第8話 真犯人。それは、怪異ではなく
それから数時間後。レストランで夕食を取り、自宅へ戻り着替えると、車で三人、数時間ほど待機した。岩座守さんはガッツリ眠っていたようだし、巴さんは持参していた本を読みふけっていた。眠るにも眠れない俺は、車のデジタル時計ばかり気にして、その度に巴さんは苦笑していた。
動きがあったのは二十二時過ぎ。岩座守さんの運転で、職場のコンビニへと到着した。
「俺、仕事なんですよね、今日。昨日はサボタージュした事になってるし」
自動ドアの前でビクビクしている俺に、巴さんは失笑した。
「君が連絡しないのが悪い。とはいえ、自宅に固定電話はナシ。スマホは粉々。仕方ないか」
「そっス、そっス」
岩座守さんに背中を押され、店舗へと進む。
コンビニの自動ドアは誰だって拒まない。連絡ナシの欠勤ヤロウでもピロンピロンと電子音を鳴らして招き入れるのだ。
「いらっしゃ――――天河さん! 昨日どうした!」
伊達は死人でも見たように、目を丸くして、店員らしからず叫ぶ。
やがて、商品の陳列をやめ立ち上がると、失神しそうなくらい肩を揺すられた。
「悪い。ちょっとバイクで事故してな」
「えー! それで、体は?」
「安心しろ。健康そのものだ。昨日のシフト、どうなった?」
「流石に店長が入りました。俺が代理で一時間、残業はしましたが――――」
「そりゃ、本当に申し訳ない」
「それで、お隣さんは? 天河さん、一応今日も仕事ですけど、できるんですか?」
怪しそうに、まるで詐欺師を見るように、伊達は巴さんを見た。その表情に、巴さんは薄ら笑いを浮かべる。
「今日の仕事。それは問題ない。天河くんの仕事は、この岩座守鷹彦が引き受ける」
つい、と岩座守さんの肩をたぐり寄せる。何も知らなかったようで、彼はキョトンとした顔をした後、
「は、は? ハァーーーーッ⁉」
場所をわきまえず絶叫した。
「ということで、もう一人の店員さん、引き継ぎを頼んだよ」
視線の先にはもう一人の夕勤担当、高校生の松下くん。「あ」とか、「え」とかキョどりながら岩座守さんと巴さんを交互に見ていた。
「は、はははは」
すまない松下くん。今は俺もこの男に従うしかないんだ。この――――不気味な事件を見届けるために。
「伊達くん、だね。少し付き合ってもらおうか」
いやいや、と後ずさりする伊達に、巴さんは続ける。
「おっと、残業なんてよそうぜ。君がそんなにも必死に仕事をする理由を、俺は知っているからさ」
恐怖に萎縮したように、伊達は顔が真っ青になり――――そのまま店外へと駆け出した。
巴さんは舌打ちする。
「追え! 天河!今度の標的はヤツだ!」
「言われなくても!」
俺は彼を追って、駆け出した。
事件の被害者が三人だと知っていた。何故か。そんなものはとっ捕まえて聞けば良い!
