第9話 復讐者の最期

 姿を見せたのは巻坂薫。俺と同じ職場で働くアルバイトの女性だった。

 右手には、物騒なことに、リボルバーの拳銃が握られている。


「そう。彼女がネック・クラッシャーと呼ばれる怪異を使役した犯人。つまり、十五人もの人間を殺した、殺人鬼さ」


「そ、そんな――――どうして?」


 汗が額から垂れる。

 彼女は機械的な顔つきで、銃口を向ける。恐怖に怯えた伊達は、もう立ち上がることすらできない。


「復讐。そう、伊達石和もとい、その周囲の人間に対する報復。法では裁けぬ者を、自ら裁くため。そうだろう? 巻坂薫。それとも、ここでは過去の名前で呼ぼうか? そう、親戚に養われる前の名前で。逆巻さかまきかおる


「なっ! 逆巻だと!」


 伊達の目に光が戻る。だがそれは、獣のソレだった。まるで、そんな存在あってはならぬと、強く願うように。

 伊達の反応を見て巴さんは更に続ける。


「六年前、鋼戸のある場所で発生した集団強盗致死傷事件。逆巻家の自宅に押し入り、バットで撲殺した後、金品を奪い逃亡した。加害者は未成年でありながら半グレに属していたグループで、その数は六人。既に今回死んだ人間の中にその五人はいる。つまり、伊達君、君で最後だ」


 巴さんは、もう少し早く気づくべきだった。と、苦虫を噛んだ。


「そう。その男が、私の家族を、殺した!」


「世間では集団暴行事件となっているな。過去文書のほとんどに改ざんされた痕跡があった。文章の辻褄が合わなかったり、証言の記述があまりにも少なかったり。驚いたよ。おかげでその事件が、殺人が、実際にあったのかすら、分からなかったのだから」


 ちらりと、巴さんと視線が合った。


「アレは立派な殺人だ。目的は金銭の強奪だが、オマエらは加減を知らなかった。まともな喧嘩をした事のないガキが、暴力を振るえば、そりゃ人死には出るってものよ」


「そして! 大人共はその事実を、隠蔽した! 加害者が子供? 未成年? ふざけるな! 母さんは死んだ、兄さんも死んだ! そして、父さんも」


「父さん? 殺していない! 二人だけだ!」


「二人……だけ? 違う! 貴様らが殺したと同義だ! 父はあの不正まみれの裁判の後、自殺したんだ!」


 銃口が、激情と共に揺れる。


「伊達くん、君が少年院に入った後の事だ。君の家族はその事をひた隠しにし、勘当したのだから、知るよしもない。いやぁ、金持ちというのは恐ろしいね。ガイシャの方が、数が多いから金をたくさん積めたのかな? どちらにせよ法は腐ってるね」


「ひ、ひひ! そんな事で、人殺しかよ! あんなの、人の死に方じゃない!」


 言い訳に、堪忍袋の緒が切れた。動かなかったはずの右腕が、今なお出血を続けながらも、伊達の胸ぐらを掴む。


「てめーが言えた事か! 巴さんの言うことが事実なら、お前はっ!」


「こ、更生した! だからこうやって、真っ当に仕事している!」


「更生したかどうか決めるのはテメーじゃねぇ! そんな事をほざく時点で腐ってんだよ!」


 俺は、そのまま伊達を殴った。

 巴さんも止めはしなかった。


「ねぇ、だから退いて? 天河先輩。これで、最後なんです」


 一歩ずつ進み始める巻坂。銀のリボルバーが、ギラリと光る。


「だが君の怪異は俺が破壊した。どうするつもりだ? まさか、そのを使うのか」


「簡単。この銃には一発だけ弾が入っている。万が一の場合はコレを使えと、ある人に言われた」


「――――怪異の使役を教えたヤツがいるわけか。それは誰だ、言え!」


「言えない。貴方もそういう人間なら分かるんじゃないの? 口封じに呪いを受けているの」


 巴さんは舌打ちする。


「だからさ、死ねばいい。そんな人間、死ぬべきだ」


「どうして、どうして同じ職場にした! 偶然にしちゃ、できすぎだろ巻坂!」


 伊達の正面に立ち塞がるようにして、手を広げる。


「それは、見てみたかったからですよ。伊達という殺人犯がどういう男か。でも、過去の事を忘れて、真っ当に生きていた彼が、憎くなった! 殺したいほどに! 苦しんで死ぬように!」


「どんな理由でも、人殺しはダメだ! 巻坂。まだ、まだ戻れる」


「いや、私はもう殺しすぎた! アイツらと同じ、殺人鬼! 不本意とはいえ、一般人も巻き込んだ以上、私はどうせ死ぬ!」


 彼女は既に引き金に指を置いていた。俺は思わず、その覇気に萎縮する。

 巴さんはすぐに俺をしゃがませると、伊達までの道を空ける。


「巴さん! このままじゃ!」


「いいんだよ」


 彼から返って来た回答は、期待していたものじゃなかった。


「アンタって人は!」


 だが、もう行動するには遅かった。伊達の方へとスプリンターみたく走り出したが、背後で銃砲がしたからだ。思わず数秒瞼を閉じる。次に、開いた瞬間見えたのは。

 怯えて小便を漏らす伊達の姿だった。出血もしていない。ただ、気絶したようで、泡を吹いている。


「巻坂さん。アンタの持ってる銃はモデルガンだよ。チープな銀の塗装だなぁと思っていたんだが」


「な――――」


「素人目には、というかプロでも見抜くのは困難だろうけどな、俺にはそういうの分かるんだな。問題なのは、それが何のために渡されたか――――なんだが、やはりそうか。君はどう足掻いて救えない。俺たちが君を犯人と見抜いた時点でデッドエンド。その銃で発砲する行為自体が合図で、つまりは契約不履行の証明ってことかね」


「え、巴さん? 何を言って――――――」


「見ない方がいい。振り返るな。絶対にだ。いいな? そのまま小便垂らしたクソガキを見ておけ!」


 だが俺は、振り返ってしまった。彼女の結末デッドエンドを見届けてしまった。


「あ、あっ、あっ、ああ、ああああああああああ」


 ごきんと、骨が割れ、軋み、歪み。

 皮膚は裂け、破れ、赤い体液を零し。

 首がぐるんと三回転する、その様を。


「――――!」


 嘔吐。夕食の中身を、その場でぶちまけた。


「――――はぁ。だから見るなと言ったのに」


「巴さん!」


 岩座守さんが、巴さんの方へ駆け寄ってくる。コンビニバイト云々の話は、ほっぽり出して逃げて来たようだ。


「この様子だと、無理だったんスね」


「あぁ。恐らくお前の追って――――――」


「そう――――――――」


 もう、そこからの記憶はない。

 気がつけば、家に居た。

 何もする気が起きないまま、ベッドへと倒れ込む。

 そこに一本の電話。


「はい」


「君――――クビね」


 乱暴に切られる電話。受話器の置かれる音が、爆発みたく鳴る。

 天河七楽はこうしてあっさりと、現在の職をクビになってしまった。

 電話を終えて、財布を開く。


「今月、どうしようっか」


 ふと、カード入れに入っていた名刺が目に入った。

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