第5話 日常

 天河七楽は恋愛というものが苦手であり、嫌いである。

 まず、人と人が互いに大きな感情を向けあうということ、それ自体に大きな苦手意識があり、その典型たる恋愛にはデメリットしか感じない。恋愛をしている人間が嫌いだとか、カップルは公の場でイチャイチャするなとか、そういう話ではなく、自分が当事者になる、もしくは関与することが嫌なのだ。

 だって、恋愛の駆け引きとかあまりにもめんどうだ。


 自分は相手のことが好きだけど、相手はどうなんだろう。

 とか、

 相手がすごく自分に優しくしてくるけれど、これは脈があるのか?

 とか。


 前者は普通に玉砕する可能性があるし、そうなると学校や職場での居心地が悪くなるのはこちらだ。後者に至っては単なる勘違いでした~なんてオチもある。


 恋というのはリターンも大きいけれど相応にリスクを孕む。なにより、トラブルに発展する可能性があるという点において、俺はそういったイベントが大嫌いだった。

 誰だって、コミュニケーションがいくら上手でも恋愛で失敗することはあるし、結婚して順風満帆だった有名人がいつの間にか離婚していた。なんてよくある話だ。


 カップルがプロポーズするときは、「あなたの人生の半分を私にください」とか言う。実際それは事実だと思うし、偏屈な発想でものを言うと、これまで自由だった自分の時間が半分も失われることとなる。


 「いや、家族と一緒にいるのが楽しいんじゃないか」とか、「それが幸せの形なんだ」よといった意見が返ってくるのは承知しているが、自分にはどうしても恋愛というものにを求めてしまう。自分に返ってくる利と損、そんなものを天秤にかけてしまう。


 あぁ、そうだ。恋愛ができない。向いていない。

 それは重々承知しているが……まぁ最初からその気はないので勘弁してほしい。


 まぁ、自分の両親っていう悪い例を二十年弱見続けた結果でもあるので、醜い言い訳をするならば両親のせいだろう。というのが、花鳥琥珀の件でやけに気を落としている理由である。


 だから俺は恋愛に関与してはいけない。関わればたちまち、情けない男ムーブをかましてしまうのだから。


 ◆


 時刻は十七時手前。今日も今日とて暇な我ら怪異バスターズ(そんな安直な名前ではない)の事務所を俺は早々に抜け出して帰路についた。事務所にいてもウダウダ言うだけだし、それでは巴さんや岩座守も不快であろう。であれば外に出て気分転換でもするべきであろう。


「……でも、散歩してると余計なことを考えちまうよなぁ」


 一人で街を歩く、というのはあまり得意ではない。駅前の人ごみを前にすれば、ちょっと頭痛がしてくるし、閑静な住宅街や公園を歩いているとくだらないことで不安になったりもする。数行前に外で気分転換をするべきだと述べたけれど、実のところ、外で気分転換をするのも苦手だった。


 かっこー。かっこー。

 信号が青になったことを知らせる鳥の鳴き声が交差点に響いた。時間にゆとりのない現代の大人たちは、それを少しフライングする形でぞろぞろと横断歩道をわたっていく。


「はぁ」


 他の人たちとはワンテンポ遅れて、自分も駅の方向へと歩みを進めた。

 正面から来る人たちを避けながら、ゆっくりと進む。

 その途中で、自分の体は前方へと倒れこんだ。


「いった……」


 どうやら誰かとぶつかってしまったようだ。左肩がわずかに痛む。反射的に顔を後方へ向ける。


「すいません。大丈夫で……」


 その人と目を合わせたとき、妙な違和感が体に満ちた。


「失礼。こちらも前を見ていなかった。お怪我は?」


 違和感? 相手はどう見てもただのサラリーマンだった。男は既に立ち上がっていて、歩道に落ちた鞄を手に取る最中。落ち着いた低い声音で、怒ることもなく、紳士的な雰囲気だ。よかった、ヘンな人じゃなくて。怒鳴られてたら余計テンション下がってた。


「大丈夫です。すみません」


 俺は何度か頭を下げながら、ゆっくりと立ち上がる。サラリーマンの男は立ち上がるのを見届けると、一度礼をした。

 そして、

「ふん、珍しい。それではまるで――」

 憐れむように、侮蔑するように、薄目でこっちを一瞥した。


「はい?」


「いや、こちらの話だ。すまない、急いでいるのでね」


 そう言いながら、片手を一度顔の方まで挙げて、男は背を向ける。

 もう信号機は点滅を始め、赤になろうとしている。あの人が何を言おうとしたのかまるでわからなかったけど、駆け足で横断歩道を渡り切った。


「なんだ? あのオッサン。疲れてんのか?」

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