの片隅に置いていたスマホが光り、その通知で震えた。
「あ、みさちゃんが夏祭り一緒にどう? だって」
「そうみたいだね。どうする?」
スマホを手に取りアプリを開く。
「行こ行こ。花火もみれるって〜」
「そっか。分かった」
香織先輩の言葉に頷きながらメッセージを返す。
『今日の夜に夏祭りがあるんですが、皆さん一緒に行きませんか?』
『お、い〜ね〜! 行こっ!』
『僕も行きたいですね。先輩方はどうしますか?』
『良いな。俺も行こうかな』
『さんせ〜』
『りょっ! じゃあ19時に待ち合わせね!』
「あぁ、早道先輩、浴衣でって言ってるけど香織は浴衣あるの?」
「ん〜どーだったかなぁ……去年買ったのがあったと思う。
「僕は持ってないかな。夏祭りは行ったことないから」
覚えがあるのはライブ配信された花火映像を横目に本を読んでいたことくらいだ。
「そっか。じゃあ……買いに行こ!」
香織先輩はペンを置いてパパっと課題を片付けた。仕事が早いことだ。
「そうだね。レンタルもあるみたいだけど、買っておいた方が来年にも役立つだろうし」
僕は頷いて同様に片付ける。
「あ、そうだ。
「聞いてみよっか」
パタパタと部屋を出て行った。そしてすぐに戻ってきた。
「行きたいだって〜」
「じゃあ同伴者もいること伝えておくよ」
「ん、おねが〜い」
「先にリビング行ってる」
★
待ち合わせ時間の一時間前。僕たちよりも先に関先輩がいた。
「関先輩早いですね」
「おう。まぁ……待ってる方がいいしな」
「それは確かにそうですね」
「関くん似合ってるね〜」
「そういうお前らも良く似合ってるな。っと、そっちが
僕の隣にいる霞澄さんに目を向けた。僕と香織先輩は頷く。
「そうだよ〜。妹の霞澄で来年、琉椰くんの後輩になるんだ」
「うんっ……あ、じゃなくてはいっ! お姉……姉の妹で霞澄って言いますっ」
「ははっ、元気がいいな。関だ。よろしくな」
「はいっ」
持ち前の明るさで関先輩と直ぐに打ち解けた霞澄さん。凄いコミュニケーション能力だ。そして少しずつ皆来始めてくる。女性陣の浴衣姿は道着とはまた違った雰囲気でとても良く似合っていた。
★
出店を色々と巡って霞澄さんの手にはクレープを香織先輩の手には綿あめが。僕は射的で手に入れたお菓子数個入った小袋を右手に持ってぶらつく。
「りゅーやお兄ちゃん射的上手かったね〜」
「うんうん。私たち一個くらいしか当たらなかったよね」
「まぁ僕も最初は外したけどね。このお菓子は二人にあげるよ」
「え、いーの!?」
「うん。良いよ」
「えへへ、ありがと〜琉椰くん。はい、綿あめたべる?」
「ん、ありがと」
向けられる大きな綿あめを少しだけ唇で食んでその大きな綿あめから引き離す。少し一口大になったけどそれを口の中に入れていく。
「ねぇ、お姉ちゃん、りゅーやお兄ちゃん」
「うん?」
「どうしたの霞澄」
「誘ってくれてありがとっ」
そうお礼を言ってからはむっとクレープを口にしてもぐもぐと食べる。僕は笑みを浮かべて頷く。
「こっちこそ楽しんでくれて良かったよ。あぁ、ここクリームついてる」
「ほぇ?」
口の端に付いたクリームをそっと指で拭う。気付いてなかったらしく、かぁ〜と顔を赤らめた。
「は、恥ずかし〜……お、お姉ちゃんってこんなことされてたんだ」
「何か言った?」
「ううんなんにもっ!」
「あ、こら、あんまり離れないでよ〜!」
前を歩く早道先輩方にピューっと加わっていく霞澄さん。彼女の呟きを聞き取ることは出来なくてなんであんな顔したんだろうかと疑問に思った。
「琉椰くん」
「あ、うん、なに?」
「さっきのは霞澄と私以外にはやったらだめだよ?」
「え、う、うん……分かったけど……どうして?」
「男の子にねされるのは恥ずかしいんだよ。あ、でも好きな人だったら嬉しいけどね私」
「あ……あー、なるほどね」
「あ、ねね。あのお面買ってかない?」
「良いね。買おう」
指を指した先にあった白い狐のお面を買ってそれを香織先輩の頭につける。とても良く似合ってた。
