第22話 回想同調Ⅱ
多くが倒壊に巻き込まれ、死んだ。
それは救えたかもしれない命だ。
たった一人の異国のボランティアがそう思うことは
最悪の状況だったというのに頭が冴えていたのを覚えている。
きっと、生きるか死ぬかの極限状態に自分自身も身を置いたからだ。
私が助けた彼女もそうで、いつも以上に行動に隙がなかった。
私たちがまともに眠ることができたのはそれから三日以上が経ち、
瓦礫と瓦礫の合間を縫って設営されたテント群。
発電機は夜も稼働を続け、かろうじて残っていた光源には羽虫がたかっていた。
安全な場所とは到底思えない。戦災住民たちが我々に刃を向けてくる可能性だってある。武器も持たない平和維持組織など、格好の的でしかない。
それでもこうして補給を続けられているのは最低限のモラルがあってのこと。
いつ破綻するかわからなくとも、それでいい。
少しでも多くの人が助かるのなら、行う価値はあるのだ。
◆
魔術を使ったことに対して質問、話があったのは、私たちにようやく休憩が与えられてすぐのことだった。
「名前、わかる?」
食事とはいえないような、ゼリー状の栄養剤を口に含みながら、彼女は話しかけてきた。
「
「おぉー。おぼえていてくれたー!」
「名札、首から下げていますから」
「あ、そうだったね。少しバタバタしてたから、忘れていたよ」
そう言うと、笑いながら胸元の名札の位置を調整する。名札はもう名前が確認できないほど劣化していた。
この人と一緒に仕事をするのはこれで何度目だろうか。私よりも命知らずなようで、レッドエリアに入るのもこれで何度目か。
頭の回転が速いし、たくさんの人と会話するのも上手で、私よりもはるかに仕事ができる女性だった。
「お礼、まだだったね。私のこと助けてくれたよね」
「……あのときのことは、記憶にありません。私も逃げることに精一杯だったもので」
「三十メートルくらい跳んだんじゃない? ぴょーんってさ」
「…………」
「人ってあんなに高く跳ぶことはできないよ? しかも、私を抱えた状態。世界レベルのアスリートだって不可能だ。というより、人間的ではないよね」
「…………」
「ねぇ、なにをしたの?」
「なにも」
「私、知っているよ。この前も街の外に拉致されていた子供たちをあなたは武装ゲリラから解放したのでしょう? いったいどんなトリック? オートマチックのライフルなんてない。私たちにあるのは空調の使えない過走行の四駆だけ。まさか、轢き殺したわけじゃないでしょ?」
「さぁ。否定はしません。轢き殺したかもしれません」
「嘘。武力行使はいかなる状況であろうとも私たちがやっちゃいけないこと。本当にあなたがそうしたってんなら、今頃外交問題に発展して、偉い人たちがふかふかの椅子で頭を抱えてる。わかりやすい冗談でごまかさない。あなたは特別な力を持っている。兵器に頼らずとも、レッドエリアで何度でも危険な綱渡りを行える力がある。そうじゃない?」
「根拠は」
「少なくとも私は救われた」
その言葉を聞いて心臓がわずかに脈を止める。
「あとは、勘みたいものもあるかな」
「勘……ですか。根拠とは到底言えませんね」
「そう? そういった、言語化できない領域の感覚ってなによりも大切だと思うけど」
「では、その妄想は貴女の中でしまっておいてください。最悪、
話はそこで終わりにして私はテントへと戻った。もう何日もろくに眠れていなかった気がする。寝袋に足を入れると同時に、その日は気絶したように眠った。
「……わかりやすい動揺ね。貴方らしくもない」
◆
たしかに、私は魔術を使った。ただし、その証拠は残っていない。建物の倒壊など、紛争地であればありふれているから、その瞬間を捉えたビデオカメラも存在しない。
私の行った人ならざる跳躍は、戦災住民に目撃されていたとしても、倒壊時のパニックが引き起こした幻覚という風に思われるだろう。
現地の住民にそこまでの余裕などない。
『異国の人間がありえない高さで飛んだ』
これを追求するよりも、明日自分がどうなっているかわからない世界だ。
結局、私の魔術に疑い、好奇心の目を向けたのは熊野部だけだった。
◆
私はその後も数年間、世界各地をまわった。
これまで以上に、ビル倒壊の比ではないくらいに、命の危機を感じることも多かった。魔術は使わなかったにせよ、「あと少しで死んでいた」という状況は決して少なくなかった。
同期の殉職者というのも出た。じっくりと話したことのあるような友人だ。その最期は移動中に敵対勢力とみなされ、銃撃されたとのことだった。
ただ、ただただ再び思い知らされた。
誰であれ、人の命は平等に、軽く扱われるのだと。
人の
女子供であれ兵士として利用され、道具として消費される。
そのことに慣れきっている世界だった。
私に転機が訪れたのは、ビル倒壊の起こった国に再び訪れたときのこと。あの日以降、激化する戦争に国連といった組織もお手上げ状態。
我々のような集団を被害を受けるのが明白な状態で派遣するわけにもいかず、しばらくの間は国に入ることすら許されなかった。
だが、この戦争はある時をさかいにストンと戦闘が止まった。
休戦、停戦が発表されたわけじゃない。
どこかの領土を奪われた、奪還した、そんなわけでもない。
はっきりと一区切りついたわけでもないのに、時が止まったように紛争は止まった。
現地に赴いてみれば、その理由は明白だった。
国があるから人があるのではなく、人がいるから国がある。
戦争に回す
武器も、食糧も、資源もない。
全てが腐ったように、国は死んでいた。
絶句した。
この世とは思えない。
でも、これは人間が作りだしたものだ。
息が苦しくなった。
ここにまた派遣されて、何をどうしろと?
もう、救うべき人たちはいない。
生活の残骸すら、ほとんど皆無だ。
「たす、けて」
声がした。
「朧くん!」
はっとした。
声の主は前回もここを共に訪れた熊野部だった。
貴方が行くのなら私も行くと、共に入国した。数年ぶりに再開されたこの国での救護活動の第一陣としてだ。
彼女は、その小さな声に全ての聴覚を使うようにして、瓦礫をかき分け、あちらこちらを行ったり来たりしている。
見ているだけで痛々しかった。
もう瓦礫の破片で数カ所から出血していたからだ。
「どこ⁉ どこに、どこにいるの⁉」
建物は崩れ、街道は瓦礫に押しつぶされている。この中からただ一人を探すの不可能だ。
「朧くん‼ 手伝って‼」
彼女の悲痛な叫びが頭に直接響く。
「……は、い」
既に、私には助けを求めている人の座標がはっきりとわかっていた。
これも、魔術のおかげだ。人には魔力の貯蔵というのが誰であれ存在する。だから、私を起点としてソナーのように魔力を一帯に打ち込めば、その反応からある程度の場所を把握することができるというものだ。
ただ、返ってきた反応があまりにも弱すぎた。おそらく、周囲に他にもSOSを発信している人がいれば、気づけなかったほど弱いエネルギーだ。
魔力というのはイコール人間の命の炎そのものでもある。
私の魔力探知に引っかかり、返ってきた
もう助からない。それだけで私は首を絞められた気持ちだった。
熊野部が必死に探している。それは、でも。
どうせ、もう意味がない。
見ないフリをしたほうが幸せなことだ。
「朧くん‼」
彼女は何度も読んでいる。
でも、私は動きたくはなかった。知ってしまったからだ。
助けを求める人の内側に、もう一つの
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