第34話 せめて、人らしく

 それが岩座守鷹彦の原点。

 ひた隠しにされていた魔術師になる動機。

 笑えない。驚けない。理解も、同情もできっこない。

 東条幽志朗の「岩座守くんのご家族は、雲雀朧によって彼以外の全員が殺された」というたった一言は、たった一言だけで、落ち着きを取り戻しつつあった心をもう一度凍りつかせた。


 これまで、岩座守に対して抱いていた些細な違和感を、一蹴してしまうものでもあった。

 腑に落ちた。

 ああ、だから下手な作り笑いをよくしていたのかと。


 ◇


 バディとして付き合いは長い。といっても、最初の出会いから数年しか経過していないけれど、何度も地獄のような修羅場を二人でくぐり抜けてきたし、吊り橋効果みたいなもので、他の連中とは違う速さで親密になっていった。

 好きな食べ物、趣味、だいたいの生活リズムから……性癖まで。なんでも知っているつもりでいた。でも一番深くて、重たい部分を互いに詮索することはなかった。


 俺は過去を語るのが好きじゃない。そういった会話にはどうしても苦手意識があった。

 学校はどこに行ってたの? 前職は? 今まで何の仕事をしていたの?

 初対面でそんな話をするのが嫌いだ。でも、最初の話題づくりとしてそんな話をよくされた。


 嫌いだった。

 自分は誰かに誇れるようなことをなにひとつしていないし、話題作りのためだというのは理解できても、経歴というのはやはり一つの指標になる。

 その人の中で自分よりも劣っているか、優れているか、勝手に判断されたような気になる。


 嫌いだった。

 そう思い込んでしまう自分が嫌いだったし、しかしながら実際、突然態度が豹変するような人もいる。


 嫌いで、嫌いすぎて、拒絶していた。

 だから決して、自分から過去を語るような真似はしなかったし、岩座守もまた詮索して欲しくないというオーラを醸し出していたので、互いに「オーソドックスな最初の話題」をしなかった。


 ◇


 家族が死んだ。復讐が、おそらくはアイツの動機。

 ああ、そりゃあ話したくはないよな。

 『話したくない』のベクトルが違う。みじめな過去を明かしたくない俺とは、全然違う。


「最初から、知ってたのか?」


「巴さんとの付き合いはこの三人の中じゃ僕が一番だ。あまり関与はしていないけれど、話には聞いていたよ」


 幽志朗はまた背を向け、絵を描きながら、話を続けた。


「そうか。そりゃあ、そうだよな」


 たかだか数年の縁ですべてを知った気になっていた。それほどに、超常現象に関与し始めてからの生活は刺激的で濃密だったんだろう。


「幽志朗。俺はどうすればいい」


 わずかに筆先が揺れて止まった。


「ここからは引き返しができない。これまでの、超常を相手にやってきた仕事とはまるで違う」


「死にかけたことはこれまでもあった。おんなじだろ、今回も」


「巴さんが生きていたのなら、きっと君を関与させない」


「なんで?」


「それだけリスキーなんだ。君がここに来て最初の頃も、あまり危険な仕事には関与させなかったでしょう? それと一緒だよ」


「でも、ここで動かなきゃ事態は最悪の方向へ進む。頼れる人間も他には見当つかないんだろ?」


「だからこそだよ。君はまだ、魔術師見習いだ。その気になればこれまでの事をすべて忘れて、ただ普通に生きることができる」


 そう言われて、言い返せなかった。

 何度か戻れなくなった人間というのを見てきたからだ。


「それで、紬希ちゃんが大人の都合で死ぬのを、のうのうと見てろって?」


「どう頑張っても、倒せない人間にどう対処するんだい? 相手は銃で武装しているわけじゃない。超常で武装しているんだよ? 単純な兵器による殺し合いとは話が違う」


「だとしても」


「岩座守くんの魔眼を使っても倒せなかった。巴さんと一緒に戦ってその結果なら、この戦力差は絶望的だ」


「俺の力は? 俺なら、超常を弾き返すことができる。実際、雲雀朧の攻撃もある程度は無力化できた」


、でしょ? 無力化してどう攻撃する? 無敵状態でいられても傷一つつけられないならそれは無意味だ。それに、敵に一度でもその力を使ってしまったのなら、対策は打ってくる。それほど甘くはないよ」


 岩座守を助けたタイミングで雲雀朧は俺の力に勘づいている風だった。幽志朗の意見は至極まっとうであり、俺の言い分は子供の駄々と同じだ。


「くそ、じゃあどうしたらいいんだよ……!」


 自分の無力さが嫌になる。この現状を叩きつけられて打開策が浮かばない自分が。

 思わず大きく息を吐いて、頭を手で覆ってしまった。


「なに、くだらねーことで、揉めてるんですか……そんなの簡単に解決できるッスよ」


 ふと、背後から声がして振り返ると、ソファからよろりと起き上がる岩座守の姿があった。

 眼球からは弱々しく光が漏れていて、歩き方もどこかおぼつかない。

 まだ安静にしておくべきなのだろうに。


「岩座守……お前まだ顔色が……って! 髪の色まで変わってる⁉」


「髪色? ……ああ、魔眼を使った代償でしょうね。もう戻らないッスよ。多分朧の前で最大稼働させたときに、こうなったんスね。気づくのが遅いッス。七楽さん」


 ずっと暗い場所にいたから気づけなかったなんて言い訳、通用しないくらいには真っ白だった。岩座守は定期的に髪色を変えているとはいえ、髪全体を染めることは一切なかったし、早々に気づけることではあった。

 自分もそれほど必死だったのだろう。


「人間らしさを捨てた証拠――みたいなものか」


 幽志朗は背後でそう呟いた。


「え?」


 そんな不穏な発言に、幽志朗の方を見たが、キャンバスを見つめたままで表情がわからない。

 言葉の意図を尋ねる間もなく、岩座守が俺の肩へと手を置いた。


「反撃開始と行きましょう。七楽さん、手伝ってもらえますか?」


「――あ、ああ」

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呪詛返しの魔術師と百奇夜行 九夏 ナナ @nana_14

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