9. 団体戦気張っていこう





 翌日、早朝から起床し荷物を持って再び会場に向かった。朝も早いこともあり夏とはいえまだいささか涼しい時分じぶんだった。


 「始まるまでまだ時間はあるが練習は少しならしても大丈夫だそうだ。最後にやっておくか?」


 荷物や道具を準備し終えた後に矢嶋やじまさんがそう言ってくる。


 「出来ればしておきたいですね。那須たちはどうだ?」


 関先輩は頷きながら返し部員全員を見る。そして全員同じ思いのようで頷いた。


 「決まりだな。開会の30分前までには終わらせるように」

 『はいっ!』









 練習後、開会式が開かれた。香織先輩と矢嶋さんは観客席の方に向かい、他選手たちは射場に整列し、開催宣言の後に解散した。


 「最初は男子の団体からだな。俺たちは中盤だから観戦に行くか」

 「そうだね」

 「分かった」

 「おう」

 「分かりました」


 控え室で休んでいても良いのだが、他の人たちの射型しゃけいを参考にするのも良い。幸い、女子部員数人が残るとのことで僕たちは観客席に向かった。


 「……すごい空気ですね」

 「あぁ、鏑木かぶらぎは初めてだもんな」

 「毎回すごいよーこの空気は」


 観客席も多少引き締まっていたように感じる。そしてちょうど観客席の一段目の中盤目に香織先輩と矢嶋さんが座っていることを確認した。


 「あ、皆来たんだ。まだ出番先だから?」

 「うん。僕は他の人たちの射型を参考にしたいってのがあったから」

 「真面目だな鏑木は。出番まで待っていたら良いだろうに」


 香織先輩が僕達に気付いて声をかけてくれたため話しながら香織先輩の隣に腰を下ろす。関先輩達は後ろの空いてる席に座った。


 「緊張してる?」

 「え、うーん……どうだろ。今はまだしてない……かも? けど分からないな」


 他校の出場している男子達の射型を見ながら香織先輩の質問に答える。実際まだ分からないのだ。正直、やるだけのことはやった……と思う。いつもの心持ちでいけば良いということは分かっている。ここでの練習でも場の雰囲気に呑まれることは無いと思う。そんな僕の曖昧あいまいな表情を横顔から察したのか、香織先輩はそっと僕の右手に手を重ねた。


 「じゃあ大丈夫だよ。もし緊張してたらさ、その緊張も楽しんじゃおうよ。思う通りの射型は出来ないかもしれない。それでも頑張ってここまでやってきたんだもん。きっと琉椰りゅうやくんなら大丈夫だよ」


 確固たる自信を僕はいま持っていない。けれどその代わりに香織先輩の言葉には自信があった。その言葉は紛れもない僕に対する応援で心の中がじんわりと温かく感じた。隣に目を向けて少しだけ無言で見つめ合う。


 「がんばって琉椰くん」

 「うん。ありがとう香織」


 香織先輩の言葉に応えるように頷いて、右手の甲が少しだけ冷たい香織先輩の左手で温かくなり、一度手を離しては右手をひっくり返してぎゅっと握る。うん。この手からも伝わってくるようだよ。ほんと、誰よりも香織先輩の応援が元気をくれるね。顔を射場に戻して出番が近づくまで観戦していた。









 選手控え室。僕達は第二射場で坐射ざしゃをやる。係員の人に呼ばれるまでただ一点を見つめてから瞑想めいそうする。勝手の矢に触れている露出した部分が少しだけ手汗でじっとりとしていた。それが少しだけ心地悪く、今になって緊張してきたのだと理解した。早鐘を打ち掛けてくる心臓。もう少しで入場する。深呼吸を何度か行う。


 「えー、それでは準備の方お願いします」


 係員の声が響いた。目を開けて先輩方が立つのに合わせて立ち上がる。関先輩が振り向いた。


 「行くぞ。気張って行けよ」


 関先輩の静かな鼓舞こぶに僕は頷く。そして第一射場に入るチームの後ろに並ぶ。そして順々に射位の手前である本座に向かう。関先輩が向かっていく。執り弓の姿勢を執り、一礼して入っていく。一定の間隔を保ちながら本座ほんざに向かう。本座にはパイプ椅子が置かれていてそちらに座り、矢を膝の上にのせるようにして前の方の射手しゃしゅを見る。丁度半矢を終え、最後の行射ぎょうしゃを行うところだった。じっと落ちの人の射型を見る。僕がやる射型とは違う矢番やつがえ。教えてもらう人の流派がそうなのだろう。けれど少し射型は崩れていた。


