7. 借り物競走は思い出作るのにちょうど良い





 6月中旬。香織先輩の怪我は初期よりかは微々たるものだけどマシになり、胸の前で腕を固定することはあまり無くなった。けれど依然いぜんとして注意が必要な頃に行われる体育祭。なんとクラス対抗とつ部活対抗もあるのだという。


 「琉椰りゅうやくん! どうどう!? 似合う?」

 「うん。久しぶりに見たけどとても良く似合ってるよ」

 「えへへ、ありがとっ」


 互いに道着を着た状態で木陰で涼む。


 「琉椰くんは何に出るの?」

 「僕は……借り物と最後の部活対抗リレーかな」

 「ほへぇ〜そうなんだ。リレーはどこ走るとか決めてたっけ?」

 「男子は決めてたよ。本当は関先輩が走る予定だったけど、この間さ関先輩と一緒に100メートル走ったらアンカー頼まれちゃってさ」


 とはいえ僕と関先輩の差はあまり無い。僕がギリギリ速いだけで別に関先輩でも問題ないはずだったのだ。これには理由があった。


 『鏑木かぶらぎ

 『はい、何でしょう?』

 『アンカーやらないか?』

 『え、何でですか?』

 『まぁ……ほら、香織出場出来ないだろ?』

 『あぁ……そういうことですか。分かりました。アンカーやりますよ』

 『話が早くて助かるな。それじゃあ頼んだ』


 そう。部活対抗リレーなのだから男女混合だ。一周400メートルを女子は半周、男子は一周というルールで行う。勿論そこには香織先輩も含まれていたのだが、怪我をしているという理由のため見学なのだ。そして僕は香織の彼氏でもある。つまりは華を持たせるつもりでアンカーを譲ったのだ。であれば受けねばなるまい。とはいえ僕は別にそこまで足は速い自信はない。けど精一杯やるだけだ。


 「そっか〜。じゃあ、いっぱい応援するねっ」

 「うん。見ててよ」


 互いに見合って笑い合う。


 『借り物競走に出場する生徒は集まってください』


 その時アナウンスがかかった。


 「あ、出番だねっ」

 「うん。そうみたいだね」

 「がんばってね琉椰くん」

 「うん。それなりに怪我しない程度に頑張ってくるよ」

 「も〜、そこはがんばる! だけで良いのに〜」

 「まだあんまり疲れたくないからさ」


 香織先輩は花が咲いたように楽しそうに笑い僕の背中に左手を置いてぽむと優しく叩いた。たったそれだけでも嬉しい気持ちがした。








 「それでは〜よ〜い」


 自分の出走になり、スターターの人が口頭で言いながら右手に持ったピストルを上に上げ引鉄を引いた。パァンッと小気味良い音と共に左右に並んでいた出場生徒たちが動いた。僕は競歩気味に歩いて手近にあった折り畳まれた紙を拾う。


 「何が書かれて…………なるほど。それだったら」


 僕は紙に書かれたお題に目を通してすぐに思い立ってある場所に向かった。







 「ねぇねぇ、香織の彼氏君こっち来てない?」

 「あ、ほんとだ〜! 一体何のお題拾ったんだろうね香織ちゃん」

 「え〜なんだろ〜」


 スタートのピストルの音が響いてから少しして琉椰くんが紙を拾った。それを見てからこっちに向かってきてた。陽光に照らされて逆光に映る琉椰くんが眩しくて少しだけ目を細める。


 「あぁ、いた。香織」

 「へ? わ、私!?」

 「おやおや〜?」

 「さてはさては!?」


 私に声をかけてきた琉椰くんの顔は優しく微笑んでいた。声をかけられるとは思ってなくて驚いた。私の近くにいた友達たちは何か察したみたいでニヨニヨしながら見てた。


 「えっと……そうだな。香織、どっちがいい?」

 「ど、どっちってどゆこと?」

 「…………おんぶかお姫様抱っこ」

 「〜〜〜〜〜っ!」


 少し沈黙してから決心ついたような顔で言ってくる。その二択は…………どっち取ろう。すんごい迷う! しかも友達たちはきゃーきゃー言ってるし!


