二〇章 男装騎士チャップ
「自分も
早馬を飛ばして追いかけてきた騎士は、馬からおりるなりそう叫んだ。体に比べて大きすぎる鎧を着ているために、動くたびに鎧が動いてガチャガチャと耳障りな音を立てる。若々しい顔に浮かぶ表情の必死さときたら、放っておけば地面に五体を投げ出して
アーデルハイドはその騎士の顔を見つめた。その顔には覚えがあった。三年前、ウォルターの屋敷で一度、会ったことがあるだけの相手だが、その顔と名前を思い出すのに苦労する必要はなかった。
アーデルハイドの記憶力がそれだけ優れている、と言うこともある。
しかし、それ以上にその一回限りの出会いは忘れられないものだった。
「チャップ
「覚えていてくださいましたか!」
チャップは顔いっぱいに喜びを爆発させた。その喜びは自分のことを覚えていてくれたことに対してではなく、『メイズ
アーデルハイドはうなずいた。
「もちろんです。あなたの届けてくれた資料は今後の人類にとって宝となるもの。すべての資料は書き写し、人類全体で共有する記録となっています。かくも貴重な資料を届けくれたあなたの働きには感謝の言葉もありません」
「と、とんでもありません……! メイズ
チャップはしゃちほこばって答えた。その態度は見る人を『どれだけメイズのことを
「アーデルハイドさま」
横からカンナが口を出した。
アーデルハイドは同行者たちにチャップのことを紹介した。
「かの
紹介されてチャップは、あわてて騎士の礼を取った。
「ほう。
エイハブがニヤリ、と、笑いながら言った。『
「で、その勇士さまがなんの用だってんだ?」
エイハブが尋ねた。
チャップがムッとした表情になったのは、自分はあくまでもアーデルハイドを相手に話をしているのに横から口を挟まれたからである。また、エイハブの『勇士さま』という言い方がわざとかどうかはわからないが、からかい半分に聞こえるものであったことも一因だろう。
とは言え、チャップとしてはアーデルハイドの同行者に
「アーデルハイドさまが
「メイズ
「メイズ?
「
アーデルハイドがそう答えた。
天下無双の剛勇だが、単純さでも無双だったウォルターの影響か、戦場以外のことがまるで目に入らなくなっていた
それが、メイズ。
そのために、ウォルターに幾度となく意見して、
「メイズ
チャップは迷いのない確信をもってそう叫んだ。
「いまも
「おいおい、そいつは無理だろ」
エイハブがはっきりと
「敵の本拠地に置き去りになって三年。それで生きてるわけがねえ。生きているとしても奴隷――いや、
「黙れ!」
「はっ?」
「メイズ
チャップは腰の剣に手をかけた。
「おっ?」と、エイハブの表情がかわった。愛用の獲物である
エイハブとしては別にチャップと
――
エイハブは舌なめずりしながら
チャップとエイハブ。
若き騎士と
大きすぎる鎧を着込んだ小柄な人物と、分厚い筋肉の鎧をまとった
対照的なふたりは
そのとき、アーデルハイドが動いた。土埃の舞う街道よりも、王宮の
アーデルハイドはチャップに話しかけた。
「メイズ
「それなら……!」
チャップの顔がパアッと明るくなった。アーデルハイドはその希望を摘み取るように手厳しく言った。
「ですが、わたしは
「も、もちろんです……!」
チャップは
「それが、アーデルハイドさまのご意志だというのなら従います。ですから、自分も一緒に……」
「なに言ってるの、だめに決まってるでしょう!」
もう耐えられない、とばかりにカンナが叫んだ。その目はひどくつりあがり、怒りの炎が燃えている。
「アーデルハイドさまは
「そ、それは……」
チャップは思わぬ攻撃にうろたえたようだった。
思わず言葉を失ったチャップにかわり、アーデルハイドがカンナに尋ねた。
「つまり、男でなければいいのね?」
「えっ? え、ええ、まあ、それは……」
「だったら、問題ないわ。かの
アーデルハイドのその言葉は――。
その場にいる全員を凍りつかせた。
チャップは大きすぎる鎧を脱ぎ、私服姿となって再び姿を現わした。恥ずかしそうにうつむくその姿。『女』としての姿を人目にさらすのはもう何年ぶりだろう。男子としても短めの髪のせいか少年的な印象ではあるが、その顔の
「……なんで、男の振りなんかしてたのよ?」
カンナが
「じ、自分はどうしても人類のために戦いたくって……
「でも、軍隊に入るからには身体検査ぐらいあるでしょう。良くごまかせたわね」と、エムロウド。
「当時の
「なるほどね」と、リーザ。
「でも、ハイディ。あんた、よく、かの
リーザの言葉にエイハブとエムロウドもコクコクとうなずく。カンナは腹が立ちすぎてうなずくどころではない。
「『
当然のごとく、そう答えるアーデルハイドであった。
「とにかく、カンナ。チャップが女性である以上、同行を拒否する理由はなくなった。そうでしょう?」
「そ、それはまあ……」
カンナは口ごもった。ジロリ、と、チャップを
「た、たしかに
チャップは
アーデルハイドがカンナに対し、
「カンナ。チャップ
「……はい」
カンナはうなずいた。納得したわけではないが敬愛する主人にそう言われてはそれ以上、こだわるわけにも行かなかった。
「それじゃ……!」
「ええ。チャップ
「はい!」
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