第20話 ALIVE{()}DEAD

 無数に現出する風の突起。

 風といってもただの大気の移動ではなく、おそらくは地球上ではどんな術を使っても再現不能の現象。


 螺旋巴の所持していた構え太刀という刀は、ある魔術師が制作し、ある魔術師が奪ったものを引き継いだ刀だ。

 伝承にある「かまいたち」をによって刀という形に落とし込んだ人工的な怪異であったが、本来かまいたちとは、いつの間にか切り傷を負わせる妖怪のこと。怪我を負わせることはあっても、人を殺すまでには至らない。

 かつてこれを制作した魔術師はその点に関しても織り込み済みであった。

 そのために「解釈」を変えた。

 「かまいたち」ではなく「かま太刀たち」。

 「かまいたち」ではないのなら、これはそれ以上の力を発揮する可能性のある「かまいたち」の亜種であると。

 実際、効果はあった。かまいたちとはまるで違う性能を刀は発揮した。しかし、メリットばかりだったわけでもない。

 怪異というのはそもそも、人間が恐れ敬うことで力を発揮する。初出の古い怪異であればなおのこと。

 怪異は知名度あってこそ存在が許されるのだ。

 多くの人間からその存在を認識されなければ怪異は静かに世界から消える。

 逆も然り。近年の大きな災害や事件事故があった跡地ではっきりと名前まではつけられないものの、亡霊の類いが出現することだってある。


 構え太刀を作った魔術師には見落としがあった。

 ほど、あやふやで不安定なものはない。

 力をふるおうとすれば、刀はとてつもない量の魔力を要求する。

 それは刀そのものが、「自分を信仰しているのであれば対価をよこせ」と言っているようなもの。 

 たしかに可能性はあった。

 けれど、その可能性とやらを引き出すには幾分も魔力が足りなかった。


 螺旋巴も雲雀朧との戦闘では全くもって真価を発揮させていない。

 あまりにも高すぎる魔力要求の下限。構え太刀として使うより、“ただの刀”として使った方が使いやすいに決まっている。

 元々、刀を具現化したときには魔力が枯渇していたわけだが、たとえ魔力の貯蔵が十分であっても現状のような使い方はしないし、


 しかし弟子は、そのできない仕組みを無理でこじ開けた。


 大地が悲鳴を上げるように音を立て、うなっている。

 風は光を生じさせているようにも見えるが、実際は周辺の大気が構え太刀というイレギュラーによって生じた風に対応できず、急激な温度変化を繰り返した結果だった。

 体がかすっただけで即死級の超常。

 岩座守鷹彦は、構え太刀の仕組みを改竄した。

 