 「じ、じゃ…………お姫様抱っこ!」

 「おーけー。じゃあちゃんと掴まってて」

 「う、うんっ」


 まるで慣れたようにお姫様抱っこされてすごいドキドキした。きゅっと彼の道着の胸許を左手で握る。右腕を怪我に支障が無いように抱っこしてくれるし、ぎゅっと私の肩を掴む手も落とさないでいてくれるって安心出来た。


 「行こうか」

 「うんっ!」


 心做こころなしか私も楽しくなった。


 「行ってらっしゃ〜い!」

 「行ってきます!」


 私は友達にそう返してから私を見る琉椰くんを見上げながら頷く。すると琉椰くんは私に配慮しながら結構速い走りをしてくれた。


 『おぉっと! 弓道部の……一年生が女子を抱えてゴールに向かっております! しかも速い! これは速い! 人一人抱えていてなお速い足です! そしてそのまま……ゴールしました! なんとなんとまさかの一着! お題は一体何だったのでしょうか!?』


 か、解説さん……盛り上げないで? ちょっと恥ずかしくなってきちゃった。けど……お姫様抱っこはすごい良かった。大好きな人に抱えられてすごい良かった。ふへへ。良い思い出出来ちゃったかも。








 「降ろすよ?」

 「んっ」


 僕はゴールした後プラカードの持った人の方に向かい、そっと香織先輩を降ろす。あまり筋肉はつきにくい体質とはいえ、鍛えていて良かったと思った。


 『では、お題の紙を渡してくださいますか?』

 「あ、はい。どうぞ」


 黒の長袖のインナーで顔に浮かぶ汗をグッと拭いながらマイクを持った生徒に紙を渡す。その生徒は紙を開いてこう続けた。


 『一着だった弓道部一年のお題は……『大切な人』! なんと大切な人というお題! これはやはり……?』


 隣で目を驚きで見開き僕を見る香織先輩を目の端で捉えてチラッとそちらを見る。僕は小さく笑みを浮かべる。


 「はい。僕の大好きな先輩です。かけがえのない……彼女です」


 公衆の面前で何言ってんだろうか僕は。とてつもない羞恥で顔が熱くなりそうだ。それはそれとして僕の右手をぎゅっと握る香織先輩。僕は左手で頬を掻き照れ笑いを浮かべつつ香織先輩を見る。香織先輩もまた赤面しつつはにかんでいる。


 『ほうほう。ではではそちらの先輩にもお聞きしてもよろしいでしょうか!?』


 わ、悪ノリが過ぎるんじゃないかなぁ!? もう終わらせて欲しいんだけどな!?


 「私もとっても大好きです。大切で大事な彼氏ですっ」

 「…………っ」


 バッと顔を反対の方に向けて左手で顔を隠す。ダメだ。顔が……ニヤけてしまう。それが香織先輩にはバレている。だってビシビシと視線を感じるんだから。


 『相思相愛ですねぇ〜! 実にうらやまけしからん! お幸せになってください!』


 なんだそのうらやまけしからんって。どっちなんだよ一体。ぎゅっぎゅっと左手で顔を揉み、何とか表情筋を戻す。これで解放されて香織先輩をクラスの方に送っていく。物陰に入った途端に袖を引かれる。そちらに顔を向ければ爪先立ちになってキスをしてきた。


 「……誰かにバレるよ?」

 「いーのー。私がしたかったんだもん」

 「そっか」


 僕は頷き、お返しにキスをする。顔を離した時に僕はそっと香織先輩の唇を左手の親指でなぞるように触れる。指先で触れても分かるその柔らかい感触に少し邪な感情を抱くけれど頭の隅に追いやる。


