第3話 つまり、正義などない。
後日談。
「カマキリ男とは、ふざけたネーミングだ。けれど的を得ているね」
あまりにも、見た目の違う写真に、一度は間違いではないかと思ったほどだ。
だが違った。写真では痩せこけているこの男は、人肉を食らうことで急激な体重増加を引き起こしていたのだ。
「どうして人肉を食おうと思ったのか、流石にそこまでは理解できない。というか、理解してしまったらそれこそサイコパスだし」
そうおっしゃるこの方は、俺の師であり恩人だ。怪異事件に巻き込まれた俺を救ってくれて、おまけに仕事を斡旋してくれた。まぁ、その仕事ってのは命がけだけど。
当時夜勤のコンビニパートをクビになった直後だった俺は、招かれるままにこの仕事に就職した。問題だったのは命がいくつあっても足りないという点だろうか。
更に問題点追加。そういえば致命的なのがあった。この仕事、正社員とかで雇ってくれない。驚くことに歩合制である。契約なんてありはしないし、仕事をこなせば札束がドンと手渡されるだけで福利厚生? 社会保険? なにそれ? って状態なので普通にブラックだろう。だが、それでも俺はこの仕事を選んだ。現れた怪異に順当な処分を下すこの仕事を。
つまらない話になるが、俺は中学生の頃から起立性障害を患っており、朝にめっぽう弱かった。とはいえ、学校とは朝から行くもので、夜から始まるものではない。病気だろうがなんだろうが、学校は問答無用で成績・①をくれるのです。病院に行って処方とかいっぱいしてもらったけど、相変わらずでございます。運が悪かったのは、両親がそういう病気に一切理解を示さなかったこと。おかげで学校に対してもずさんな対応だった。(その結果が成績①だったとも言える)
中学の頃の成績は最低で、高校は単位制へと進学。なんとか卒業はしたものの、鬱っぽくて何のやる気も出なかった。それでも就職はせねばと落ち着いたのがコンビニの夜勤だったわけだが、それも出勤途中に怪異に出逢った事でしばらく休むことになってそのままクビ。長年その店舗のために働いたというのに、ひどくあっさりした最後だった。一人暮らし、当然のごとく高校卒業と同時に親に勘当されていたので詰みでした。
そんな時助けてくれたのが巴さん。「俺と働くか?」なんて甘い誘いを受け、ホイホイついてきて今こうなっている。とはいえ、何も文句はない。怪奇事件はほとんどが決まって夜間に発生するし、夜行性の俺にとっちゃ都合がよかった。なにしろ遅刻しようが怒られもしない。その辺もグダグタなので、丁度いい。
そんなグズの経歴はこんなものにして、そろそろ話を戻そう。
「それで、精神超越だったんでしょ? あの男」
簡単に言えば新種の人間だ。あの男はそういうモノになってしまった。なってしまったが故、カニバリズムなんて始めてしまった。動機としてはただそれだけ。
推察通り、巴さんは頷いた。
「しばらくぶりだ。この類いとまともに殺り合ったのは十七の時が最初だったな」
「十七で! すげーや、さすがししょー!」
背後のソファで眠っていたはずの岩座守が飛び起きて、手を叩く。
コイツ、家がないのか、帰るのが面倒なのか、表向きはデザイン会社になっている巴さんの事務所をねぐらにしている。築年数は半世紀以上とおんぼろだが、内装とかは最新鋭だし、気に入るのも仕方ないけどさ。
「嫌な思い出だよ」
「それって例の解体殺人?」
過去に度々聞いたことがある。この街で起きた大事件。解体殺人なんて単語はこの業界のみに通じる名称で、表向きは地下街の天井が崩落した事で発生した死亡事故という事になっている。それなら俺もよく知っている話なのだが(なにせ被害者家族が知人にいるくらい)、その真相を語られたときは思わず唸ってしまった。
なんでも、地下の天井が崩落したんじゃなくて、崩落したと思わせるほど無惨に人が全員死んで、バラバラに解体されていたとか。想像もしたくないが、巴さんはかつてその、化け物みたいな殺人鬼を相手にしたことがあるらしい。
そして、その男も精神超越した人間だったという。
「あぁ、そうだ。複数持ちの異能使いを相手にした話な。腕の水晶化にゴジラみたいな熱線の放射、他者の異能の複製に透明化。そして身体蘇生――――もう二度と戦いたくないよ。ああいうの」
「仮面ライダーじゃん」
岩座守、それはちょっと違うと思うけどな。
今、半身が麻痺している巴さんがどんな風に戦ったのか想像もできないけれど、この人が本気になればそれくらい軽く捻るだけで済むのだろうなと思った。
