第4話 想像したくないほどの――――。
◆
「――――後天性の怪異。間違いじゃないぞ、テンカワ。お前の考察は的を得ている。花鳥琥珀という少女は、サキュバスもしくはそれに似た夢魔の末裔で、隔世遺伝で力に目覚めたのだろう。怪異にしちゃやり方が乱雑だったし、もっと早く気づけたことだな」
巴さんは舌打ちすると、二本目の煙草を口にくわえる。
「じゃあつまり、今回の事件は全員が被害者ってことですか」
その問いに、彼は頷いた。
「
夢魔との間に子供ができたという逸話は古来より存在する。その末裔が今になって出てきても、この業界にとっちゃおかしなことではない。
彼女はそのなり損ない。つまり、サキュバスでもない。ただ生気を吸い取り続ける、機械のようなものか。
「岩座守が意識を失ったままなのは?」
「それはやはり、いい獲物だったからだろう。俺たちのような人間は、魔術という手段を用いて、怪異と密接に関わっている。それ故引き込まれたのさ」
「しかし、俺や師匠は被害を受けなかった――――どうして岩座守だけ」
「そりゃオマエ、否定、拒絶に関しちゃ、特別な体だからだろ」
「でも師匠はそうじゃない。俺みたいに体質上呪詛とかの干渉を跳ね返す人間はともかく、なんで狙われなかった?」
巴さんはいつもより長く煙を吸って、悩んだように天井を見上げた。
「あくまでもこれは考察だ――――俺の予想でしかない。気分の悪いものだが、それでも聞くか?」
俺はその問いに頷く。
本当は話したくなさそうだった。だが、頷いた以上仕方ない。そんな風に巴さんは自分の推理を語る。
「彼女は夢の中で助けを求めていると言ったな。それは何故だと思う?」
「夢の中から抜け出せなかったとかですかね?」
十点だ。と笑う。
「そんな甘いモンじゃない。考えてみろ、夢魔になったとはいえ、力の暴走で望まずして男の夢に侵入しているとしたら? そして、望まずして犯されているとすれば?」
「――――そんなのって」
「あぁ、むしろ被害者は彼女の方だ。花鳥琥珀という少女は、未成年、もしかしたら結婚できる年齢でもないかもしれん。にもかかわらず、自分の近く、おそらく半径数十キロで睡眠を取る男の大半に犯されているんだよ」
思わず、吐き気を催す。乾いた口を潤すために、テーブルにあったコップで水を飲む。
「レイプというより、乱交。それ以上に酷い地獄か。夢を見ている人間にそんな罪悪感は勿論ないだろうさ。花鳥琥珀という少女は自分の像を使って夢に登場しているわけじゃない。幻影みたいに分身して、ガワは夢を見た男の好みに調節されているのだから、それはあくまでも夢。中途半端な明晰夢に登場させられて、発散の道具として使われているのだろう。夢の数だけ夢魔は増えるが、結局のところを本体は一つ。少女はその感覚とずっと繋がれたままだ」
過去に体験した、中途半端な明晰夢の事を思い出す。ざっくざくと体を解体される、悪夢を。あんなのと同じ気分を何度も何度も経験するのと同義だ。
岩座守の夢に潜った際、彼女が意思を持ち行動できたのは、俺という第三者の介入により、夢が更に繊細に描写されたことで、体に自由が戻ったからだと考えるのが妥当だろう。
彼女はそんな中、俺に助けを求めたのか。だというのに、だというのに。
「俺は、また、救おうともしなかった」
後悔の告白など無視し、巴さんは机にあった資料を選びながら、再び目を通す。
「彼女の対象に取られる人間は、そうだな、童貞であり、精通している男児であれば全員か。
「そんなこと言ってる場合ですか」
自然と拳に力が入った。
「――――そうだな。少女は永遠に夢の中。生命力は男共から補填されているから死ぬ心配はないが、その悪夢から抜け出せない。ついでに、岩座守も帰ってこない」
「何か策は?」
「怪異性だけを殺す妖刀とか、魔法のアイテムでもあればよかったのだが、生憎そんなものはない。いや、あったにはあったけど俺が随分昔に破壊してしまった。彼女を殺すのが、彼女のためになるだろう。お前が名前を聞いてくれたのは不幸中の幸いだ。すぐに特定できる」
「――――しかしそれはあまりにも」
「助けたいか? だが所詮はただの部外者。同じ街で育ったとはいえ、肩入れする必要はないんじゃないかな?」
刃物みたに鋭い眼光が俺の心を刺す。
「随分と冷淡な対処ですね」
その言葉に、巴さんは苦笑する。
らしくねーな、と笑う。
「おいおい、殺しはこれが初めてじゃないくせに。カマキリ男だって殺しただろ。今回もそれと同じだよ」
「そう、ですね。でも、事情を知った以上、殺そうとは思えない。岩座守には悪いけど」
「鷹彦の命は耐えて二日。それ以降は奇蹟のような確率になるだろう。悪いが、身内の危機なら子供だろうが殺すよ」
「巴さん、娘さんがいましたよね。罪悪感とかは、ないんですか」
卑怯な挑発だと思う。言った後、酷く後悔した。自分の恩師になんて口を叩いているのだろう。
でも、巴さんは怒りもしなかった。深くため息をついて、俺に一つの提案をする。
「分かった分かった――――助ける方法ならある。ただ、お前には少し痛い思いをしてもらうことになるが」
構わないか? と問う巴さん。
考える余地もない。俺はすぐに頷いた。
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