第15話 チープな対価
それはそれは大切なひとを一度にまとめて。
境界の魔眼という特殊な眼を持つ岩座守の血筋。
それを欲した魔術師・
父と兄の眼球を抉り抜き、魔眼だけは綺麗に保存して。
境界の魔眼の保有者は
雲雀朧はまず、兄の心につけ込んだ。
兄の瞳は魔眼として見ればそこまで完成度が高くはない。幼年期から幻覚が生じていた俺とは違い、今までほとんど、そういった症状に悩むことがなかったからだ。
でも、あるときから一変した。
それは自然的なもので、兄の身体の変化に合わせて生じた仕方のないものだと思い込んでいた。
実際は違った。
雲雀朧が人為的に仕組んだものだった。
家庭に亀裂を生じさせ、両親の精神を摩耗させる。
父は魔術師に対し否定的な考えの持ち主で、それはきっと、過去に同じような話があったのを聞かされてきたからだと思う。
加えて、魔眼保有歴=年齢なので、魔術師など超常現象の関わるイレギュラーに一番反応が早いのが父さんだ。
雲雀朧が仕掛けるとして、一番警戒したのも父なのだろう。
俺が激情に任せて力をふるってしまえるように、危機迫るときなら父さんだって相応に魔眼の力を引き出せたはずだ。
反撃できないようにする一つの手段として、朧は心を摩耗させることを選んだ。なんとも陰湿な手段だ。
でも、実際に通用した。心労というスリップダメージ。
父はまったくと言っていいほど、魔術師の片鱗に気がつかなかった。
父がどういう風に殺されたのかを、螺旋巴――師匠は教えてくれた。
仕事の休憩中に飲食店へ入り、その帰り、人気の少ない道路で背後からザックリ。
通り魔のような犯行だった。
あとは眼球さえ抜いてしまえばそれでいい。
父を殺した朧はそのままの足で母と兄のいる自宅へ向かい、兄を殺害。異変に気づいてやってきた母もそこで刺し殺した。
ここでも同じように、兄の眼球だけを抜いて逃走。
魔術師は証拠隠滅、捏造にも長けているようで警察は証拠といった証拠を掴めないから、父は「犯人不明の通り魔」、母と兄は「家庭内の軋轢による死傷」ということで捜査を終えるらしい。
どうして俺だけが生き残ってしまったのか。それが不思議でたまらない。
“あるいは、どうして自分が生き残ってしまったのか。”
自宅の居心地が悪くなり、友人宅に泊まり込んだからだろうか。いや、きっと警察署で堂々と俺を殺すつもりだったのかもしれない。最後の一人ともなれば、その犯行は大胆だろうが問題ないだろう。もう獲物が逃げることはないし、第三者が軟禁を代わりにやってくれている。
他にも考えられる要因があるとすれば、螺旋巴の介入があったからわずかに接触がズレたのかもしれない。
これも聞けばわかる話だけど、これだけは何故か、聞くのがこわい。
そしてこれも、師匠が説明してくれた話だ。自分がどうして、雲雀朧との戦いで負けてしまったのかということ。
あの時の自分は勝利を確信していた。あの魔術師を殺すことができると、そういった
境界の魔眼は能力のひとつとして、結果を捻じ曲げる力を持つ。相手がどんなに策を講じても、並みの魔術師では防御不可能な一撃を放つことが可能だ。これは魔眼をフル回転で作動させたときに、本能的(?)に理解したこと。だから、こっちの力が覚醒した時点で朧のほうは詰みだと思っていた。
でも、実際は違った。
雲雀朧に攻撃を当てることはおろか、被弾しないと決まっていた運命はさらにねじ曲げられて、あの男は俺の攻撃を回避した。
絶対に躱せない一撃をお見舞いしたはずだった。拳を打ち込んだその瞬間まで、迷いはなかった。
俺の魔眼に不具合があったのだとも、思った。
その可能性も捨てきれない。けれど、師匠はこう言った。
「おまえだって、理解しているんじゃないのか? 因果操作という超常同士のミラーマッチ……天然モノの境界の魔眼持ちである人間が
「俺がまだ力に慣れていなかったとかは? こうも大々的に超常を目撃したのは、今回が
「今日の戦闘、一部始終しか見ていないから断言はできない。でも、お前の言う『眼に慣れていない』というニュアンスが実際とは違う」
「というと?」
「眼に慣れていないからパワーダウンしたんじゃなくて、 眼に慣れていないからパワーアップしたのさ。初めての自動車の教習で急加速と急ブレーキを連発してしまうようなものさ」
まぁ、俺は自分で運転したことなんてないから、例に出すのはおかしいかもしれないが。と、にへらっとした顔で笑っていた。
「結論を言ってくださいよ。そのほうがわかりやすい」
「目には目を、歯には歯をって言うだろう?」
境界の魔眼に対抗できるのは境界の魔眼。
雲雀朧は元々、因果の操作なんて大それた超常を扱える人間ではない。
雲雀朧は、それでも因果の操作を行えた。
じゃあ、そのわけは?
