曖昧境界編
第21話 回想同調Ⅰ
両親が失踪したとはいえ、私はそこまで悲観的になれなかった。
魔術師の子である以上、親が未知の現象に巻き込まれどうにかなってしまう未来を常に想像してきた。超常に関わる以上仕方のない話で、リスクヘッジの方法としても身構えておくほかない。危険と安全の線引きが存在しないからこんなことになる。私が魔術を好きになれない理由の一つを、両親はやってしまった。
この事態に大きなショックを受けるかと思っていたが、存外悲観的にはならなかった。
仕事に就いて、金銭の援助もほとんど気にすることがなかったし、そうでなくとも両親の貯蓄があった。
休日だって私をほったらかしにして家を空けるような両親だったので、別に孤独も感じない。
むしろこれで、超常と関わる必要がなくなったのかと胸がスッとしてしまったし、そんな気持ちになった自分にひどく幻滅した。
家に帰っても誰もいない。
家族が失踪したときから、家は家として機能しなくなった。
というのも、私が国際的に活動する法人に所属するようになったからだ。
それが大学を卒業して最初に就職したところでもある。
武器を持たずに戦争や紛争地帯へ向かい、食糧、物資の供給や難民の誘導などを行う組織。
両親が世界各地へと足を運んでいたため、当時の私も子供ながらに世界情勢などには敏感だった。
組織に所属した理由はこの程度。
薄っぺらい動機かもしれないがやりがいはあったし、自分にしかできないことだとも思った。
世界的に活躍しなければ、この時代には意味がない。私はずっとそう思ってきた。
日本国内にこもって黙々と仕事をするよりは、現地に行って人を救っているという実感が欲しかったのだと思う。
この行為には意味があると。自分にも価値があると思い込むために。
結局は、両親と同じように。
爆撃が行われた直後の都市部への補給なども積極的に参加した。
数秒の判断で死ぬリスクのある地域。こういった場所は組織内でレッドエリアと呼ばれていた。
当然、組織内でも進んで立候補する者はいない。
そんな中、私は毎度と言っていいほどレッドエリアに足を運んでいた。
最悪の場合は子供の頃に学んだ魔術を使えばいい。超常に頼れば、どんな盤面でも打開できるだろうと。
私は、自分の嫌いなものを自分にとっての最高の切り札として常に持ちながら、活動していた。馬鹿らしい話だ。矛盾している。
しかし、それ以上の方法を私は最後まで見つけることができなかった。
命と命のぶつかり合い。
人がまるで燃料のように消費されていく環境。
自衛するためにも必要なことだった。
この頃の私はなにもかもに必死で、意味を見いだすことに必死で、超常というものの危険性を理解できていなかった。
学ぶ機会は大いにあったが、超常は嫌いだとそう突っぱねていたから。
人命救助の大義名分のもと、それをふるった。
超常は未知であるから超常なのだ。
乱用してはいけない。
目撃されてもいけない。
そして――――教えてはいけない。
秘匿するからこそ意味がある。
童話でもよくあるテンプレート。
人に知られたら魔法は解けてしまう。
◆
いつものように紛争地域へ物資の補給を行っていたある日。
すぐ側のマンションが爆撃に耐えきれず時間差で崩壊した。勿論、危険視していた。周囲の状況からしていつ崩れてもおかしくなかった。
それでも、すぐにそこを離れられる状況ではなかった。
治療を必要とする子供たち。
行ったり来たりを繰り返す担架。
瓦礫の中からはずっと声がする。
崩壊した街並みはところどころ赤くなって、遺体は街のオブジェクトのように、さも当然と置かれている。
瓦礫は粉塵となって風に乗り、どこまでも空気の粉っぽさと異臭がする。。
戦災住民たちはここ以外の居場所を知らない。
街を外れれば荒野が広がる。日本とは全く違う環境だ。
川が流れていても既に汚染されている。それも戦争の影響だ。上流で戦争をやっていれば、下流の水は血や、金属や、化学物質で簡単に汚せる。
家族を助けるのに必死な人。
どうにか夜を明かせるように設営に急ぐ人。
自分の腕がないことをまだ受け入れられない人。
脱水症状で次々と倒れていく人。
どうしようもなかった。
急に、突風のようなものが吹いた。
私は同じ組織に所属している女性と次に発生するであろうパニック、それに関する対応の方法で荷物を運びながらも話し合いをしている最中であった。
先に異変に気がついたのは彼女の方だった。
上から降ってきた瓦礫に気がつくと、苦虫を噛み潰したような顔でマンションの方へと目をやる。
「走れ‼」
彼女らしからぬ声。
私が数秒先の死に気がついたときには彼女は駆け出していた。
でも、無理だ。
これではどのみち死ぬ。
他にも住民たちが集まっている。そこは、充分に危険性だと誰もが判断できる場所だったが、それでも直射日光から身を隠せる日陰でもあったから。
一人が異変に気づいてももう遅い。数百といる住民をかきわけて、倒壊する前に離れるなんて不可能だ。
それはきっと、先に駆け出した彼女とて同じ。
私はその瞬間に覚悟を決めた。ここで彼女は死んではいけない、そう思って、魔術を使ってしまったのだ。
肉体の瞬発的な強化による跳躍と高速移動。
一度の蹴りで彼女に追いつくと、私はそのまま、安全圏へと待避した。
周囲がパニック状態だったこともあり、最初に魔術を使ったときは誰にも気づかれなかったと思う。
ただ、このときの私は、選択肢の中から「少しでも多くの人を救うために魔術を使う」というものを選ばなかった。技量がなかったにしろ、やりようはあったはずだ。しばらくはずっと、この件が心の奥底で尾を引いていた。
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