二二章 それは腐界
「ハ、ハアハア……」
ハリエットは
ハリエットだけではない。その側にはジェイとアステスがいて、このふたりもまた
そのふたりにしてこれほどまでに
「……な、なんと言うことでしょう」
やっとのことで息を整えたハリエットがあえぎながらそう言った。
「まさか、下水というものがあんな場所だったなんて……」
現場の苦労を知るために計画した下水掃除。それを体験して地上に、自分たちの世界に戻ってきたところだった。
「……あのひどい匂い。
戦場で剣を振るい、血と肉片のなかで生きてきたジェイでさえ、そう呻いた。
「……たしかに」
と、アステスも愛らしい顔を真っ白にしてあえいだ。
「私も認識を改めました。下水掃除に
「その通りです」
ハリエットがようやく背筋を伸ばして答えた。
「あんな場所で働かせるなんて人間の
「はい。知らないうちはともかく、知ってしまったからにはもういままでのようには暮らせません。いつ、あのひどい空気や害虫の群れが我々の足元に現れるかも知れないと思うと……」
戦場では怖れるものなどなにもないジェイでさえ、その想像には
「まったくです。下水の実態を知ってしまったからにはもういままでのような暮らしはできません。これは、
幸い、ポリエバトルから土木作業の専門形が派遣されてきます。かの
「それが適切です」と、アステス。
「私も専門家たちの意見を聞いて考えてみます」
戦士としての働きではなく、組織の運営と装備品の工夫とでジェイを支えてきたアステスである。『下水の改善』という課題が見つかったとなれば、自ら解決したくもなる。
「ですが、今回は良い経験になりました」
キッパリと――。
ハリエットはそう言い切った。その姿からはたしかに『国王』としての
「もし、少しでも下水のことを知っていたら、とても実際に潜る勇気はもてなかったでしょう。なにも知らなかったからこそ潜る気になり、実態を知ることが出来た。社会の底辺に生きる人たちがどれほどの苦労をしてわたしたちの生活を支えてくれているか。それを知ることが出来たのは大きな収穫でした」
「……はい」
と、社会の底辺に生きるものにはなにかと厳しいアステスでさえ、神妙な面持ちでそううなずいた。それほど、下水の実態を知った衝撃は大きかったのだ。
「……そして、もうひとつ。重要な
あんな仕事は絶対にしたくない。まして、自分の子供にはさせられない。でも、誰かがやらなければならない仕事。自分の子供にさせられないなら他人の子供にさせるしかない。そのためには、
『誰もやりたくないけど、誰かがやらなければならない仕事』
それがある限り差別はなくならない。そのことを思い知りました」
「……たしかに」と、ジェイ。
「私も自分の子供にあんな仕事はさせられません。そのためなら、どんな差別でも行い、他人の子供にやらせることでしょう」
ジェイのその言葉に――。
アステスも無言のままにうなずいた。言葉にしないだけにその思いはより深いものだったかも知れない。
「この世から差別をなくし、人々の平等を達成するためには『誰もやりたくないけど誰かがやらなければならない仕事』をなくすしかない。そのために……みんなで知恵を絞りましょう」
ほどなくして、地下通路を開設するための人員が集まった。ポリエバトルからは鉱山の仕事に
ポリエバトルの
レオンハルト王都ユキュノクレストからエンカウンの町まで地下通路をつなげる、と言う計画に関しては事前に説明されていたし、それぞれに試案も重ねていたので話はすぐにすんだ。やることと言ったら簡単な調整ぐらいのものだった。
本題を早々に終わらせたハリエットは、新たなる
「なるほど。下水の改善ですか」
「はい。あのような劣悪な環境のもとで人を働かせておくわけには行きません。最初は、ゴーレムを使ってなんとか出来ないかと思ったのですが……」
と、ハリエットはオウランからやってきた人形使いの一団を見た。人形使いの
「無意味ですな。掃除というのはあれで意外と
そもそも、人形使いの数が限られているのですから、大陸中の下水を掃除してまわるなど不可能ですし。
人形使いの長はそう付け加えた。その言葉にハリエットはうなずいた。
「はい。そう聞きました。ですから、なんとか下水そのものをかえられないかと思い、ご相談しているのですが……」
自信なさそうにそう言うハリエットに対し、
「そういうことなら心当たりがあります」
「心当たり?」
「はい。わしの知り合いにチノという老人がおります。この男が以前、面白いことを話しておりました」
「面白いこと?」
「はい。なんでも『下水を地下世界の庭園にかえる』とか」
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