4. チャラい人ってみんなこうなの?
6月の上旬の体育。クラス合同での授業ということもあり、体育館は非常にワイワイと賑わっていた。
「
「あ、赤坂くん。僕はまぁ、何でもよかったからバスケ選んだよ。赤坂くんは?」
「俺もバスケ。一緒にがんばろーぜ」
「はは、うん。よろしくね」
バスケを選んだとはいえ部活に支障を来さないように注意しなきゃ。赤坂くんと談笑しながらストレッチする。
「なぁ、お前。ちょっといいか?」
屈伸やらなんやらしていると声がかけられた。まさか自分だと思ってなくてその声を無視していた。
「お前だよ鏑木クン」
「……え? あ、僕? どうかした?」
この人は僕のクラスの人じゃないことは声と顔で分かった。そして絶対に仲良く出来ない人だということも。それは顔や態度で分かった。この人は僕が苦手なタイプだ。
「オレと1on1しようぜ」
「……やる意味ないでしょ。メリットが無い」
嫌な予感が沸々と沸いている。隣で赤坂くんが話するなと目で言ってきてる。それは僕だってそうしたい。無視できるならどれだけ楽なことか。けれどこういう輩は無視したところでつけあがるだけだろう。
「メリットあるぜ? オレが勝ったらよォ、お前の女紹介してくんね?」
「……………は?」
「な、何言ってんだ板井……」
なるほど板井とか言うのかこの人は。僕と赤坂くんは板井なる男子のその言葉に唖然とする。そして僕の嫌な予感は的中した。こんなことで的中しなくて良いんだよほんと。
「オレさァ〜、あのセンパイ狙ってたんだよね〜。あの顔をぐちゃぐちゃに穢したいじゃん? なァ、だから紹介してくれよ」
落ち着け。嫌な感情を顔に出すな。明鏡止水の心で……。
「あ、もしかしてヤった? どんな風に鳴いたん? っていうかお前みたいな根暗にあの女はもったいねーって。胸デケーし、顔も良いしよ。散々壊してから返すわ。な、良いよな」
「お、お前なぁ……」
「……口を閉じろクズが」
「あ?」
「か、鏑木?」
うーん無理そう。ダメだ。我慢できそうに無い。一度長く息を吐いて、睨み上げる。
「良いよ。相手になってあげるよ。けど」
近場にあった籠の中からボールを取り出してワンバウンドさせて投げ渡す。
「僕が勝ったらもう二度とそんな口を叩くな。気色悪い」
「は? 何マジなってんの? やっば〜」
彼の言葉には反応せずに赤坂くんに目を向ける。
「ルールは規定ので良いよ。点数お願い」
「お、おう……けど良いのか?」
「何が?」
「いや……バスケしたことねぇんだろ?」
「……少なからずお遊び程度なら。だけど不思議と負ける気がしないんだ。終わったらお詫びとしてジュース奢るよ」
学校指定の中履きの靴底を掌で擦る。中学の時に男子とかがこれをやっていたからやってみただけだけど。床に靴底をつける。うん。滑りもちょうど良い。ゴールコートは半面だけ。ルールは15点。ボールはあっちに投げたからあっちの先行でいいや。
「なんか怒ってねお前。なんかしたか?」
さぁね。それはきみの脳内御花畑な頭にでも聞いたら良いんじゃない?
