Ⅲ-アヴェンジ・ネック・クラッシャー

第1話 首ねじれ事件

「少しはマシになってきたな」


「よしっ!」


 初めての高評価に、花鳥はガッツポーズを決めた。

 別に紅茶マイスターとかではないのだが、花鳥琥珀の淹れた紅茶はマジで不味かった。茶葉の知識のない一般人でも顔をしかめるくらいには。

 だがそれも今は改善されている。彼女の淹れた紅茶を飲みながら、ふかふかのソファに座り直す。


 事件がなくとも、事務所に集うことはよくあることだ。巴さんは平日昼間から気持ちよさそうに椅子で眠っている。


 歩合性である以上、出勤した所で何の意味もないのだが(ちなみに花鳥のみ時給制だ。ずるい)、それぞれが趣味に時間を投じる。なぜ集合するかってそれは、一人暮らしで自室に籠もるよりは、ここに居る方が落ち着くから。だろう。岩座守がここで一泊する癖は、花鳥琥珀がアルバイトとして雇われてからガクンと減った。一時期は巴さんが賃貸として貸し出している、二階の友人の部屋へ入り浸っていたけれど、上の住民は神経質なんで、長期間の同居なんて無理だ。流石に追い出されたらしい。今日も顔を出していない。花鳥の夢魔事件から、まだ一ヶ月も経過していないから、仕方のないことだろう。


「しかしさ、花鳥」


 その呼び方が嫌いなのか、目を細める。


「こ・は・く!」


「しかしさ、花鳥さん」


「こ・は・く・で・す!」


「うるさいな。そういうのは余所でやれ」


 巴さんが、瞼を閉じたまま舌打ちしたことで、やっと、花鳥は大声で喋るのを止めた。

 と、このように、花鳥琥珀は名前を呼びを強要してきて、うざいくらい馴れ馴れしい。それも何故か、俺だけに。一体どうなっているのやら。理由を探せば、俺が花鳥の、夢魔としての暴走に一役買ったことだろうか。けれどそれだけで好感が持てるか? お前が手首に巻いてる数珠、俺の肋骨を削り出したモノなんだぜ? ドラクエの呪いの装備じゃねーか。いや、そんなネガティブ効果はないけどさ。


「それでな、花鳥。夏休みとはいえ、受験勉強とかあるでしょうに。こんな場所で油売ってていいのかよ」


 季節は現在八月。そろそろお受験の時間です。こんな場所でアルバイトをしている場合ではありません。てか、本来ならアルバイトをすること自体おかしい。彼女は中学三年生。一番緊迫した時期だと思うのだが。


「問題ありません! 私成績はそこそこなんで!」


 上層部に報告する軍人みたく、なんで敬礼するの?


「いいわけあるか」


「あ、そうだ」


 トレイをテーブルに置くと、俺の隣に座り直す。いや、正面にもソファあるでしょ。そっちに座れよ。近い近い。


「天河さんの体験した、怪異のお話、聞かせてくださいよ」


「そんな気持ちのいいものじゃないぞ」


 くりんとした瞳で見つめられたものだから、思わず目を逸らす。何をドキッとしているんだ。相手は十歳も離れたガキだっての。


「えー、でも気になる~! 夏と言えば怪談怪談~!」


 彼女は座りながら地団駄を踏む。


「いや、人が死んでいるからさ」


「あ、ごめんなさい」


 流石にそこはわきまえているか。


「待てテンカワ。花鳥にこの世界の危険性を教える良い機会だ。語ってやれ」


 瞼を閉じたまま、椅子を倒してリクライニングしている巴さんが、口を開いた。


「けど、早すぎませんか? この手の話は」


「仏さんの写真を見せるわけじゃない。口頭で語れば丁度良い塩梅になる」


「そっすか――――しゃーない。じゃあ教えてやるよ」


 人様に話すのは初めてで、これがきっかけだった。

 俺が初めて巻き込まれた怪異事件にして、俺をこちら側の世界へと踏み込ませた原因。

 岩座守からは、「首ねじれ事件」と呼ばれる、凄惨な事件の内容を。

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