「花火っていつからだっけ?」
「20時からだね。もうそろそろ行った方がいいみたいだね」
「あ〜い。手、握ろ」
「うん」
ぎゅっと香織先輩の左手を握る。指を絡めた恋人繋ぎで僕は手汗かいてないかなと不安になりつつも花火の見れる会場に向かう。いつの間にか串だけになった綿あめの棒を持て余してる姿に笑いながら。
「ね、琉椰くん」
「どうしたの?」
「私ね、琉椰くんが離れたりしないかなって思ったりしたことあるんだ」
唐突にそう言われて驚く。確かに前にもそんなことを言われたことがある。その時は少しだけ荒れていたけれど。
「でもね。琉椰くんがそんなことはしないんだってわかってるよ。琉椰くんは誰にでも優しくて私のことを大事に思ってくれてとてもありがたくて嬉しくて……」
「うん」
ふと隣に目を向ける。目が合ってにぃっと笑う彼女の顔を僕は目に収める。
「だからね……これからもこんな私を好きでいてほしいな、なんて」
僕は彼女の言葉に笑みを浮かべる。まだ半年だ。それでも香織先輩の
「勿論、僕はきみのそばにいるよ。ずっと好きでいるよ香織。これからもよろしく」
二人して立ち止まって顔を近づける。キスをするのと同時にけたたましい音を轟かせながら夜空を花火が彩った。僕は気付いていなかった。そんな僕たちを見て悲しげに顔を歪める一人の女の子に。
♥
初めから分かってた。わたしの
彼を知ったのは部活に入った時だった。クラスが違う男子っていうことだけしか知らなかった。
「練習なのに皆中すごいね後輩くん」
「ありがとうございます早道先輩」
二人の会話を耳にする。
「か、鏑木くん。あの……どうしてそんなに
ついわたしは会話に混ざった。鏑木くんはわたしの言葉に首を軽く傾げながら答えた。
「どうして……って言われてもなんでだろうね。多分、
初めての会話がこれだった。それからは時々話しをするようになった。部活の時以外でも。いつからだっただろう。そんな彼を目で追うようになったのは。移動授業で廊下を歩いてる時とか昼休みとかすれ違ったりした時は決まって目にしてた。
「あ、あれ妻木先輩だ」
「昼休みになるといつも隣のクラス行くらしいよ」
「え〜、もしかして彼氏いるのかなぁ」
「いや〜いるでしょ。だってあんな美人だもん。いない方がおかしいって」
クラスの女子たちがそう話をするのを聞いた。わたしは知ってる。香織ちゃんは鏑木くんとよく一緒にいることを。いつだったか部活の帰りに一緒に帰ってるのを目にしたことがあった。最初は「あぁ、仲良いなぁあの二人」だったけど段々と付き合ってるんだろうなって思い始めた。そこでわたしは気付いた。気付いてしまった。自分の気持ちに。
あぁ、わたし……失恋したんだ。好きだったんだ鏑木くんのこと。
気付いてしまったその日は一人、枕を濡らした。気付いたら好きになってて気付いたら失恋してた。でも次の日からは割り切ることができた。そう思い込んだ。でも。
「…………ごめん鏑木くん。ちょっとだけ背中貸してもらって良い?」
「あ、あぁ、うん。良いよ」
「はは、ありがと」
「あと、香織ちゃんっていう彼女がいるのにこんなことしてごめんね」
「それも別に……いや、香織が嫉妬するかも? けどどうだろ……いや、ごめん分からないけど、まぁ……良いんじゃない? 弱音ぐらい吐いても」
「えっ? そう、かな?」
「うん」
鏑木くんの優しさにわたしはまた好きになってしまった。この気持ちはしまっておかなくちゃと何度も言い聞かせた。だけどやっぱりキツいものはキツい。あんな姿を見せられたらさ。
「…………似合ってるなぁ二人とも」
何の気なしにわたしたちから離れたところで立ってた香織ちゃんと鏑木くんに目を向けた。二人の恋人繋ぎも二人のキスをしてるところも、わたしには眩しく見えた。この気持ちにすぐに気付けたなら鏑木くんの隣にわたしはいたのかな……。
わたしの初恋は伝えることなく花火と一緒に散っていった。
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