◆
「なんで逃げる! なんで逃げるんだ!」
そう叫んでも、とんでもない勢いで街を駆け抜けていく。
数分保たず、俺は彼を見失った。
「クソ!」
位置的には公園の入り口。昨日あんなことがあったんで、入りたくはなかったが。
「ギャーーーーー!」
悲鳴が聞こえてしまったのだから、見逃すわけにはいかない。声の主は間違いなく伊達だった。最悪の事態に備えつつ、走る。
公園は、外からだと広葉樹に阻まれ視界が狭い。これは住宅街と公園を隔てるためのものだ。性質上、公園は開けた土地になる。周囲の家々は、広葉樹がなければ丸見えだ。カーテンをしていたとしても、空き巣からすれば格好のカモになる。セキュリティ上仕方のないこと。
逆に、公園に入ってしまえば中の様子はよく分かる。
入ってすぐ、俺が見たのは。
昨日目撃した巨大で歪な球体関節人形と、目前で怯える伊達の姿。
恐怖はなかった。
俺はすぐ側の小石を持って駆け出すと、数十メートル先の人形に向かって投擲する。
「当たれッ!」
かーん。と、石が跳ね返る。
当然、ダメージは入らないだろう。だけど、怪物のヘイトはこちらに向いた。真っ先に伊達が殺されるリスクは今ガクンと落ちたのだ。
「あ。あ。あ。まわるまわる。まわる。まわる。こんどこそは、まわしてみせる」
昨日殺し損ねた俺を見て、標的を変更。躯体は蜘蛛のように軽々しく跳躍すると、俺の目の前に着地した。
フラッシュバックする昨日の惨状。
吐き気を堪えて、赤子の顔を睨む。
「まわれ、まわれ、まわれ」
「ヒィ!」
今の声は、俺じゃない、伊達の悲鳴だ。まるで次に何が起こるのか知っている風に、彼は目を閉じる。
「まわれ」
赤子の笑い声。
関節がギチギチと軋み、回転を始める。
ぐるん、ぐるん、ぐるん。と、三回転。
しかし残念、
「俺には通用しないんだよ、バケモノ!」
陶磁器みたいに真っ白く艶のある躯体。
顔面目がけて拳を振るう。
「死ね!」
実際それくらいで死にはしない。顔面を殴ったくらいで、この怪物が黙するとも思わない。接触と共に腕に電撃が走る。だが、手応えもあった。
ごしゃ、と頭部の外装は割れ、気色の悪い中身が露呈する。
筋繊維に見せかけた糸状の何か。
ぶるぶると小刻みに揺れる眼球。
怪異は半壊しつつも、まだ笑っている。
「いたい。いたい。いたい」
「痛いのはこっちも同じだっつの」
右腕は、ガラスを貫通し、破片で傷ついたように血まみれで、使い物にならない。骨折とかはしていないけれど、痛みで腕が動かなかった。
まだ四肢は残っている。次は脚へ標的を定め、右脚で勢いよく蹴り上げようとしたとき、ネック・クラッシャーは跳躍した。
「おまえは、いい。おまえは、いい」
「なんだと!」
「ふくしゅう。ふくしゅう。ふくしゅう。ほうふく。ほうふく。あべんじ」
怪異は笑いながら、狙いを再び伊達へと変えた。
「間に合わない!」
ここまで全力ダッシュすること数分。拳を振るった事で息切れが始まっていた。運動する機会なんて社会人になって早々ないことだが、今はそれを酷く後悔した。
だがそれは、ある人の登場で覆される。
「ご苦労」
俺の肩をとんと叩くと、巴さんはのろのろと前へ進む。
ネック・クラッシャーは今にも頭を回転しようとしている。巴さんじゃ、到底間に合わない距離だった。
だがしかし。巴さんが追いついたこと自体おかしなことだった。
俺が追いかけて数分。それでも五分近く全力疾走だったのに、片足を引きずって歩く巴さんが、ここに辿り着くのはおかしい。
ただ、その問題を覆す手段があるとすれば、それは。
「螺旋式。時間掌握、開始」
こつんと、地面に杖突きつけると、巴さんは一瞬にして姿を消す。
瞼を閉じ、次に開けた瞬間には巨大人形の前に立っていた。
「嘘だろ⁉」
薄ら笑いを浮かべながら、巴さんは杖を投げ飛ばすと、本来機能していないはずの脚でしっかりと姿勢を保ち、ほっそりした体をねじる。
そしてワンアクション、攻撃へと転じた。
「ばーん」
ぱっとしないかけ声。
赤色の閃光と共に巴さんの拳が人形を貫く。
銃の発砲にも似た快音を上げ、人形は木っ端微塵に砕け散った。
もう、怪異は九割以上が粉塵と化す。残るはそれの、四肢のみ。直撃を避けたパーツだけがばらばらと散らばっていた。
「今のどうやって――――」
「それは、企業秘密ってもんさ」
駆け寄ると同時、巴さんはその場にあぐらをかいて座り込んだ。
「ひッ!」
伊達はまだ逃げようとしている。
「動くな。お前には聞きたい事が山ほどあるんだ、伊達」
「そうだね。それに、真犯人も来たことだし」
そう言って、巴さんは並び立つ広葉樹の方を見る。そこには確かに人影らしきものがあった。
「もういいだろう? 君の復讐はここで行き止まりだっての」
大声で叫ぶ巴さんに促され、人影は一歩、また一歩と前に進む。影は街灯に照らされた所で歩みを止めた。
その人は。
その女は。
よく見知った、姿の。
「――――巻、坂?」
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