 魔力の要求、実際の伝承との整合性、怪異としての仕組み。

 そのほとんどを魔眼を介してグレードアップさせた。

 対価など、こうして発生している暴風に比べれば少ないものだ。されど、人間一人がたった一人で背負うにはあまりにも大きな対価。


 だから人間をやめる必要がある。

 人間ではない必要がある。

 異常である必要がある。


「俺はッ‼ もう振り返らない‼ 過去も、全て‼ 今、ここで‼」


 鷹彦の叫びは、奥底でまだ震えている自分への宣言だった。自分で自分の逃げ道を潰す、自己暗示。

 呼応するように、風は勢いを増す。


「く、おぉおおおお!」


 領域外の箱の蘇生が追いつかない。

 雲雀朧の首は斬れたり繋がったりを繰り返している。

 反撃に転ずる余裕はなかった。

 更に追い打ちをかけるように一帯を濃霧が覆う。

 構え太刀に備わった、能力のひとつ。だがこれも、鷹彦の魔眼の力を得て、影響力が更に増している。

 数センチ先すらも見えない。

 両者互いに目視での捕捉は不可能だ。

 相手を見つけるためには、魔力の流れによる逆探知や、直感的なものに頼らざるを得ない。


「こんな小賢しい手が、通用するかぁあああああ‼」


 朧はそう言いつつも、湧き出す風の刃に体を裂かれ身動き一つとれない。

 彼は内心、迫りつつある死に怯え始めていた。


「こんな、こんなことで、私の願いはッ‼ 打ち砕かれるには、犠牲が大きすぎるのだ……‼」


「そんなの、知るか」


 朧の背後で風が動く。

 鷹彦が魔眼をフル稼働させながら、間合いを詰めた。

 次の一手で首を落とそうと両手には力が入って、既に刀はうなじへと大きく振りかぶっている。


 終わりだ。

 これでやっと終わるのか。

 そう思った。

 両者、共に。


 首を刎ねた上で、領域外の箱を破壊する。

 壊し方は分からないけれど、この魔眼と刀さえあればどうとでもなる。

 人を殺すのはこれが初めてじゃない。

 正確には、もう人間とはいえない人間を何度か殺したことがある。

 その感覚を今でも明晰めいせきに覚えている。

 体の血が一瞬にして冷え、凍る感覚。


 これが初めてじゃない。

 これが初めてじゃない。

 これが初めてじゃない。


 自分のために殺すのは、初めてか。


 刀にぐんと力がかかるのを感じた。

 でも、そこにあったのは朧の首なんかじゃなく、


「なんのために、邪魔を……するんだ‼」


 大きく手を広げる子供たち。

 まるで俺が悪者で、朧を守ろうとしているように立ちふさがっていた。

 飛び退き距離を取って、両目を手で覆う。

 こんなのは幻覚だ。

 幻覚だと決まっている。

 吐き気がする。魔眼の力の代償とか、そういった痛みじゃない。勝手に流れ込んできたあの男の過去に反吐が出る。


「――ッ、消えろ‼ 俺にそんなものを、見せるなぁぁああああ‼」


 今さら俺の眼は余計な情報を拾いやがった。

 同情なんてしない。

 同情する前に、コイツは俺の家族を殺した。 


 ◆


 昔から特徴のない人間だった。

 誰にも期待せず、誰からも期待されず。そんな自分に不満すら抱かず、ただのうのうと生きてきたのが私だ。

 ただ、他者と違う点があるとすれば、超常を扱える人間であること。

 つまりは、魔術師だったこと。


 両親が魔術師だった影響で、自分もそういった世界を知っていた。

 超常に関与したから魔術師になったのではなく、最初っからそうだった。

 私にとって超常とは、魔術とは、それほど別に神秘的だとは思えなかった。

 子供の頃からずっと、私の中では常識であったからだ。逆に、皆が口をそろえて言う常識というやつに憧れがあった。

 魔術師ではなく、ごく普通の人間として生きたかった。

 「普通」に、憧れた。

 それが、それこそが人間として最も美しいものだとそう思っていた。


 雲雀朧。この名前は実名である。子供に「朧」などと、ぼんやりとした名前をつける両親はいかがなものかと、私も思う。苗字ならまだしも、下の名前が朧。

 まぁ、後になって思えば名は体を表すというか、まさしく私らしい名であるなと思ったわけだが。


 最初から、そういう性格であることを両親は理解していたのかもしれない。

 魔術師と言っても、人によって得意とする分野はまるで違う。ひとくくりに大学といっても、そこから学部に分かれるように、魔術師にも得意不得意がある。

 両親の場合、人間を研究する魔術師だった。

 更に言えば、感情で、精神で、心で、そのもっと奥底にある基盤のようなものの研究。

 両親たちは、体ではなく心の方面から、人類の可能性についての研究を行っていた。

 一部の魔術師からは「精神超越」や、そのまま「新人類」などと呼ばれる分野の研究だった。

 私も最初は手伝いもあって、少し学んだ。

 しかし、これほどに醜悪しゅうあく愚蒙ぐもうな行為はないと、すぐに学ぶことをやめた。

 両親もそれを止めはしなかった。

 どうも時代的に、魔術師の中でもその分野の研究は危険視されていたらしく、私がその気でなければやらせる気はなかったそうだ。

 でもそれは建前で、実際は数世代に渡り繋がれてきたバトンを渡したかったのかもしれない。

 両親はある時期から研究成果を欲張るように、魔術の研究に明け暮れ日が続いた。

 何日も、何年も。

 自分たちの研究が無駄ではなかったこと、それが証明された出来事があったと、ただそれだけ口にしていた。


 意味を見いだした。

 それまで黙々と、これに何の意味があるのかも分からず、前の世代から引き継いだものがある日突然必要とされた。

 ただそれだけのことで両親は安全弁を失い、休むことをやめた。

 その頃私は学生で、子供の頃とは違い、頭の中はとっくに魔術のことなど蚊帳の外で、就職についてをぼんやりと考えていた。

 家に帰っても、別に魔術師らしいことなどない。

 ただ普通に夕食を食べ、湯に浸かり、眠る。それの繰り返し。

 家族としての時間は、きっとほかより少なかったかもしれないが、充実していたと思っている。


 両親が失踪したのは、それから数年後。

 私が社会人として一歩踏み出そうとしたその瞬間だったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る