第7話 スピラの魔術師とその弟子

「俺たちも知らない重要なピース。それを何か知っているようだ。よければ話してくれないか? なんせ我々は、怪異の法則性にほとんど気づけていないからな。案件が増えればそれだけ答えに近づくが、その分人は死ぬ。こちらとしてもそういう事態は避けたい」


「一つ、教えてくれないか? そう、被害者の法則性について――――」


「殺害された者の多くが、半グレ暴走族関係者というのがある。十五人中、五人が持つ共通点だよ」


 暴走族関係者――――? まさか、伊達と関わりのある人物ってことか?

 あいつは、昔、そういう部類の男だったと聞いている。今は更生(?)しているけれど、バイクで大暴れしたとは本人談。加入していた暴走族が彼の言う半グレだったとしてもおかしくない。つまり伊達は、次に狙われるターゲットか? いや、だとしても引っかかる。何故三人だと知っていたのか。


「残りの十人は?」


「君のように殺害現場を目撃してしまった、ただの被害者だと睨んでいる。つまり、怪異の目的は、半グレ関係者の殺害。というわけだな」


 繋がった? 繋がってしまったのか、これは。伊達という男と、この事件は濃密に関係していると、確定した?

 そして俺は、遂にその可能性を口にしてしまった。


「伊達――――という男を、アンタは知っているか? おそらく、その半グレの関係者だ。今は既に足を洗っているけど、なんだか色々合致する」


「ふむ。確かに、閲覧した資料の中にそんな名前はあったな。半グレの中核メンバーだ。言えないような犯罪行為にも手を染めている」

 と、男の証言。

 これでもう、頭の中で「伊達の関与」を否定する意見は黙り込んだ。


「そ、の男が犯人もしくは次の標的だという線は?」


「何故そんな答えに辿り着く?」


「彼、俺と同じ職場なんです。今は真っ当に生活しているけど、どうにも最近様子がおかしくて。三日、四日前にさ、アイツは言ったんだ。ネック・クラッシャーに三人殺されたって。目撃者が俺のすぐ側にいる。アンタはいないって言うけど、いたんだよ。これっておかしい事ですよね?」


 なるほど。と、男は不謹慎ながら口角を上げた。そして杖を取り、小椅子から立ち上がる。

「知っている情報をまとめただけかもしれないが、充分すぎる回答だ。おかげで次の獲物を見つけることができた」


 これもあくまで推論だが。と、鉄製の大きな扉の前に立つ。センサーはそれに反応して、ごろごろと自動で扉をスライドさせた。


「待て、待ってくれ! 次の獲物って?」


「伊達石和。その男がの標的というワケだ」


 そう口にして、扉はまた、がらがらと閉じゆく。


「ッ! 待った!」


 俺はベッドから立ち上がり、裸足のまま駆ける。俺には反応しないセンサー。無慈悲に閉じゆく自動ドアを間一髪で通り抜けると、薄暗い回廊を歩く、螺旋巴という男に触れた。


「待って、くれ。俺も行く」


 振り返った男は、しばらく俺の瞳を睨み付けた。


「ほう。いいだろう。君は立ち会っても問題なさそうだ」


 そうしてまた、前を向く。「付いてこい」そう呟いた彼の背中を俺はゆっくりと追いかけた。


 ◆


 彼の言う通り、俺の体は奇蹟的に軽症だった。まだ頭がじんじんと痛いが、これくらいどうってことはない。嘔吐はしたけれど、歩けるし、走れる。食欲もある。何ら問題はなかった。

 秘密のエレベーターに乗せられた俺は、そのまま駐車場へと辿り着いた。


「鷹彦。悪いが寄り道をする」


「構いませんッス」


 鷹彦という男は、緑のミリタリージャケットにジーパンを着ており、ほっそりした体格ながら、身が引き締まっている。筋肉質な体型。厚着をしていても、指先や首元から、鍛えている人だとなんとなく感じた。ただ、耳元にはやたら主張の激しいシルバーの装飾品がまとわりついているし、髪は一部青のメッシュ。チャラチャラした男というのが第一印象だった。それは半年後の今も変わらないが。

 黒いセダンにもたれるようにして、待機していたその男はすぐ運転席へと座り、エンジンをかける。


「乗れ、天河くん」


 病衣のまま、指示された後部座席に座る。


「どうも、天河七楽さん。巴さんの一番弟子で、運転手ドライバー。岩座守鷹彦です」


 弟子を名乗る青年は、快活に微笑むと自己紹介をしてくれた。


「俺はこの通り、運転できる体ではないのでね。法的には可能だが、そういうモノに執着もない。運転は彼に任せているんだよ」


 助手席に座り、巴さんは言った。

 彼は健常者のように歩けない。

 左腕、右脚、左目。おそらくそれらは麻痺し、失明している。ここに来るまでの間、彼の目線や体の動きで気がついたことだ。原因は知らないけれど、きっと楽ではない。憐憫の目で見るわけじゃないけど、俺がそうなれば、きっと自閉的になるだろう。

 だが彼はそうじゃない。怪異の専門家として少なくともこの街を管理している。それって凄い事だと思った。


「しかし、君が俺のような怪しげなをあっさり受け入れたのは意外だな」


 巴さんが手を振って合図する。岩座守さんはそれに応じて車を発進させた。


「そうですか。あの怪異を見た以上、何を言われても驚きませんよ」


「それもそうか」と苦笑した。


「病院を抜け出してもよかったのですか?」


「構わないよ。俺の特権でどうにでもなる」


「それで、今からどこに?」


「君の自宅。とりあえず服がいるだろう? 着ていた服は医者に切り刻まれたからね」


「そんな余裕、あるんですか」


 カーナビ上部に取り付けられたデジタル時計は十七時過ぎ。

 冬だってこともあり、一体は既に暗くなっていた。ネック・クラッシャー。そいつが夜行性だってんなら、既に活動を始めている可能性もあるのだから。


「それは問題ない」


「何故そう言えるのです!」


 ルームミラー越しに、岩座守さんの鋭利な瞳が光る。


「簡単ッスよ。師匠はもう、答えに到達している」


「…………」


 赤信号。停車したしたところで、運転手はカーナビを触る。オーディオをオンにすると、スピーカーから彼好みのロックバンドの曲が流れ始めた。が、隣の男がすぐに曲を変えた。


「いいじゃないッスか、ジーエンド」


 活動自体はここ七年くらい。テレビドラマとのタイアップで近年有名になり始めたロックバンドだ。女性シンガーのハスキーボイスが美しく、俺も度々聴く。


「俺好みじゃない。やかましすぎるんでな」


 そう言って巴さんは、少々古いセンスの曲をチョイスする。岩座守さんは少し不満そうだったが、信号が変わってしまったのもあり、渋々受け入れた。

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