第10話 そうして見つけた就職先
後日譚。
「腕の怪我、酷いね」
怪異を破壊した衝撃で、右腕はガラス片を浴びたように細かな切傷でいっぱいだった。塗り薬とかはしていない。昨日はひどく疲れていたから、血をシャワーで洗い流したくらいだ。これを治療とは呼べない。
「結局、伊達は何のお咎めもなしですか」
岩座守さんに頂いた紅茶をずずいと飲んで、ソファに座る巴さんに問う。
ここは彼の事務所、「東条造形事務所」。俺はあの胸くそ悪い事件の二日後に、アポなしで訪れた。事件の内容をはっきりと覚えていないから、整理したいというのもある。
だが、それ以上に、知りたい事が俺にはあった。
「いいや、ちょっと細工したよ? 過去の事件が明るみになるようマスコミに告げ口しておいた。当時事件を隠蔽した人間たちは大騒ぎだろうねぇ」
今時古い紙巻き煙草をふかしながら言う。
「そう、ですか」
「しばらくは表立って行動できないでしょうね。ただ、その結果犯罪の道へ舞い戻る、そんな可能性も無きにしも非ず――っスね」
などと、岩座守さんは物騒な事を呟いていた。だが、それは事実。充分あり得る可能性。犯歴を大っぴらにした以上、少なくとも、自分は更生したと思っていた伊達は、また世間から否定される事になる。
人を殺したから。それは悪だ。どう足掻こうと罪だ。
だが、伊達の労働態度はまともだった。恐らく経歴詐称していたとはいえ、彼は真っ直ぐで、真面目だったのだから。罪の清算とか、そういうものはいつ、どのタイミングで許されるべきなのか俺にはよく分からない。少なくとも、罪=懲役ではないと思うけど。というより、思わされた。今回の事件でそういう思想に変化した。
伊達が真っ当に反省していたのかと聞かれれば、あの夜の態度を見てそうではないと思う。罪の意識があるのなら、巻坂を前にして、自己の行いを肯定できたのではないかと。
もう、彼女は死んでしまった。巻坂いや、逆巻家の一族は報復の結果、最後の一人も死んでしまった。伊達はもう、謝れない。彼女に謝罪を口にすることすら許されない。死ぬまで、永遠に、喉につっかえた殺しの感情と付き合っていかなくてはならない。それこそが罰でもある。
だが罰は、解釈を違えてしまえば簡単に人殺しへと戻す。そういうトリガーになる。
「彼は、真っ当に生きることができるのでしょうか………」
弱虫らしく、弱音を吐く。
「彼次第。そのときはその時。きっと周りの誰かが止めてくれる。存外、悪い事ばかりじゃないよ? 人の縁ってのは」
悪いものばかりじゃない。人を犯罪行為へ手招く者もいれば、それを否定する者もいる。それは当然の事だ。
では巻坂はどうなんだ。家に押し入られ、家族をみんな失った。人の縁が悪いものばかりじゃないのなら、彼女を復讐に駆り立てる事もなかったはずだ。そういう可能性も、あってよかったはずだ。
なのに、彼女は怪異という手段を使い、罪を犯した。誰も止める事は無く、むしろ怪異を知っていた第三者によって、勧められたように。殺し、殺し、報復した。
俺はその結果を、
当然だろう。
どう足掻いても、殺人なのだから。
けれど、それでも。いや、だからこそか。
「巻坂も、死ぬべきだったのでしょうか」
そう問うた。聞きたかった答え。何が正しくて、何が間違いだったのか。俺が昨晩見た景色は、ひどい悪夢でしたというオチではなかったのか。
いいや、そんな可能性は当に消え失せていると自覚していた。だからこそ、こんな場所に足を運んだのだから。
正しくは、第三者に認めて欲しかったのだと思う。
あの事件は真実で、現実に存在し、そして、そういうモノは存在すると。そして、巻坂薫は人殺しであったのだと。
人の声で、うんと言って欲しかったのだ。