 弓道には大事にしなければならないことがある。行射する体勢だ。それを基本体型と言って、縦横十文字たてよこじゅうもんじ五重ごじゅう十文字の二つでなるものだ。縦横十文字とは、足、腰、脊柱せきちゅう頚椎けいついの縦線と両肩、両腕、両肘、両手指の横線が十文字を描くように見えることで、五重十文字は五か所の十文字のことで、


 1,弓と矢

 2,弓と「押し手」と「手の内」

 3,「ゆがけ」の拇指ぼしと弦

 4,胸の中筋と両肩を結ぶ線

 5,首筋と矢


 この5か所が何れも十文字を描いており、崩れていなければとても綺麗な所作に見える。その他にも三重さんじゅう十文字と呼ばれている、足底、腰、肩の線が上から見た時一枚になる状態をしていたりと楽そうに見えていても実は難しい所作がある。僕でもそこまで上手く出来ているわけではない。何処どこかしらがズレていたりするだろう。そしてそれは前の射手も同じことだ。まず、そういった体型を見なかった場合、弦をしっかりと引ききれていない。『かい』が本来は頬の辺りに矢がかかるけど、この人は口割くちわりと言って、唇のところに矢が来ている。とはいえ、この『会』は別に間違いというわけではない。しっかりと引ききれていれば問題はないわけなのだから。


 そして彼は落肩おちがたと呼ばれる、左肩が右肩より下がっている状態で『離れ』が送りばなれ────勝手が的の方へ向かってから離れること────になり、勝手が小離こばなれ────本来は大きく腕を伸ばした状態の離れが腕を伸ばし切らずに小さく離れた状態のこと。アーチェリーのような状態のイメージだろう────を起こしているのだ。勿論、その状態でもあたるにはあたる。ただ綺麗な射型ではないためて弓と思われても仕方ないかもしれない。中て弓とは、基本を無視した人のことで「中てる」ことを中心した射手のことだ。


 前の射手が退場したのを見計らい、本座で控えていた僕たちは一斉に立ち上がる。一歩前に歩み、礼をしてから射位しゃいに進む。射位の中心に立てば、右足を半歩下げて膝を曲げ爪先を立てた状態で正座する。そして、膝を浮かさずに左足を審判のいる上座に向けてから体を向ける。それでから左膝を軽く上げる跪坐きざをしながら両膝の手前に矢を置く。甲矢はやを選び半矢を手に持ってから弓を起こす。下弭しもはずを床に付け、弦を的の方向から勝手側に向けて、矢を番える。そして一度そこで動作を止める。大前おおまえが射ってから二番手と順繰りにやらなければならないからだ。そのため、前の那須先輩が立ち上がらない限り『落ち』の僕は立ち上がることができない。


 「……………ふー」


 軽く息を長く吐いて前を見る。那須先輩が立ち上がった。足踏あしぶみをしたのを見てから僕は番えた矢尻の部分を勝手で隠しながら立ち上がる。的を見ながら左足を的の方向に顔を戻しながら右足を勝手の方向に広げる足踏みをする。足踏みを終えてから左膝に下弭を付ける。そして勝手を腰骨の所に当てて、那須先輩の背中を見る。今度は那須先輩が打起うちおこしをして引分ひきわけの状態辺りから動くためひたすら待つ。三手目が『会』を取った辺りで那須先輩は打起しをし始めた。ゆったりとした動作でつ一つ一つが動作として出来てから弓を引いていく。それを見てから僕は的に顔を向けながら打起す。その頃にはもう既に意識は冴えていた。引分からの『会』。視界の隅で那須先輩が座る。ゆっくりと自然と離れる。ヒュッと矢が的に吸い込まれるように飛んでいく。タァンッと的に中る音が響く。


 『良しっ!』


 一拍置いて、女子の声が観客席から響く。同チームが中った時、そうして声を上げるのだ。とはいえ僕はそんな声を聞き流して、残身ざんしんを取ってから弓倒ゆだおしをしてから顔向けを戻し、足踏みを戻しつつ右足を半歩下げて跪坐をする。その動作を残り三度続ける。







 最後四射目。矢は綺麗な放物線を描いて的に中った。一拍置いて拍手が観客席から起こった。皆中かいちゅうしたのだ。それを僕はバックグラウンドに弓を倒し、上体を執り弓の姿勢にしてから足踏みを戻し、半歩右足を下げ、右足から射位の外側に出るように踏み出す。第一射場まで横切り、退場する間際に立ち止まり上座かみざの方を向き、礼をしてから退場する。選手出入り口付近まで来てからその姿勢を解除しつつ息を吐き出す。


