第14話 報復へと翔ぶ鷹

 ◆


「おい、おい」


 体を揺すられてやっと気がつく。

 眠っていた。

 いや、どちらかといえば気絶に近いのかもしれない。

 末期の薬物中毒者のごとく存在しないモノを見続けた対価。体は火照っていて、息も荒れている。冷房が効いていたというのに、衣服は上も下も汗でぐっしょり濡れていた。


「ん……ん……ここ、は?」


「俺のオフィス。立てるか?」


 頷いて、外へ出る。外気に身を当てた瞬間、体は膝のあたりから崩れ落ちた。

 どん、と鈍い音がした。

 痛い。

 内臓も、骨も、どこもかもが痛い。

 関節の部分はハンダゴテで焼かれている。

 鼓膜は自分の些細な動作さえ、全て記録するように努めている。

 頭には霧があって考えがハッキリしない。

 眼球は中に針でも入れたみたいだ。

 感覚だけが尖りに尖って、外から内へ、内から外へと情報が混線している。


「やれやれ。世話のかかるヤツだ。担いでやってくれ」

 

 螺旋巴の一言で、運転手が俺の体に触れる。


「あっつ‼ 大丈夫かこれ? とんでもない熱だ」


「応急処置はしてやるつもりだよ」


 運転手の男に背負われて、俺は建物の中に入った。

 そこからもまた、朦朧としていてあんまり覚えていない。それに、目隠しのようなものをされてしまったから。


 ◆


 また目が覚めた。

 でも、視界は真っ黒だ。

 俺は飛び起きると、慌てて目のあたり触って、どうなっているのか確かめる。何やら布のようなものがあった。アイマスク――ではない。触り心地は包帯みたいだ。

 それをひっぺがそうとするが、すぐに止められた。


「やめろ。まだ治療中なんだ。患者が余計なことをするな」


「お前は――螺旋巴?」


「お前とはなんだ。これでも命の恩人だ」


 微かに煙草の匂いがする。


「病院じゃなさそうだ。でなきゃこんな臭くない」


「お前の眼球に対応できる病院なんざどこを探してもないよ」


 “そんなところがあれば、兄はあんな風にならなかった”

 湧き出した言葉を振り払う。


「それで、ここは? 俺はなにをされているんです」


「だから治療だよ。目に巻いてるものは特殊な包帯でね。お前のような人間にとっても効果がある代物なんだ」


「なんだかうさんくさい」


「でも、効果はあっただろう? 体の調子はどうだ? 顔色はよくなっているように見えるが」


「まぁ、しんどくはない」


 車で移動している最中はやけに苦しかった。五臓六腑が一斉に悲鳴を上げて、あのまま緩やかに死んでいたのではないかと思うほどだった。

 でも、今はそれが全くない。全身の倦怠感があるのは否めないけど、違和感はそれくらい。

 歩けないほど重篤化した感染症が、点滴を打って眠ったら、ぐんと回復したような、そんなかんじ。


「それで、いつになったら外せる? これは」


「お前にその瞳との付き合い方を教えたら、だ」


「そんなことで?」


「治療法がないなら、上手く付き合っていく方法を考えるしかない」


「アンタは魔術師なんだろ? なら、眼球の移植くらいできてもおかしくない。あとはこっちの眼を木っ端微塵に粉砕でもすればいい」

 

 自分の目を指で軽くつつく。


「あいにく専門外だ。俺の得意分野は“時間”でね。体の一部を他のものと交換するなんて、できやしない」


「アンタじゃなくとも、できる連中がいるんじゃないの?」


「おすすめはしないな。境界の魔眼は誰もが欲しがるような代物だ。たとえ眼球を摘出した魔術師が、魔眼に興味がなかったとしても、いずれ欲しい者の手に渡る。イヤだろ、そういうのは」


「わからない。これにそんな価値があるなんて。反吐が出る」


「使ったことがなければ言えない感想だ」


「いっそ、盲目になってもいい……」


「じゃあ、お前が納得するであろうとっておきの一言」


「……」


「雲雀朧に復讐できなくなる。お前は唯一の対抗手段を自らゴミ箱に捨てるんだ」


「……」


「どうだ?」


 雲雀朧を殺す手段を失う。

 兄を殺し、両親を殺した人間をこの手で殺せない。


「魔術師は法では裁けない。超常を扱っている人間はおおやけにすらならない。なら、どうすればいい?」


「この手で殺せと」


「ああ、簡単な答えだろう? 単純で、一番大きな感情のぶつけ方さ」


「俺には、復讐ができますか。螺旋巴」


「それで提案だ」


 包帯を巻かれているから、そのときの師匠がどんな顔をしていたかはわからない。けれど、ご機嫌な声音だったと思う。


「俺と一緒に仕事をしないか岩座守。もちろん、ただの仕事じゃない。こういった、あり得ない事象を相手にやる仕事さ。教育もしてやる。お前だけで復讐ができるようにな」


 迷いはなかった。

 考える必要もなかった。


「やります。やらせてください」


 これからは、それが生きている意味だ。


「契約成立」


 ◆


 今後とこれまでの説明を終えた巴は、岩座守が一階の事務所で休んだのを確認すると、部屋を出る。

 一階の廊下には二つの人影があった。


「巴さん、よかったんですか。あんな言い方」


「俺は復讐なんて嫌いでさ。ま、ああ言った方が早いかなって」


「――経験者が言えば、説得力があるな」


 しばらく間があって、運転手の男盲杖桜陽と東条幽志朗は互いに苦笑した。

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