「チッ、無視かよ」
ボールを渡される。間髪入れずにワンバウンドで返す。どうやら板井さんは速攻で決めるらしい。だけどおざなりだね。
「……は?」
右手から左手、左手から切り返しのドリブルを難なくカットする。それで次は僕の番。ゴールに入れられなければ攻守交代だ。カットしたボールを何度か指先で叩き床とのバウンドで手にする。
「お前やったことねぇんじゃなかったのかよ」
聞いてたんだ。うん、まぁほぼほぼ未経験に等しいよね。中学での授業やスポーツ大会でやった程度だし。でもお生憎様。
「いや、まぐれだろ。おん」
ボールを渡し、返される。速攻で決めるのはきみだけじゃない。僕だってそうだ。ボールに触れた瞬間にバックステップで下がりながらスリーポイントで放つ。
「……は? お、おいっ!」
僕は狙うだけなら問題ない。僕がシュートするのにワンテンポ遅れてブロックしようとする彼の右手を優に超えて綺麗な放物線を描いてシュパッとネットを揺らして決める。まずは一本。この対決をすることになってから彼に対する侮蔑やらなんやらがあるけれど頭の中は嫌に冷静だった。
★
都合、数分で決着がついた。僕の完封勝ちだ。床に座り込む板井さんを横目で見つつボールを手にする。
「名前、なんて言ったっけきみ」
「はぁ、はぁ……あ? ふざけてんのかよ……」
荒い息を落ち着けつつ僕を睨む板井さん。僕はただ苦笑する。
「人の名前と顔を覚えるの苦手だからさ。それにクラス違うし話したこともこれが初めてだし」
「……板井だ」
「遺体?」
わざとイントネーションを間違える。
「……板井だぞ鏑木」
「あぁ、板井さんね。オッケー」
赤坂くんが訂正を入れてくる。どうやら僕がわざと間違えたのには気付いたようだ。
「ねぇ板井さん。何で敗けたか理解してる?」
「……あ? 理由なんてねぇだろ」
「あるさ。僕はね、確かにバスケは初心者も初心者。中学で軽くやっただけの毛の生えた赤ちゃんみたいなものさ。でもね。忘れちゃダメなことがある。僕が弓道部員だということだよ」
「そ、それに何が関係あるってんだ!? あぁ!?」
「あ〜はいはい、凄んでこない。どうどう」
それなりに距離は離れているからそこまで怖くはない。それにあんな状態じゃ走れないでしょ。
「僕は一年の中でも……いや、部員の中でも結構的中率が高いらしいんだ。まぁ、弓を引いてる時は何も考えてない無の状態で引いてるってのもあるかもね。それでまぁ、僕の中では『放ったものはどんなことであれ
ゴールのリングに目を向けてから真っ直ぐに板井さんの目を見据える。
「僕の
自然と眉根を寄せて睨む。こんなに怒ったことは今まで皆無だ。怒るなんていうエネルギー消費の無駄は非効率的だと今まで思ってたのもあるかもね。彼を睨みながらハーフラインにボールを置く。
「はぁ……やる気失せたなぁ。後は見学するよ。てことで後は任せたよ赤坂くん」
「いや、ちょ」
ぽんと赤坂くんの肩に手を乗せる。
「ジュース2本奢ろう」
「よし、乗った」
「ははっ。単純で助かるよ」
その後の授業は勿論見学した。まぁ別に疲れてはないけど。だってずっとスリーポイントラインより少し後ろからポンポン投げてただけだから。けど見学してる最中に手首をマッサージをしたりした。
★
昼休み。座学の授業を終えて教科書をしまう。その合間にいつも来てるはずの香織先輩が来なかった。時計を見つめ目を細める。何かあったのかな。
「あれ? 妻木先輩まだ来てねぇの?」
椅子をガタッと鳴らしながらこちらに体を向ける赤坂くん。僕はぎこちなさげに頷く。
「……うん。いつもなら来てて良いんだけど……三年のところ行ってくる」
「おう。いてら」
これだと埒があかないと思い教室を出て階段を登っていく。二階踊り場に足を踏み入れた瞬間、ドサッという音と共に、聞こえちゃマズい音が響き、目の前には見慣れた人が倒れていた。
「……か、おり……?」
お弁当の袋からはみ出した弁当箱。そしていつも早朝に起きて丹精込めて作っていた卵焼きなどの具材が飛び出ていた。そして身体の下になった右腕は曲がってはいけない方向に曲がり、香織先輩は息をしていなかった。
「………香織ッ!!!!!」
♡
遡ること四時間目終了前。こちらは古文の授業をしていた。
「よーし。少し早いがこれで授業は終わりにするかー。挨拶は良いぞ。チャイムなったら教室出てもいい。んじゃ、終わり」
古文の担当である先生はそう言うや教科書やら参考書を纏めて足早に教室を出てった。