 「鏑木凄いじゃないか!」

 「皆中おめでとうリュウくん!」


 その時僕の肩を叩きながら声を掛けてくる関先輩と那須先輩。


 「ありがとうございます。意識が自然と落ち着いていたから出来たかもしれませんね」


 僕たちの結果は最後見間違いでなければそれぞれ、3中、2中、2中、2中、4中という結果だろう。合計13中でまずまずだろう。


 「いや〜足を引っ張ってるかもしれないねー」


 那須先輩はおどけながら出入り口から出て矢置場に向かう。僕も後に続く。


 「いくらやってもこの空気は慣れないし力入っちゃうんだよね」

 「分かる。やっぱ練習とは違うよなぁ」

 「でも、那須先輩方の射型、悪くはなかったと思いますよ?」

 「いや、実は何度か戻っちまってることあったんだよなぁ」

 「ぼくはちょっと離れがぎこちなかったり少しだけ中て気でいたかもな」

 「各々反省点あるな」


 なるほど。僕の方ではわからなくても先輩方はそれなりに分かっているのか。さすがだな。


 「お疲れ様〜! とっても良かったと思う! それと皆中おめでとう琉椰くん!」


 自分たちの矢が戻ってくるのを待っているとデジカメを持った香織先輩が来た。弦宮さんも一緒だったようでバインダーを持っていた。


 「ありがとう香織。弦宮つるみやさん、僕たちの結果は記録出来てる?」

 「うん。多分出来てると思う。見る?」


 バインダーを受け取り、先程の記録を見る。


 「……なるほど、ありがとう」

 「射型も撮れてるよ。見る?」

 「戻ったら見ようかな。先輩方も見ますよね?」

 「あぁ、見ようかな」


 バインダーを弦宮さんに返していると続々と矢が帰って来て、矢箱に入れられていくのを目にする。


 「お、戻ってきたな。角巻つのまきのはこれだったな」

 「あ、そうだね。ありがとう。あ、これ那須と鏑木のだな」

 「ありがとうございます」

 「ありがとう〜」


 手分けして自分の矢を回収していく。回収し終えてから控え室に皆で戻る。


 「おつかれ〜。どだった〜?」


 荷物番をしてくれていた女子部員の人たちは口々にそう言ってくれた。説明は関先輩に任せよう。僕は弓を壁に立て掛けて矢筒に矢を入れる。


 「おぉ。実はな……」

 「えっ! マジ!? やっぱり鏑木くん凄いねぇ」


 などそういった賞賛の声を耳にして少しだけ嬉しい気持ちになった。皆中は練習でも出していて顔には出さないようにしていたがその様子はバッチリ香織先輩に気付かれていた。


 「良かったね琉椰くん」

 「う、うん……ありがと」


 こそっと耳打ちされて気付かれたことに苦笑しつつ頷く。


 「妻木つまぎ。デジカメを渡してくれるか?」

 「あ、いーよー。はい」

 「サンキュー」


 関先輩はデジカメを受け取って先程の行射の映像を確認する。弽を取りながらもそちらに目を向ける。


 「どうですか関先輩」

 「ん? あぁ……鏑木のは……そうだな。これといったことは。俺や他は改善点はあるが……やはり鏑木は凄いな」

 「そう、でしょうか……さっきは凄い集中してたのでよく分からないんですよ」

 「それで皆中は凄いよリュウくん」


 皆はウンウンと頷いている。


 「何か考えてたりはするの?」

 「…………いえ。これといったことは考えてないかもですね」


 角巻先輩の言葉に当時のことを思い浮かばせながら口にする。恐らく何も考えていないと思う。ただずっと的と自分の手の内を視線に入れているくらいしかない。


 「はぁ〜てなるとマジで何も考えずに引いてるんだ…………凄いなぁ」


 なんか感心された気がする。良いことなんだろうか?


