第4話 恋する乙女
それから巴さんがやってきて、時刻は十五時を過ぎようとしていた。
「嘘、もうこんな時間⁉」
「クソガキみたいなこと言うッスね」
岩座守と一緒に格闘ゲームのランク戦に潜ること四時間以上。順調にランクは上がり、アイコンが派手なった。
それで、ぶっ通しでゲームをしていたものだから、少し休憩にしようと思ったらこの時間の経過に絶望した。
「テンカワ。良いことを教えてやろう」
師匠は今日も今日とて読書である。
そして、客人をもてなすはずのソファでゲームに明け暮れている俺たちを見て一言。
「何もしていないと、時間の経過ってのは早いんだよ」
「そんな、おじさんみたいなこと言わないでくださいよ」
「どこからどうみてもおっさんだろ」
「じゃあねーの法則ってやつッスね」
「ジャネーの法則な」
間髪入れずに師匠が突っ込んだ。
と、大人三人でしょうもない話をしていると玄関の扉が開く。
「げ……」
この事務所、基本施錠されており来客の際はインターホンを押す必要がある。インターホンが鳴らずに扉が開いたということは、あいつしかいない。
合鍵を持っているのはこの事務所で働く人間だけなんだし。
「こーんにーちはー!」
花鳥琥珀だ。
歌のお姉さんみたいに、両手をぱぁっと広げて手を振りながら入ってきた。
「ム?」
花鳥が来るなり、岩座守は妙な顔をして首を。
巴さんは苦笑しつつも、「やけにご機嫌じゃないか」と言った。
花鳥は、何かを待っているように部屋の真ん中で仁王立ちしている。
「「「…………」」」
しかし、誰もがめんどくさいと思ったのか、何の言葉も発さなかった。
「わ、ちょっと! 訊いてくれてもいいんじゃないですか⁉」
今度はソファの後ろに立って、ぐわんぐわんと俺の肩を揺らす。
「はいはいはいはい。なんですか、なにがございましたかお嬢さま」
血圧の上昇を身を以て感じながも、俺は花鳥の話を聞いてやることにする。(聞くとは言ってない、聞いているフリをするだけだ)
「なんとですね、なななな、なんと……!」
「そんなテレビショッピングの前フリみたいなのはいいから」
その言葉に一瞬テンションを落としつつも、
「彼氏ができましたー‼ ぶい‼」
と、決めポーズ。
「……はぁ」
俺は思わずため息をついた。
「はいはい。よかったよかった」
拍手拍手。
「むむ。嫉妬ですか~⁉」
「誰が嫉妬するか。イチャイチャするなら好きにやっとけよ」
リアクションが気にくわなかったのか、花鳥は頬を露骨に膨らませると、テーブルにあった新聞をくるめて、俺の頭をひっぱたいた。
「痛ぇ⁉ なんだよ急に⁉」
「納得がいきませぬ」
どうしてちょっと古風な言い回しなんだよ。
花鳥はそのまま部屋を出て、階段を上がっていった。
「……なんなんだよ、ホント」
「ははは! いやしかし、急展開というか。中学生のガキらしい」
と、巴さんは大笑いしている。
「師匠の娘さんも、あと数年でそうなるんじゃあないの」
「いや、そうはならない」
急に真顔になるなよ師匠。そして現実を見ろ。
「――まぁ、素直に祝ってあげればいいんじゃないッスか? 七楽さんからの鞍替えはあまりにも早かったな、とだけコメントしておきます」
「いや、それもそうだけど、鞍替えしてくれたの、こちらとしてはありがたいけど。そうじゃなくて」
中学生の女子なんか恋愛対象になるもんか。ベタベタくっつかれるのは暑苦しいだけだし、花鳥がどれだけ可愛くたって、不愉快だった。そういう面で言えば、ラッキーな出来事でしかない。
ただ、それを差し引いても残ってしまうような問題があった。
「アイツ、ここで働き始めて半年と経過していないんだぜ? 夢魔として覚醒したのもここ最近の話だ。素直に喜べる話でもないだろ?」
「ま、問題が降りかかれば真っ先にその火で焼かれるのはお前だろうな」
かつて、師匠は言っていた。最後まで面倒を見ろ、と。
花鳥琥珀をどうするか―――過去というにはそれほど時が過ぎたわけではないけれど、彼女の怪異性、異常性を考慮して、“殺す”という選択肢をしたのは巴さんだ。本来であれば、花鳥琥珀は既に死んでいた。
そんなのは酷だと阻んだのは俺で、とりあえずは誰の犠牲もなく、花鳥琥珀を保護することができた。
しばらくは花鳥の面倒を見なくちゃいけない。それは覚悟していた。だけど、こうも早く面倒ごとを持ち込んでくるとは。
「想定より早すぎる……こっちは五年くらいのスパンで面倒ごとが起こる思っていたのに」
半年とかからなかったよ。
「そうネガティブにならなくてもいいんじゃないっスか? だって、まだトラブルは生じてないし」
岩座守の話は正しい。でも、俺は身構えすぎなのが性格だから。それに、
「色恋沙汰となりゃ、神経質になるってもんだ。花鳥はまともな人間じゃない」
人間の前に、半分怪異なんだから。
万が一の事態が起こった場合、その責任を負うのは俺なんだ。であれば余計に警戒するし、リスクヘッジというのは大切だ。
「しかも中学生の恋愛ときた。その先のトラブルなんざいくらでも思いつく」
「例えば?」
そう訊いてきたのは師匠だった。
「クラスでカップルができたとか、そういう話題ができたら――どうします? ガキじゃなくても、盛り上がるもんでしょう?」
「はーん。七楽さんは琥珀ちゃんが傷つくのが怖いんスね」
「正確には傷ついた子供の面倒を見るのがめんどくさいのに、ただでさえレアケースの花鳥琥珀がどうなるかは想像もつかないので俺の精神的負担が尋常ならざる領域に達しそうで怖い」
自分でも分かる。超早口で言ってた。
「うわぁ……よっぽど嫌なんスね……何か過去にトラブルでもありました?」
「どうだろうな。覚えてない」
「忘れたいほどの思い出だったんスね」
なんとも言えない顔に腹が立ったので、花鳥が残していった新聞紙をくるめた棒で岩座守の頭をひっぱたいた。
「ぷぎゃ‼」
巴さんはそのやり取りを見て、また笑う。
「どうとでもなるさ。なにかあればフォローもしてやる。俺がいる限り、お前の負担は減らしてやるさ」
それで、あんまり興味がなさそうに、煙草を咥える。巴さんもあまり危惧していないようだった。
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