「香織〜今日も彼氏君と食べるの〜?」
「うんっ。今日はね〜卵焼き上手くできたんだ〜」
「え、マジ? 塩っ辛くないの!?」
「あ、それ琉椰くんにも言われたなぁ」
隣の席の友達と授業終了のチャイムが鳴るまで談笑する。私は教科書をしまって鞄からお弁当袋を二つ分取り出す。
「おやおや〜? そっちが彼氏君のですかな?」
「えへへ、そうなんだ〜。
「う〜わっ、めっちゃ優男じゃん」
「そうっ! そうなの! 琉椰くんは優しいしかっこいいんだよ!」
「はいはい。それはもう何度も聞いたから」
前の席の友達は苦笑しながら話に参加する。でも仕方ないじゃん。いっぱい語っても語り尽くせないぐらい良い子な彼氏なんだもん。
「あ、チャイム鳴ったね。んーじゃいってら〜」
「うん! 行ってきま〜す!」
チャイムが鳴り止む前に急いで立ち上がってパタパタと駆け足で教室を出る。最初は職員室に行って鍵を借りてこよう。そうしたら琉椰くんに会いに行こう。そう逸る気持ちを抑えながら職員室のある管理棟に行こうと二階に降りるところで声をかけられた。
「セ〜ンパ〜イ。ちょーっと良いっすか?」
「……へ?」
振り向いたらどこに隠れてたのかわからないけど下級生の子がいた。ゆるゆるなネクタイの色でわかった。それとこの人は関わったらダメな人だと直感的に悟った。
「え、え〜とごめんなさい。行かなきゃいけないとこあるから」
そう断って手摺りに手を当てながら再度降りようとする。
「ちょっと待ってくれても良くないっすか? あ、それとも……あの彼氏クンのとこにでも行く気すか?」
「……は、離して」
右手首を掴まれる。私はその瞬間怖くなった。ここは階段だ。もし落ちでもしたらと思うと足が竦む。それとこの人と居たくない。
「ちょっとぐらい良いっすよね〜センパイ」
「い……イヤっ! 離してってば!」
すごい嫌な笑みを浮かべるのを見たくない。見たいのは琉椰くんの笑顔だけなの。そう私は彼の言葉に拒絶するように手を振り払う。その時運が悪かった。足を踏み外してしまった。
「…………ぁ」
まるで目の前の光景がスローモーションみたいに流れていった。多分これ受け身取らないと無理なやつだ。でもお弁当……ううん。今は助かることに専念しよう。たった一瞬だったのに私はそう判断した。右手に持ってたお弁当袋を離して近づいていく床に右手を向ける。そしてどうにかして頭をぶつけないように背中を丸める。床に右手が触れる。勿論止まるはずもなくて、あぁ、これ右腕折れちゃったかもなんて思った後にはもう私は意識を手放してた。聞き覚えのある声を子守唄に。
「………香織ッ!!!!!」
「……りゅ………、う……」
★
急いで駆け寄り抱き上げる。右腕はだらんと垂れ下がる。ひしゃげた右手の指も右腕も折れていることが目に見えてわかった。けれどいまは意識の確認をしなきゃ。頬にかかっている横髪を払いのけて頬に手を当てる。
「香織? 香織! 返事してくれ!」
僕の緊迫した声に何事かと人の気配が増える。僕は他に異常はないのかと上体から視線を横にずらしていく。右足首が靴下の上からでも分かるくらい腫れていた。恐らくただ落ちたんじゃなくて……そうして階段上まで目を上げる。そこには。
「……なん、で……もう近づくなと言ったよな」
この状況に何よりも驚いた顔をしていた板井さんが目の前にいた。僕は歯を食い縛り、睨み上げる。
「鏑木! 今先生を呼んだ! 後はどうしたら良い!?」
手摺りに手を当てそう声を上げる関先輩。
「……その男を……板井を逃がさないでください。そいつは香織を突き落としたから」
「な、ち、違う! オレは突き落としてねぇよ!」
スッと板井さんに向けて指を向ける。僕の言葉に声を上げる板井さん。しかしながらこの状況では僕の言葉はきみよりも優位性がある。関先輩は頷き、彼を三階廊下に連れ込み、逃げないよう複数の男子で取り押さえられる。程なくして数人の先生が来た。僕は香織先輩を抱き上げて一度保健室に連れて行った。
★
香織先輩を保健室に連れて行き、応急処置を済ませたのち先生の通報で救急車と警察が来ると聞いた。
「どこにいくの? 鏑木くん」
「……救急車来たら教えてください」
「どこに行くのか聞いてるのよ? 答えなさい」
保健室の扉に手をかける。
「話をつけに行きます。あの人は進路指導室にいるんですよね?」
「……ダメよ。今の君を行かせられないわ」
首を縦に振らない先生。僕は今どんな顔をしているのだろう。自分でも分からない。