 「素直に受け止めれば良いよ琉椰くん」

 「僕の考えてることを当てないでくれる? いや、まぁその通りなんだけど」

 「え〜、だって顔に出てるんだもん」


 まじか。ふと手を当ててしまったじゃないか。


 「リュウくんは顔に出ることはあるけどそこまでは分からないから安心していいよー」

 「……どっちなんです? それ……」


 顔に出ているのか出ていないのかよく分からないじゃないかそれは。


 「ん〜……普通?」

 「…………なるほど?」


 思ったのは今度からポーカーフェイスを出来るようにしようとこの時決めた。まぁ、中々出来ることではないのかもしれないけど。








 男子の団体戦が終わると次は女子の団体戦が始まる。


 「鏑木くん。介添かいぞえお願い」

 「分かりました。皆さんの替矢と替弦をください」


 弦宮さんに頼まれた僕は素直に応じて、五人の替矢かえやそれぞれ一本と替弦かえづるそれぞれ一個を受け取る。滅多に起きないが矢尻が外れたり、弦が切れたりなどがした場合、競技が続けれるようにそれぞれ替えを持って臨むのだ。


 「はい、全員分ありますね」

 「おっけー。んじゃあ行こっかみんな」


 弦宮さんたちが選手控え室に向かう後ろをついていく。


 「あ、ねぇ後輩くん」

 「はい、何でしょう?」


 三人目を担当する早道先輩が歩きつつ僕を見る。


 「出来たらで良いんだけどさ、うちの射型見ててくれない?」

 「あ、それ私もお願いしたい」

 「こらこら、無理なお願いしないのー」

 「え〜」


 相変わらず女子部員のノリは分からないけれど僕は断る理由もないため頷く。


 「分かりました。出来る限り見ておきますね」

 「わ、助かる〜。なんかあったら終わった時教えて」

 「はい」


 そして選手控え室に到着してそれぞれ椅子に座っていく。僕はその少し後ろに立って視線の先で見える行射する他校の選手一人の射型を見る。


 「鏑木くん。少しは慣れてきた?」

 「……如何だろうね。行射中は集中してるから良く分からないけど、多分この空気は慣れないと思うな」


 ふと行射中の他校生を見てると小声でそう言われて肩を竦めながら小声で返す。弦宮さんに目を向ければほんの少しだけ肩が震えていた。


 「弦宮さんは緊張してるの?」

 「あっはは……そりゃあもうしてるよ」


 嘆息たんそくしながらぎこちなさげに笑んだ。


 「そう。じゃあ……楽しんできなよ。その緊張もまた貴重な経験だろうからさ」


 僕は微苦笑しながら伝える。落ち着かせるように左肩に手を置きながら。


 「……不思議。なんだか少し落ち着いてきた気がする」

 「そう。それなら良かった。あ、もうそろそろ出番みたいだね。頑張って」

 「うん。ありがと」


 係員さんに呼ばれて五人は立ち上がった。僕はその後に続いて入場し入り口付近の椅子に座るだけだけど歩の進め方は変わらない。介添は姿勢を崩さずに前だけを基本見なくてはいけない。だからしっかりと見れないかもしれないけれどお願いされたように出来るだけしよう。


 そしてここで気付いたことがあった。この場がとても静かで聞こえるのは僅かな衣擦きぬずれの音と中仕掛なかじかけにはずが引っかかる音とわずかばかりの呼吸音のみだということ。この静謐せいひつな空間にさっき僕はいたのだ。そう認識した。無意識に呼吸が浅くなる。この空間を静謐な世界を少しでも壊さないように。時折聞こえる「良し!」などのときの声がアクリル板を揺らす。永遠に続くと思っていたこの静謐はあっという間に終わってしまう。気付けば先輩方が退場していっている。残すところあとは弦宮さんだけだ。的中表示を見れば結果はあまりかんばしくないと言えるだろう。けれど彼女の瞳は真剣そのものだということは理解できる。


 最後の矢を射り終え下がっていく。微かに弦宮さんの唇は真横一文字に引結ばれている。その端は何かに耐えるように。彼女が下がった後僕も退場する。







 「いや〜まさか1中しか当たらないなんてね〜」


 先輩方と囲んでそう戯ける弦宮さん。わざとらしく笑っていることは流石の僕でも分かる。


 「矢の回収は僕がやっておくので先輩方は早めに休んでください」

 「え、良いの?」

 「はい。あ、こちらは先に返しますね」


 替弦を先に先輩方に返す。


 「ねぇ、後輩くん。うちらの射型どうだった?」


 返しながら早道先輩の質問に答える。


 「そうですね……細かなところまではあまり見れませんでしたけど、まぁ綺麗な射型ではありましたよ」

 「ははっ、「まぁ綺麗」か。ん、ありがと」

 「参考にならなくてすみません」


 嘘は言っていない……はずだ。確かに全員の射型は全体的に見れば綺麗の部類だろう。細かなところは見ることは出来なかったが。早道先輩の表情が少しだけ暗かったことに気付き謝罪しつつ全員に返し終えたのを確認する。


