第3話 今は懐かしき、コンビニ就労

「あー、サボりですか? 許せませんね~」


 また一人、従業員が裏に入ってきた。店頭には誰もいない状態だが、この時間は閑散としているし、レジは全部セルフレジ。高性能カメラが商品を読み取って価格を提示し、客はマシンに金を投入するだけ。それでも従業員がいるのは、商品の陳列と清掃、あとは稀にいる万引き犯に目を光らせるためだ。

 なので、全員バックヤードにいてもなんら問題はない。一応、コンビニのマニュアルに、せめて一人は店頭に立てとあるが、そんなもん、誰が守るんだよ。

 入ってきたのはおさげの女性。名を巻坂まきさかかおる

 俺や伊達とは違い、真っ当に生き、真っ当に勉強し、真っ当に働いているアルバイトだ。


 近隣の大学へと進学、現在大学四年生。順当に行けば今年卒業で、就職。もうじきここでの仕事ともおさらばだろう。伊達とは年齢が同じこともあり、波長が合うらしい。仲よさげだ。


「違うよ、いつもの引き継ぎだよ」


「他の話も聞こえましたけどー?」


「そう、なんだっけ。ネック・クラッシャー。伊達さんよ、それはなんだ」


「その話をしていたんですか――――しかも夜に」


「夜だからだよ」


 そうして伊達は、面白おかしくその話を口にする。


「ネック・クラッシャー。妖怪っていうんですか? 最近出るらしいんです。夜中にさ。化け物みたいな姿をした球体関節の人形で、見た人間の首を捻り切るらしいですよ」


「何を言ってんだお前は。見た人間が死ぬなら、目撃者はゼロ。そんな情報ガセに決まってんだろ」


突然浮世離れした事を口走るもんだから、俺は思わず苦笑した。


「けれど、実際死人が出てるんです。首があり得ない方向に曲がった遺体が三人ほど見つかった――!」


 探偵みたいに顎に指を置く伊達。呆れつつも、戯れ言を否定する。


「じゃあどうしてマスコミは報道しない? そういうの好きだろ、アイツら。餌撒いたら鳩みたいに集まってくる。視聴率は稼げるし、甘い汁はちゅーちゅー吸える」


「報道陣に恨みでもあるんですか………」


 巻坂は伊達のおかしな話より、俺の語るマスコミの話に引いていた。


「それは簡単なコトですよ、この事件をサツが隠蔽してるから!」


 喜々として話す伊達に、俺はなんだか違和感を感じた。彼らしくないというか。このときの伊達は野犬みたいな瞳で笑っていた。


「――――疲れてるよ、お前。今週のシフトの入り方明らかにおかしいし。休め、とっとと休め。だからそんな妄想が生まれるの」


 机の引き出しを開けて、店長お手製のシフト表を見る。今週の伊達のシフトはおかしかった。一ヶ月前に確定していたはずのシフトに斜線が入り、修正。空いたシフトに伊達が入る。


 労基にチクれば、形式だけでも間違いなく指導が入るだろう。一日十時間、それがもう九日連続して続いている。 

 他の従業員の都合が悪くなったから伊達が入ったというより、伊達が無理を言って交代してもらったように見える。前者なら伊達だけを無理にシフトへ組み込む必要はないのだから。それこそ、俺や他の従業員に回せばいい。朝勤は体調的に無理だが、夕勤ならまだやれるわけだし。


 何か、高い買い物でもしたいのか? もしくは、既にクレジットカードの請求がヤバいとか?

 ともかく、彼のシフトは異常だった。疲れるのも仕方ないと思えるほどに。


「そうですね、伊達さん疲れてますよ。早く退勤しましょう」


 巻坂が伊達の背中を押して、退勤を催促する。


「そうしろそうしろ。もう引き継ぎは終わったんだ。タイムカード切れ」


 伊達の首元から、ネックレス式の非常用ブザーを無理矢理奪うと、俺はバックヤードを去る。


 ◆


 途中で終わっていたスナック菓子の陳列を続けていると、バックヤードから私服に着替えた巻坂が現われた。


「おつかれさまです!」


「おつかれ~…………?」


 彼女が妙に不機嫌だったので、何事かと思えば、伊達はまだ制服を着たまま、チルド弁当の並べ直しを行っていた。


「伊達」


 流石に見過ごせない。タイムカードは既に切っているはずだ。つまり今、無償で働いている。夜勤は基本俺一人。棚おろしの日は別だが、格段今日は忙しいわけでもない。早く退勤させなくては、俺がしばかれる。肩をぐんと引っ張って、やめさせようとするが、それでも伊達は動かなかった。


「たまにはいいじゃないですか。残業、してみるもんでしょ?」


 言っても聞かない。ここで俺に任された仕事が遅れていくのは嫌だった。

 大きくため息をつく。


「三十分が限度、だぞ」


「はーい」


 結局伊達は、その後一時間も残業した。

 途中、セルフレジの紙幣が詰まったので、こちらとしてもその対応をしてくれたのはありがたかったが、来週もこの状態だったら叱ろうと、そう思った。

 そして、これが事件の始まり。夜の街でそんな事が起きていると知ってしまったとき、俺は既に巻き込まれる運命になったのだ。

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