 「戻ろっか」

 「うん」


 木陰に入りつつ香織先輩のクラスに送っていく。


 「そういえば香織先輩は何に出るの?」

 「私はね〜玉入れ」

 「玉入れか。頑張って」

 「うんっ! いっぱい応援してね琉椰くん」

 「勿論」


 ちょうど香織先輩のクラスに着くと何やら生温かな目線に包まれる。


 「え……な、なんです?」

 「彼氏君……幸せにね」

 「はい?」

 「というかこのイチャイチャでお腹いっぱいだわ」

 「……えー、っと?」


 口々にそう言われて困惑するしかない。さてどうしようかと思っていると。


 「もう、茶化さないでよね〜。琉椰くんが困ってるでしょ〜も〜」


 香織先輩が助け船を出してくれた。本当に助かる。


 「あちゃ、正妻がお冠だ」

 「やべやべ」

 「ちょっと〜それどういう意味なの〜?」


 どうにも女の子同士の会話はよく分からないな。


 「……あーっと……香織」

 「ん〜? なーに琉椰くん」

 「……そのさっき走ったので帯緩んできたから結び直してくるよ」

 「あ、そっか。ん、わかった。行ってらっしゃい」

 「うん」


 そっと手を離して物陰で且つ土埃がつかない場所を見つけてそこで袴の帯を取り、腰骨の辺りで巻いていた帯を緩めて一から巻き直す。巻き終えてから袴の4本の帯の内、前側にある2本の帯を手に取り、帯と同位置になるよう調整しながら腰に回し、交差させるように持ち替えて再度前に持ってくる。結ぶ時に形が崩れないよう注意しつつ蝶々結びをしてから今度は後ろの残り2本の帯を持つ。結ぶ際に腰にあたる部分の内側に白色のベラがあり、それを帯の中へと入れる。そうしてからぎゅっと前に持ってきつつ少し力を強めにしながらこちらも同じく前側で形が崩れないように蝶々結びをして、余った長さはそれぞれ左右の袴の帯にしゅるりしゅるりと巻き付ける。慣れればその一連はすぐに終わる。


 「良しっと」


 異常がないか確認してから香織先輩の方に顔を向ける。友達たちと楽しく話している姿を見て安堵の息を吐いてから自分のクラスの陣地に戻る。








 お昼休憩。前半戦は終了し、ただ外にいるだけでも汗で居心地が悪かった。


 「りゅ〜や〜く〜ん!」


 汗を持参してきたタオルで拭いながら向かっていると三年の待機場の椅子に座りながら手をブンブン振っている。僕はその様子に笑いつつ小走りで近づく。


 「ごめんごめん。待たせた?」

 「ん〜ん〜全然大丈夫だよ〜」

 「そっか。何処で食べようか」


 香織先輩の鞄を持って立ち上がった彼女の手を握る。


 「ん〜……出来たら木陰がいいよね〜」

 「まぁやっぱりそうだよね」


 一度木陰に移動する。校庭をぐるりと見渡すけれどパッと見、良いところは無さそうだ。


 「どこにしよっか〜」

 「そうだねぇ……この際、校舎の中で食べる?」


 僕がそう提案すると「う〜ん」と首を傾げる香織先輩。


 「そう、だなぁ……あっ、ねね、あそこどう?」


 ギプスで留められた右腕で見てる先を指した。その方向に僕も目を向ける。


 「あ〜、良いね。あそこにしよう」

 「わ〜い! いこいこ!」

 「うん」


 うきうきな香織先輩を連れて木陰で良い感じな木製の長椅子に近づく。ハンカチを取り出して前に敷いて、僕はその隣に座る。香織先輩を敷いたハンカチの上に座らせる。


 「これ、気にしないのに」

 「僕がしたかっただけだよ」

 「ふふっ、そっか」


 鞄をそばに置いて中から少し大きめの弁当箱を取り出す。それを僕の膝の上に置いて結っていた布の先端を解く。


 「琉椰くんの自信作楽しみだな〜」

 「そんなに期待はしないでほしいな」

 「え〜? でも張り切ってたじゃん」

 「それは……まぁ……」


 蓋を開けて中を見せる。


 「わぁ〜! 王道のお弁当だね〜!」

 「お手軽に出来そうなのがこういうのしかなかったからね」


 弁当の中身は卵焼き、赤いウインナー(すなわちタコさんウインナーと呼ばれてるもの)、竹輪ちくわの中にきゅうりを入れたもの、小振りのハンバーグ、きゅうりの浅漬け、沢庵たくあん、ご飯は五目炊き込みご飯。鞄の中にはあっさり目で作ったわかめスープを入れたボトルを入れてもらってる。本当は僕の鞄に入れようと思ってたんだけど、香織先輩は少しでも筋力を落としたくないからっていう理由でせっせと入れていた。重かっただろうに。


 「食べて良い?」

 「うん。はい、お箸」

 「え〜、食べさせて?」

 「……分かったよ。どれから食べたい?」

 「じゃ〜あ〜……これっ。これ食べたい!」

 「ハンバーグだね。はい。あーん」

 「あ〜、んっ! んん〜! おいひ〜!」


 箸をケースから取り出して、ハンバーグを一口に切り取って口を雛鳥のように開けた香織先輩の口の中に入れる。ほわっとした笑顔で美味しいと口にする顔を見て僕は微笑みを浮かべる。作った甲斐があったなと。


 「次はどれ食べたい?」

 「卵焼き〜」


 こうしてみると、親鳥の気持ちになるなぁ。とはいえ鳥になったことない……と思うけど。けどまぁ、香織先輩が楽しいならこうするのも良いかな。僕もご飯を食べつつ基本は香織先輩に食べさせながらお昼休みはそうして甘く心地の良い時間を過ごした。周りでは身悶えして壁を叩いてる人がいたけど。