答え。ついさっき、そういったアイテムは調達した。
雲雀朧には魔眼なんて備わっていないけれど、ついさっき殺した家族の眼を使えば、どうにでもなる。
深く考えるまでもなく、わかることだった。
◆
「それで、いつになればこの包帯? を外せるんですか」
というか、自分ではがそうとしても上手くはがれない。まるで拘束具でもついてるみたいだ。触ったかんじでは、金具とかはついていないみたいだけど。
なんかこう、邪魔でイライラする。
「岩座守。今から言うことを守れると約束できるか?」
「守れなかったら?」
「魔術で半強制的に
「……それができなきゃ、外せないんでしょう。やるしかないじゃないですか」
「まぁ、簡単なことなんだけどさ。やろうと思えば誰でもできることだ」
「はぁ。それで、その内容とは」
「お前はこれから語尾に『○○ッス』とつけて、チャラ男っぽくふるまえ」
頭がぽわーっと、真っ白になった。
「――は?」
「だから、『○○ッス』って語尾につければいいの」
「なんだよそれ! ダサいにもほどがある! どんな効果があるんだよ! やっぱヤブ医者じゃねーか!」
「ヤブ医者じゃなくてヤブ魔術師な」
「いやだーッ! 本人に自覚があるなんてさらに嫌だ‼」
ソファで暴れまわっていると、棒のようなもので頭を突かれた。
「できるのか、できないのか」
「……やりたくない」
「じゃあ、そのまま包帯巻いておくか? ジャンプ漫画のキャラクターみたいで格好いいぞ」
「たしかにあの人も特殊な眼は持ってるけど‼」
「で、やるの?」
「やりたくないです」
「あら残念。荒療治といこう」
「へ、へ、へ? あ、どこさわってるんだよ! ぎゃあああああ‼」
◆
「オペ終了」
即落ち二コマ。包帯が外される。
「なんだったんスか。いったい――あ」
言葉が、勝手に変化したような。無理やり翻訳されたような感覚。
「え、どういうことッスか。なんで語尾がおかしくなってんス?」
「そういう魔術ッス。とはいえ簡易的なものだ。思い込みの力というのは超常にとってとても単純でとても強力な力でね。自己暗示……というのだがね」
「他人から思い込まされてんスから、それは洗脳では?」
「そうとも言うね」
「最悪だ……こんな舎弟(やられ役)みたいな語尾を使うことになるなんて……」
「これがお前の魔眼をコントロールする最適解なんだ。文句は言わない」
「どういう原理なんスか」
「境界の魔眼ってのは、存在しないものを常に直視し続ける――例えば、並行世界だとか、怪異だとか、魔力の流れ、常人には理解できない『真実と虚構』という概念をお前はぱっと見るだけで理解できてしまう。そうなると問題になってくるのは、人格の崩壊だ。異常なものを見続ければ、最後にはアイデンティティーを見失う。そうなれば――」
巴さんはそのまま
「語尾で解決する問題ッスか?」
「解決するとも。今、性格を切り替えたことで多少は魔眼の質が落ちたはずだ。魔眼を使って大暴れしようとしても、さっきまでのようにはいかない。本気になりたいのなら、一度は元の性格に戻らなければない。ワンアクション置くように仕組みを作ったというわけ」
首を傾げる。
「今までは安全装置のない拳銃だった。けど、今はそうじゃないってこと」
「はーん」
「語尾を戻そうとしても無駄だからな」
「もっとマシなものがあったでしょうにさぁ」
「そうだ。これで目もしっかり見えるだろうし、ちょっと鏡で顔を洗ってこい。さすがに疲労で体がどうかしそうだろ?」
「ま、それもそうッスね」
俺は言われるがままに、洗面所へと向かって顔を洗う。
数週間ぶりに水を浴びたんじゃないか。そんな風に思えるほど肌にあたる冷水が気持ちよかった。
服が濡れてシャツが透けるくらいに水を受けながら、行儀悪く洗面器の蛇口からぐびぐびと水を飲む。
さっぱりしたところで、顔を拭いて鏡を見つめた。
「ん……?」
いつもの自分の顔じゃない。と、言うのも髪がなんだか変なんだ。髪の毛に触れながら、角度を変えて何度も髪色のチェックをする。
でも、どんなに頑張っても前髪の一部が真っ白になっていた。
「それが魔眼を使った代償っていうのかな。最初だから安い支払いだ。今後はもっとひどくなるぞ」
「これくらいなら染めてしまえばどうにでもなるッス。ちょうどメッシュにしたかったんスよね」
「ポジティブでなにより」
それだけ言うと、巴さんは背を向けて部屋へ戻ろうとする。
「最後にひとつ質問いいッスか」
巴さんの歩みが止まる。
「なんだ」
「俺を助けた理由。あと、どうやって雲雀朧の用意した異空間みたいなところに入ったんスか」
「助けた理由? ……はは。単に興味があっただけかな。それ以上でもそれ以下でもない。それで、後者に関してはトップシークレット」
巴さんはそう言って洗面所を去る。
「合理主義って雰囲気なのに、意外だな」
聞こえないような声で思わずそうつぶやいた。
他にも訊きたいことはある。でも、訊いてはいけない話だと思ったから。正確には、訊いてしまえばそれで自分が死んでしまうのではないかという、どこから湧いてきたのかわからない恐怖感を前に、口にすることができなかった。
魔眼を通して直視してしまったあの人の深層――その根底にあるものを経て。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます