第13話 ブラックボックス

「投降しろ。命の保証はできんが、名誉の保証はしてやろう」


 薄ら笑いを浮かべながら笑う魔術師ともえに、もう一人の魔術師おぼろは苦悶の表情を浮かべている。

 さっきまでまるで、喜怒哀楽その全てが自分には存在しない。とでも言うように顔色を変えなかった魔術師がここに来て動揺している。

 螺旋巴という人は、そこまでに異端なのか?


「ふん。今回は私の負けということか」


 男は、そう言うと手品師のように手中から立方体の容器のようなものを取り出した。

 つやのない、黒い箱。まるで光を全て遮断しているかのような黒さだった。

 例えるなら、ブラックホールのような。まるでそこから世界が消え始めてしまいそうな、あな

 箱を見つめれば、何故か窒息してしまいそうな、未知の恐怖が身体を襲う。


「まだ、なんかやるってのかよ!」


 乾いた叫び。大丈夫、まだ声は出る。自分の身体に異常はない。

 なら、あの箱が“なにかしでかす前”に潰してしまえばいい‼

 朧の方へと駆け出した俺を、すぐに螺旋巴が静止する。俺との距離は、相当離れていた。声は届くけど、たった数秒では近づけない。そんな距離だ。それに加え、螺旋巴の体は不自由で少なくとも走ることはできないような身なりだ。

 だというのにぱっと距離が縮まった。

 駆け出した次の瞬間には自分の真隣まとなりにいて、踏切の遮断機みたく杖を横にして妨害された。


「なんなんですか⁉」


「今のお前じゃムリ。それをついさっき経験したんじゃないの?」


「……でも!」


「別にお前が死んだって俺は困らない。けど、お前の眼球がヤツに奪われるってのはめんどうなんだよ。むしろここでお前の両目を木っ端微塵に粉砕したいくらいだ」


「な、なんだとォ‼」


 振るった拳は男に届かず、そして反撃の一撃を受けた。


「ごふっ!」


 そうこうしている間に、雲雀の準備は終わってしまった。なにか、得体の知れないモノが起動する。


「今回は大人しく退くとしよう。だが、次はない」


 黒い箱が沸騰した液体のように膨張した。

 箱の方へと風が勢いよく吹いて、思わず姿勢を崩しかけた。

 渦が生まれる。

 全てがあべこべになる。

 次元が歪む。

 世界が崩れる。

 刹那、朧と目が合った。黒い泥を浴びながら、ただひたすらにこっちを見ていた。


 ◆

 

 世界は戻った。あるいは、自分が正しい世界に戻ってきた。

 気づけば自分は車内で、さっきと同じように助手席には螺旋巴がいて、運転手もさきほど知った顔だった。

 つまり、現実の状況はなにも変化していない――のだと思う。

 人の気配があって、車も動いていて、街の光だってある。いつもは鬱陶しく感じるような音で、今は落ち着くことができる。

 ただ、そういった安心感で心を満たす余裕はなく、現実を見ればみるほど、現実を思い出す。

 どうしてこうなってしまったのか。

 どうして、俺の家族はこうも簡単に死んでしまったのか。

 そんなリアルを。


「――いったい、なんだった? 俺は、なにがどうなって、こうなった?」


 考えるな。

 考えてはダメだ。

 その先を考えたら、きっと俺は――――。


「さてと、それじゃあ説明会だ。岩座守。知ってること全部、話してやろう」


 フロントシートに座る二人の顔は険しいままだった。

 

「いッ」

 

 身体に稲妻が走る。まだ目が痛い。

 今はなにもしていないはずなのに。

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