 「あぁ、いいのいいの。後輩くんに無理なお願いしたうちもうちだから、謝んなくていいよ。それじゃ、矢の方お願いね」

 「あ、は、はい」


 結果が芳しくないことも含めて納得いってないだろうに後輩である僕の気を悪くしないよう配慮してくれるとはやはり先輩方は器が大きいなと感心に思いつつ去っていく背中を見てから矢箱と矢の回収の人が出てくる扉を見る。すると背中に少しだけ硬い感触が当たった。それとほんの少しだけ温かな感じだった。


 「…………ごめん鏑木くん。ちょっとだけ背中貸してもらって良い?」

 「あ、あぁ、うん。良いよ」

 「はは、ありがと」


 先程のあの戯けていた口調とは正反対なぐらい落ち込んでいた声の弦宮さんだった。後ろに目を向けると僕の背中に額を付けていた。僕はすぐに顔を前に向けて見なかったことにした。言われたように「背中を貸す」だけだから。


 「……わたしさ」

 「……え?」


 周りがガヤガヤと騒々しい中でも弦宮さんの沈んだ声は耳に届いた。思わず聞き返したけれど彼女はそれに反応することはなく、言葉を続けた。


 「中学もそうだったんだけど、期待とかプレッシャーとか緊張とかに極端に弱くてさ……それでみんなに迷惑かけたことあるしそれが嫌で嫌で仕方なくて。ここに入ったのも中学のみんなが別のとこだからっていうだけで入ってそれで弓道って精神とかそういったの鍛えるものだー的なこと聞いたから始めたんだけどさ…………やっぱ初心者のわたしじゃあこれが限界なのかなぁ」

 「……………」


 彼女の独り言は僕には共感は出来なかった。理解はできる。けれどそれは同じような経験がないからだろう。僕はただこういったことに「向いていた」だけ。けれど弦宮さんは一から積み上げていったことだ。だからなんて言えばいいのか分からない。


 「あはは……ごめんね鏑木くん。こんな弱音吐いちゃって」

 「あー、いや……全然」

 「あと、香織ちゃんっていう彼女がいるのにこんなことしてごめんね」

 「それも別に……いや、香織が嫉妬するかも? けどどうだろ……いや、ごめん分からないけど、まぁ……良いんじゃない? 弱音ぐらい吐いても」

 「えっ? そう、かな?」

 「うん」


 経験したことがないから如何言えば良いか分からないけれどそれでも言葉を選びながら口にする。


 「……悩みがあったり、壁にぶち当たったりしたら……乗り越えることは出来るよね誰でも」

 「まぁ、そうだね」

 「けど、その過程が地獄だったりすると逃げたくなる。辛いものから目を背けてしまいたくなるのは……分かるよ」

 「……うん」

 「あー、だけど正直どう口にしたら良いか分かんないからアレだけどさ。まぁ…………なーんか気に入らないことあったり、嫌なことあったらさ、ぶちまけても良いとは僕は思うよ」


 ま、僕が言えた義理じゃないんだけどね。


 「そっか……そっかぁー。言っても良いのかぁ」

 「僕はそう思うってだけだよ。それに、友達ってのはそういったことを言い合える仲のことを言うと思ってるし」


 徐々に矢箱に集っていく矢を見ながらそう答える。


 「ははっ、うん。確かにそうかも」


 トン、トン、と背中がリズム良く叩かれ、額を軽くぶつけているのだということを把握しつつ替矢を見ながら矢を回収する。


 「んっ、よっし……! ありがと背中貸してくれて」

 「もう大丈夫?」

 「ばっちり!」


 真隣に来てニコッとはにかむ弦宮を一瞥いちべつする。いつもの弦宮さんに戻ったようだ。その様子に僕も小さく笑む。


 「そっか。じゃあ戻ろう。矢も全部回収したし」

 「うんっ」


 その後、もう一度行射をした後に1日目の全日程が終了した。僕たち男子チームは調子が良く、明日、もう一度予選の行射した結果次第で予選決勝進出出来るかどうかが決まる。それは女子チームも言えたことだけれど。女子チームは後半盛り返してなんとか喰らい付いて行った。観客席から見ていたけれど全員いつものような射型になっていたと思う。明日、予選通過出来るように頑張ろう。




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