整理できない現状を、それでも整理したつもりでいるために。
「十五人も死んだんだ。死ぬべきだっただろうね。この国じゃあ、法律でもどのみち死刑だよ」
俺が聞きたかったのは、そんな回答じゃない。
「しかし」
「うん。彼女もまた、被害者だ。搾取され、搾取され、挙げ句の果てにあの死に方。俺たちだって許せるわけじゃない。真犯人は別にいる。巻坂薫という一般人に超常を教え、怪異を使役する権能を与えたヤツが。俺たちはこれからも追いかけるよ、その何者かを」
巴さんは岩座守さんに目線を飛ばし、彼は応じるように頷いた。
「俺は、あんな事件二度とゴメンです。犯人も死んで、そのまま終わりの事件なんて」
「あくまでも怪異事件だからな、天河くん。推理小説のような深い深いバックボーンはないんだぜ? 事件が解決さえすれば、事後処理をしてそれでおしまい。残念だが、俺たちはそんな存在なわけだ」
言っている意味が、分からなかった。
でも、言葉は肯定するように、ぽろりと漏れる。
「――――そうか」
黙り込んだ俺に対し、巴さんは見透かしたように、
「俺と働くか?」
そう言った。
「え?」
思わず顔を上げる
「仕事、クビになったんだろう? なら雇ってやってもいい。悪い話ではないはずだ。君の特殊体質は役に立つし、こちらとしてはむしろ引き入れたい」
特殊体質。ネック・クラッシャーを前にして、俺が死ななかったただ一つの理由。生まれ持った、なにか。それが活かせるというのなら、俺は。
「――――――巻坂をあんなにした犯人がいるってんなら追いかけたい。俺は、そいつに、近づきたい」
そうだ。まだ真犯人がいる。俺はそいつが許せない。あんな地獄を見せ、巻坂をあんな風に殺した犯人が。
なら、巴さんの話は魅力的なものだった。
怪異の事を忘れて生きるか、それと関わりながら生きるか。俺は後者を選ぶ。そこに迷いなんかはなかった。不思議と覚悟はできたのだ。
「よし。なら決定ということで」
「え?」
それなりに、覚悟をして放った言葉なのだが、一考の間もなく、巴さんは俺の就職を決定した。それはそれはあっさりと。そんなものでいいのかと思うほど簡単に。
おー! と拍手する岩座守さん。大丈夫かな本当に。
「じゃ、改めてよろしくッス!」
対面のソファに座っていた岩座守さんは、喜々として立ち上がると、俺に手を差し伸べる。
「よ、よろしく。岩座守さん」
「岩座守でいいッスよ? 俺の方が年下ですし」
握手を交わす。
「じゃあ、よろしく。岩座守」
それからしばらく間があって、二人とも微笑んだまま微動だにしなかったので、思わず。
「ええっと、契約の書類とかは?」
などと漏らしたのだが――――。
「ありませんよそんなもの。歩合性ですから」
あっさりと、爽やかに言われたもんだから、俺は就職先を間違えたなと早々に後悔したのであった。
◆
【現在】
「――――というわけだ。よく分かりましたか?」
大分エグい事件だと思ったのだが、花鳥は話す度に表情が明るくなっていった。え? なんで?
「巻坂さんは救えなかったけど、いや、だからこそ、天河さんは私を救ってくれたのですね! 好きです!」
「――――は?」
それが、花鳥琥珀の感想。
頭お花畑かよ。いや、それ以上だよ。
「で・す・か・ら。天河さんは琥珀の事を愛していると!」
これには巴さんもこめかみを抑えている。というか、笑ってますねアンタ。
「巴さん? 話す必要なかったんじゃないですか? ね? 巴さーん!」
ふて寝というか、眠ったフリ。
花鳥琥珀は毒されたように俺にへばりついていた。
「愛してますよ! 琥珀も!」
「なんだよこのオチは!」
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