 体育祭も残すところ部活対抗リレーのみとなった。弓道部は女子が多く、ポツポツと男子が混ざる感じに集まる。


 「リュウくん。アンカー頼んだよ」

 「な、那須先輩。それはプレッシャーがヤバいです……」


 ポンと右肩を軽く叩かれ笑顔で言う那須先輩に僕は左頬が引きる。とはいえ借り物競走の時にはどう走ったら良いかはコツを掴んだから行けるけど如何せん先輩から言われる言葉は後輩としてかなりプレッシャーである。


 「あれ、リュウくんってそんなこと感じるんだ」

 「僕をなんだと思ってるんです?」

 「いや〜、だって一年なのに飄々ひょうひょうとしてるじゃない?」

 「…………それは否定できませんけど」

 「でしょ? だから期待してるのさ。ほら、それに妻木先輩、手振ってるよ」

 「えっ?」


 グッと肩を組まれ、香織先輩のいる方に顎で示され、そちらに目を向ける。すると。


 『がんばって〜! りゅ〜や〜く〜ん!』


 弓道部故か分からないけれどお腹から声が出てると言っても良いぐらい大きい声で応援される。


 「ね?」

 「……みたいですね」


 そんな大手振って応援されたら……頑張るしかあるまい。


 「バトンは頑張って繋ぐから」

 「分かりました」


 スタート地点を二人で見る。スタートは部長である関先輩。そこから女子で基本繋げて合間合間に男子が繋ぎ、那須先輩が僕に渡すという作戦だ。那須先輩は2年の中でも割と良い方らしい。去年もこの格好で走ったことがあるらしくチラッと横目で見れば自信に溢れていた。僕は笑みをこぼし、気合を入れる。


 「お、始まった」


 隣で那須先輩はそう言葉を落とす。パァンッと小気味良いピストルの音が響いたのだ。関先輩は少し走りずらそうに少し厳しい顔で僕らの前を走り去る。位置は先頭からは少し離れた中団に位置していた。この後を考えるとやはり厳しいかな。向こうのバトンを受け取る三年の女子の先輩が受け取る。少しスピードが落ちる。何人かに追い越されていく。追い越される度に眉根が寄っていく先輩。僕は見ているだけでも握り拳を作ってしまう。


 「…………がんばれ」


 那須先輩は僕の無意識に呟いた言葉に目を見開いた。視線が僕に向いたのに気付き、那須先輩を見る。


 「リュウくんも楽しんでるの嬉しいね」

 「……………かも、しれませんね」


 どうやら口に出ていたのだと理解した。会話をしている中でもバトンは繋がっていく。一人、また一人と進んでいく。


 「それじゃ、行ってくるよ」

 「はい。転ばないよう気を付けて」

 「ははっ、分かってる分かってる。リュウくんは大船に乗った気で待ってなよ」


 右手をヒラヒラと振りながら位置についていく那須先輩の背中を見つめる。背後に目を向けてバトンを待つ。少しして二年の女子の先輩が息も絶え絶えになりながら走ってくる。


 「はぁ…はぁ……ご、ごめっ……!」

 「大丈夫! ありがとう!」


 那須先輩はそう声を上げながらバトンを受け取り、脱兎だっとごと疾駆しっくしていく。道着を着ているというのにぐんぐんと先頭に追い付かんという勢いだ。


 「……お疲れ様です先輩」

 「……う、うん………ラ、スト……がん……ばって」

 「はい」


 運動が苦手なのだろうことが先輩の走り終わった後の様子から分かる。けれど先輩はトンっと右手を拳にして僕の右胸を叩いた。僕はそれに頷いて位置につく。後ろに顔を向ける。すると少し長い前髪を振り乱しながら全霊で駆ける那須先輩を目にする。那須先輩との距離をおよそ5歩くらいのところで少しだけ前に出る。那須先輩はそれに察しがついたのだろう。さらにグッと力が入ったのを確認する。