「だから今回のは、カマキリ男も被害者と言っていいだろう。本人には、そういう才能があっただけで、自分の意思じゃないからな」
巴さんの眺める写真の男は、先日相まみえたカマキリ男とは、人相も、若さも違う。突然目覚めてしまった異能に、対応できなかった末の学校での暴走だったのか。
夜の学校、しかも夏休みともなれば、潜伏場所としてもってこいだ。そう、思っていたが、逆だったのかもしれない。結果的に学校はあの男の根城となり、カニバリズムの行われる巣になったわけだけど、最初に学校を訪れたのは、自分が暴走してしまったから。つまり、人を避けるため、人の少ない場所に入り込んだ可能性もあるのか。
そして、彼が所持していたラジカセもまた、捉え方によっちゃ、大きく意味の変わるアイテムだろう。
『死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』
たとえば、自分の口から発せられる、罵詈雑言をかき消すために爆音の音楽を流していたとすれば? 納得がいく。解釈によっては同情の余地が出てきてしまう。昼間に騒音騒ぎが起きなかったのは簡単なことで、人目につかない場所(それこそ屋上とか)で、眠っていたのだろう。いかにも昼夜逆転していそうなヤツだったから、なんらおかしくはない。
そうか、俺はそんな人間を助けようともせず、殺したのか。
「解体殺人の際の精神超越は――――人為的に引き起こされたものだが、これは突然変異のように度々記録、確認されている。その大半は感応が進化する過程で精神を摩耗し、異端と化した自分を認められず暴走するんだ。つまり今回の件も、精神超越の類いではよくある凡例ってことだな」
「これから増えるって可能性は?」
俺はそれで、人を殺したわけだし。元人間、そう呼称されたとしても罪の意識はある。既に何度か経験しているとはいえ、やはり不快極まりないものだ。合法の殺人といえど、最初は悪夢が酷かった。
「連鎖的に覚醒する連中が出てくるのはゼロではないな」
「精神超越は感染するってことか?」
「――――否定はしない。だがまぁ、お前たちがああなることはないだろう」
俺がよく見ているからな、と。
ふーむ。
重苦しい雰囲気が嫌いなのか、岩座守はソファを離れると、トイレに籠もってしまった。
「しかし、オマエが呪詛返しを強引に成立させたのは素晴らしい成長だ」
「そう誇れるようなものではないと思いますが」
結果、一瞬で対象を殺してしまったわけだし。
「いや、俺も易々とオマエを殺せなくなったのだから、いいんじゃないか?」
え? 隙あらば殺そうとしていたんですか? 弟子を?
なんて目を丸くする俺を見て、巴さんは微笑むと、
「冗談さ。だが、使い方には気をつけろ。魔術っていうのは時に自らを痛めつける」
彼は麻痺してしまった左腕へと目をやって、そう警告した。
巴さんは若い頃、魔術の対価として神経の半分がまともに機能しなくなったらしい。左目、左腕、右脚。その事に対し、彼は多くを語らないけれど、きっと相応に苦しんだ。
そんな思いはしてほしくない。少なくとも弟子が同じ結末に至るのは嫌だから。
彼は自嘲的に笑いながら、弟子に警鐘を鳴らすのだった。
◆
岩座守にマンティス事件なんて名付けられたこの一件は、そう笑い話にできるものではく、不謹慎な名称だとも思った。そして、人死にが出ている以上、俺は自分の不甲斐なさを痛感する。
『我々が被害者を数えるのは無駄で、自傷行為』
なんて巴さんは言うけれど、それでも考えることをやめてしまってはいけないと思う。
今回の事件は街に平穏を取り戻すことができた出来事でもあったけれど、力に苦しむ人間を一方的に否定し、殺した、胸くそ悪い結末でもあった。たとえそれが食人鬼であろうと、元は人間なのだから。
罪悪感が湧き出したのは、精神超越は誰にでも起きる可能性のある現象だと知ってから。それは、巴さんが解体殺人の話を持ち出すまで知らなかった知識だ。
事前情報が少なかった以上、それも仕方のないことだと。巴さんも、岩座守も言う。
男を殺した事を誰も、何も、責め立てはしないけど、俺はなんだか辛かった。
あの夜、自分が下した選択は間違いなのではないのかと、そう、思ってしまう部分があった。
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