「……どうしてですか?」
「決まってるじゃない。今行かせたら今すぐにでも殺しに行きそうな雰囲気してるわ」
「…………」
あぁ、そんな顔をしてるのか僕は。
「……大丈夫ですよ。これでも理性は働いてます。ちゃんと話をするだけですから」
僕は振り向いて先生の目を見る。先生は度の入っていない薄い赤色の縁眼鏡をかけたまま僕を心配そうに見返していた。
「……本当なのね?」
「はい。なので行かせてください」
スッと頭を下げる。先生は長い溜息を吐いた。
「はぁ〜……分かったわ。すぐに戻ってくること。良いわね?」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
再度頭を下げてから保健室を出る。一度息を吐いてから進路指導室に向かう。進路指導室について数回ノックする。
「失礼します」
扉を開けて中に入る。
「か、鏑木。何か用か?」
「そこの人に話があって」
黒いソファに深く座り項垂れている板井さんを指差す。男性教師は渋い顔をするけど話をさせてくれるようだ。ありがたい。
「顔を上げろよ板井」
「……っ」
ビクッと肩を震わせながら恐る恐る顔を上げる板井さん。
「俺が体育の時に何て言ったか覚えてるよな? 二度と香織に近づくなって。お前、何しでかしたか分かってるよな? 目前の欲に目が眩んで調子に乗って一人の女の子を……俺の彼女に怪我させたんだぞ。運悪ければ死んでた。それにあの怪我じゃ高総体はまず出れない。夏休みの中にある遠的の大会も……全部!」
ダンっと強く板井の座るソファの目の前にあるソファの背凭れの上部に拳の横側を叩きつける。たったそれだけでも板井はビクついた。
「……香織はな、誰よりも上手くなろうとこの3年間練習を怠ったことはないんだよ。1日でも怠れば折角掴んでいた射型も台無しになるからな。そして、誰よりも最後の大会を楽しみにしてたんだ。そんな彼女をお前は殺しかけたんだぞ? 俺はお前を許しはしない。たとえ香織の意識が戻って、お前を許したとしても。怪我が快復して復帰出来たとしても。ずっとお前を恨み続ける。自分がした過ちを死ぬまで……いや、死んだとしても一生背負い続けろ。罪を忘れたその時は……俺がお前を殺してやる」
思っていたより自分は怒っていた。そんな自分に驚いた。それと中学の頃まで使っていた俺という一人称も出ていたことも。出さないように気を付けていたんだけど……仕方ないか。
「………………ごめん」
「調子に乗りすぎたな。ゴミクズ野郎」
深く息を吸って長く長く息を吐く。ずっと怒っているのも疲れた。
「……もう話すことはない。僕としても少し言い過ぎた。けど許すことはしないのは本当だ」
板井さんを見ることをやめて扉前まで歩く。
「お騒がせしてすみませんでした。失礼します」
深く頭を下げてから進路指導室を出て保健室に戻る。
「失礼します」
「戻ったのね。まだ……酷い顔してるわよ」
「…………自覚はしてます。先生、救急車遅いですね」
香織先輩を寝かせているベッド横の椅子に座り香織先輩を見る。見たところ他に外傷は見受けられなかった。
「仕方ないわよ。救急車は意外と数が少ないの。それも消防士が救急隊員として運転してるもの。時間もかかるわよ」
「そうなんですね」
そう会話をしているとパトカーのサイレンと救急車のサイレンが響いた。
「来たわね」
「そうですね」
「鏑木君。君がついていく?」
「はい。多分この後の授業には身が入らないと思うので」
「そう……それじゃあ頼んで良いかしら?」
僕は深く頷く。椅子から立ち上がってそっと壊れ物を抱えるように抱き上げる。
「待っていた方が良いんじゃない?」
先生の言葉に首を振る。
「早く……診察させたいので」
扉を行儀悪いけれど足で開けてお辞儀してから保健室を出ていく。正面玄関にパトカーと救急車が停まっている。僕はそちらに歩いていく。
「き、きみ! そちらが患者さんだね?」
「はい。意識はまだ戻ってません。見たところ右肘まで折れていて足も右足首を捻挫しています。他にもあるかもしれません」
救急隊員が駆け寄ってくる。僕は正直にそう伝えてタンカーに乗せる。
「分かった。きみはこの子の……」
「彼氏です。この子の付き添いをします。それとこの子のお母さんには連絡してます。近くの病院までお願いします」
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