 「あ、と、は……頼んだっ!」

 「はいっ!」


 右掌にバトンの先端が押し込まれる。ギュッと握り締めながら体勢を低くして足を擦るように地面を蹴る。道着を着ていようが関係ない。香織先輩にも応援された。だったら。


 「……本気で行かなきゃ格好つかないでしょ」


 全速力で目前を走る同じアンカーの人の背中を捉える。一人抜いた。けどまだ一位じゃない。前に二人もいる。先頭まで10mは下らないだろう。追い付ける。


 『いけー!!!!!』


 他の生徒たちの掛け声が聞こえる。けれどそんな声よりもはっきりと耳にした声があった。


 「がんばれ〜! 琉椰く〜んっ!」


 あぁ、どうしてだろう。僕はあまり長距離は得意じゃない。少し足が限界だ。けれど。


 ────好きな人の声は何よりも誰よりも力になった。


 「…………っぁぁあっ!」


 二番手の背中を抜いていく。後少し。もう目の前に先頭の背中がある。後一息。グッと爪先に踏み込む力を込める。香織先輩の応援が何よりの力をくれた。並んだ。後一歩前に踏み込むだけ。顔を下げるな。後少しでゴールテープを切れるんだから。


 「いっ………けぇーーーーーっ!」


 遥か後方からそんな声が届く。それと同時に大きく前方に体を傾ける。先頭の人と並んだ今、どちらが一位になるのか分からない。後一歩……踏み出せ!


 「……ぁぁぁあああっ!」


 ゴールテープを切った。少し走り抜けて背中から転がり込む。道着が土に汚れようと構わずに空を仰ぎ見るように寝転ぶ。喉が痛い。結構息を勢いよく吐いてたみたいだ。体全身がめちゃくちゃダルい。スポーツテストでもこんなに全力を出したことはない。心臓の鼓動が激しくて煩い。耳の奥がドクドクと脈打ってるような感じがして変な感じだ。


 「……ぁ……はぁ! はぁ! ……ひゅっ……っあ……ゲホッ、ゲホッ……あー、辛……」


 軽く息を吸うだけで咳き込み、そのせいでさらに喉が痛む。少し血の味すら感じる程度だ。自分は短距離向けの人間なんだと改めて自覚した。というよりトラック一周するというのが馬鹿な話だ。400なんてもう二度とゴメンだと思うけどこれを来年、再来年とやるんだったと思い出す。先輩方すげぇなほんと。


 「鏑木! よくやったぞ! それと大丈夫か?」

 「おつかれ、リュウくん」


 僕の顔を仰ぎ見るように見下ろして二人して手を出してくる。僕は疲れ切った顔のまま苦笑する。


 「本当に疲れましたよ……関先輩、那須先輩」


 二人の手を握り立ち上がらせてもらう。至る所が土塗れでパッパと払う。


 「あぁ、ありがとうございます」

 「なに。これくらいはな」

 「そーそー。めっちゃ凄かった走りだったよ」


 土埃を払うのを手伝ってくれた。二人の先輩の優しさに胸が温かくなった。


 「……それで、あの……僕は何着だったんですか?」


 ある程度土を払い終えてから聞く。関先輩と那須先輩は互いに見合ってから笑顔で肩を組んできた。


 「一位だぞ!」

 「最後の最後で追い抜いたんだよ!」

 「………………良かった」


 勝てたのか。本当に良かった。その結果を聞いて安堵なのか足に力が入らなくなった。


 「大丈夫か?」

 「す、すみません……安心したら力抜けちゃいました……はは」

 「しばらく掴まってるかい?」

 「……すみません。お願いします」


 素直に言葉に甘えて肩を組んだ状態で部員が集まっている方に赴く。そこには香織先輩を中心にして集まっていた。部員の皆が僕たちに気付けば口々に「おめでとう」と手を叩きながら出迎えてくれた。僕はその言葉に何よりの嬉しさを感じて照れ笑いを浮かべる。


 「琉椰くん! おめでと! それとすごいかっこよかった! それとはい、お水」


 駆け寄りながら香織先輩はそう言ってくる。というか駆け寄っても大丈夫なのか不安だったが支障を来さないなら問題はないだろう。香織先輩から水の入ったペットボトルを受け取って何口か口に流し込む。あ〜生き返る〜。


 「……っはぁ。ありがとう香織。走ってる時にさ、香織の応援が一番耳にしてさ。それで頑張れたんだ。そうじゃなかったら多分どっかで諦めてたんじゃないかな。僕は長距離苦手だからさ」


 苦笑しつつぽんぽんと香織先輩の頭を撫でる。


 「えへへ、力になってあげれたんだ……私」

 「うん。ものすごい力になった。皆の想いもちゃんと叶えれて良かったし良い思い出になったよ」


 香織先輩と見つめ合って今度は笑い合う。しばらく歓談をそのまま続けて、アナウンスを受けて整列する。この後は閉会式と賞状授与等を受けて体育祭はこれにて終了した。終わった後、香織先輩を除いて部員全員で僕を胴上げした。いきなりのことでかなり驚いたけれど。



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