友人代表

川谷パルテノン

鉄棒

 これからする話はフィクションでもなんでもないんだけど昔話で、あ、昔話ではあるから何かではあるか。や、まあとりあえずそんなことより聞いてやってくれよ。

 昔、Tちゃんという友達がいたんだ。Tちゃんと書くといちいちTを打たなきゃならないから仮名でミツオちゃんということにしてええか。ありがとうございます。ミツオちゃんとは保育園で知り合って、保育園で知り合うってことはもう子宮の中で知り合ってたのとほぼ同義なんだけど、まあそういう間柄の俺たちは当然仲が良かったんだ。ミツオちゃんともう一人テルヒコくんってのが近所で俺とミツオちゃんとテルヒコくんとは家族ぐるみの付き合いのある仲良し三人組だったんだ。三人の中でもミツオちゃんはずば抜けて頭がよくて、三歳か四歳でも頭の良さってこうも差が出るんだなと実感させるくらいの頭の良さだったんだ。だから俺とテルヒコくんはミツオちゃんがやってることをよく真似したりした。ミツオちゃんは俺らの中でいつも一歩先を行ってたからミツオちゃんの後につづくのが正しさだったんだな。でもある日、ミツオちゃんの取ったある行動に関して俺たちは「ミツオ?」と言ってしまう羽目になった。ミツオちゃんは女の子たちの間で流行っていた「スカート回り」って遊びに興味を持ったんだ。スカート回りってのは要するにスカートを鉄棒に巻きつけることで着地することなく前回りや逆上がりを無限に出来る鉄棒遊びのことでござる。もちろんスカートを鉄棒に巻きつける以上、スカートを履いてなきゃ土俵入りすら出来ないんだけど、当時は今みたいに多様性だとかジェンダーだとかそんな聞こえの言葉が少なくとも園児の俺たちの周りにはなかったし、スカートは女の子が履くものでミツオちゃんは男の子だったから当たり前のようにスカートなんて履いてなかったのさ。でもミツオちゃんは女の子が無限に鉄棒軸を回転している姿を目の当たりにしてスカート回りを体験したくて仕方がなくなった。なぜこの瞬間にも自分がスカート回りを出来ないでいるかを自問自答し悩み苦しみぬいて遂には泣き出しちゃった。ミツオちゃんはさっきも言ったとおり俺たちの中で一番頭がよくて結果的には国立の名門大学に進学し、お座敷遊びを嗜むようなおっさんになる男の子で、だからこそ自分に出来ないということを自分が許せなかったんだと思う。俺もテルヒコくんもミツオちゃんみたいに頭がよくないから「仕方ないよ」くらいしかかけてやれる言葉がなくて一緒に泣いてやることも出来なかったんだ。ミツオちゃんはそのまま先に帰ることになって、俺とテルヒコくんは当時園内に出没したヘビを探すことになった。ヘビは抜け殻だけ残していて、俺はその抜け殻がめちゃくちゃ気持ち悪くてさっさとヘビを追い出したかったんだ。

 そうこうしているうちにミツオちゃんがミツオちゃんのお母さんと一緒に園に戻ってきた。なんで、帰ったんじゃ、そんな疑問も束の間、ミツオちゃんはなんとスカートを履いてるじゃありませんか。「ミツオ?」俺とテルヒコくんは申し合わせたようにミツオちゃんに違和感をぶつけた。ミツオちゃんは無言で鉄棒へと足を運びスカートを巻きつけ始める。「ミツオ?」ミツオちゃんの面構えは討ち入り前の赤穂浪士だ。「ミツオ! ねえ! ミツオ!」ミツオちゃんは意を決したように目を閉じて息を深く吐いた後、そこから無限に回転し始めた。「ミツオーーーッ!」俺たちは見た。回転する途中、その刹那のミツオちゃんの達成感に満ち溢れた笑顔を。ミツオちゃんのスカート回りを見たハヅキちゃんが同じくスカート回りを隣の棒で開始する。無限に回転するミツオちゃんの隣でハヅキちゃんが無限に回転していて俺もテルヒコくんもヘビのことなんてこれっぽっちも考えてなくてそれを見ていた。でもやりたいとはこれっぽっちも思わなかった。ハヅキちゃんのスカートが棒に食い込みすぎて解けなくなり逆さ吊りの状態でやむなくスカートの布地を裁断するなんてすったもんだがありながらもミツオちゃんは無事に離陸しそのまま帰っていった。ミツオちゃんがその日以来スカートを履いて登園することはなかったけれど何か諦めそうになった時、俺は心に一枚スカートを履くようにしている。時代がどうこうは関係なく実際に履こうとはなかなかなれないのけれどそれでも心に履いたスカートは消えかけた灯火に再び熱を宿し無限に回転し始める。ミツオちゃんにはたくさんのことを教えられた。やっぱりミツオちゃんは賢いや。ミツオちゃん、この度はご結婚おめでとうございます。いつまでもお幸せに。

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