第四話 現実を知る
一九章 皇帝アーデルハイト
「本当に
カンナの
レオンハルト王国王都ユキュノクレストに通じる街道。その上を行く『ジョニー・アップルグランパ』の馬車のなかでのことだった。
馬車のなかにはアーデルハイドをはじめ、その番犬をもって任じるカンナ、隊商『ジョニー・アップルグランパ』の代表を務めるリーザ。〝
大陸中を股にかける隊商の馬車とあって常識外れなまでに大きい。八頭に及ぶ大型馬によって引かれ、食糧をぎっしりと詰め込んだ巨大な荷車を引いている。客車も広く、大きく、天井も高い。馬車と言うよりまるでホテルの一室のような
アーデルハイド、カンナ、リーザ、エムロウド、この女性四人だけなら余裕のたっぷリある広々とした空間を感じさせたことだろう。しかし――。
そこにエイハブが加わるとなると話がちがう。かつての
その巨体にふさわしく重量もとんでもなく、さしもの丈夫な座席もかの
この三年間で
その横には三年前とかわらず筆頭愛人の立場にいるエムロウドが座っている。下品と紙一重の
そして、リーザ。
隊商『ジョニー・アップルグランパ』の代表を務めるかの
そのリーザが代表を務める『ジョニー・アップルグランパ』。
――戦争になっても腹いっぱい食いたい。
片田舎の名もない男のその思いから生まれたこの隊商はいまや、大陸全土の流通を制する大陸最大の商会となっていた。各国が
とは言え、リーザは金のために『ジョニー・アップルグランパ』を率いているのではない。その活動理念はただひとつ。
すべての人に腹いっぱい食べてもらう。
その一点である。
そのためにリンゴをはじめ、アンズやイチジク、ナツメヤシなどの果樹類、さらには、クルミやアーモンドと言ったナッツ類の
それだけではない。
大陸全土を網の目のように走る街道。その街道沿いすべてにリンゴの木を植える。
そのことを目的とし、
隊商として稼いだ金の大半はその目的のために費やされてきた。いま、こうして、馬車の通る街道の両脇にも人の背丈よりも低いリンゴの木がズラリと並び、緑の葉を繁らせ、白い花を咲かせている。
吹きくる風のなかにはリンゴの花の甘酸っぱい匂いが立ちこめ、その匂いに惹かれたミツバチたちが羽音を立てて飛びまわっている。リンゴとはちがう甘い香りが風のなかに混じっているのは、このハチたちを使ってハチミツを採る
リンゴは品種を選べば初夏から初冬まで長きに渡って収穫出来る。人間だけでは食べきれず、熟れて地面に落ちたリンゴは|山
そして、これらのリンゴの木は行軍中の兵士たちや、
勇者の死より三年。
人類が必死の防衛戦に耐えられたのも、これらの無数と言っていいリンゴの木があればこそだった。それがなければ人類はとっくに飢えと渇きに襲われ、自滅していただろう。
リーザと『ジョニー・アップルグランパ』はその名の由来となった人物、たったひとりで黙々とリンゴの栽培に取り組み、ついに
そして、〝
エイハブが
それは、ひとえにアーデルハイドの存在によった。
――〝
その噂――それは噂ではなく、完全な事実だった――が大陸中に広まることで加入を希望する男たちが殺到したのだ。そのおかげで〝
アーデルハイド本人はそんなことは気にもとめず、集まった男たちに約束通りの報酬を支払い、報いてきた。その数はこの三年間で数百にも達する。それもあって、〝
実際、正面から戦えば人類軍の切り札として編成された
『ジョニー・アップルグランパ』と〝
そのふたつを両手に握り、統率しているのがアーデルハイド。
大陸最大の財力と大陸最強格の武力とを有しているわけで『国土なき大陸皇帝』と称されるのも納得の威力をもっているのだった。
そして、いま、その国土なき皇帝が単身、
「無茶です!」
アーデルハイドの番犬を自らもって任じるカンナが叫んだ。
三年前は
もともとは、エイハブによって案内兼監視役として付けられたのだが、世界の将来を思うアーデルハイドの姿勢に心打たれ、心からの忠誠を捧げるようになった。その思いは例えば、ジェイに対するアステスの思いに比べてもひけはとらない。
そのカンナにしてみれば、たったひとりで敵の本拠地に乗り込むなどと言う
「これは必要なことなのよ、カンナ。わたしたちは
「でも……!」
カンナの叫びにリーザの不安そうな声が重なった。
「でも、ハイディ……」
『ハイディ』と、リーザはアーデルハイドのことを愛称で呼ぶ。
「あんたがいなくなったら『ジョニー・アップルグランパ』はどうなるんだい? あんたが各地の商人をまとめあげ、ここまでにしたんじゃないか。そのあんたがいなくなったら……」
「『ジョニー・アップルグランパ』はもともとあなたが代表を勤める組織でしょう。だいじょうぶ。各地の商人はあなたのことを知っているし、あなたがいれば、わたし抜きでも立派にやっていけるわ」
「しかしなあ」
と、エイハブ。アーデルハイドのことを『度胸がある』と感心すればいいのか、『
「さすがに、丸腰で行くってのは無茶すぎると思うぞ。護衛ぐらいは付けたらどうだ?」
「わたしは
「しかしだな……」
「そもそも、敵の本拠地に乗り込むのに少しばかりの護衛を付けていても意味はないわ。逆に危険がますだけ。非武装の方が相手も手を出しにくいでしょう」
「それは、人間の場合でしょ」と、エムロウド。
「鬼ども相手にそんな常識は通用しないんじゃない?」
三年前は『男を食い物にする
そんな『
「だから、それを知りに行くんでしょう。どのみち、この戦いに敗れればわたしたちは家畜にされる。狩りの獲物とするための子供を無理やり生まされるぐらいなら、一思いに食われた方がよほどマシだわ」
カンナ、リーザ、エムロウド。その三人がそろってうなずいたのは女性としてはごく自然な心理だったろう。
「……わかりました」
カンナもついに言った。しかし、その表情にあるものはあきらめではなく、アーデルハイドにも勝る決意だった。
「もうおとめはしません。でも、アーデルハイドさまが行かれるなら、あたしも行きます。これだけは譲れません。反対しても無駄ですからね。絶対ぜったいあたしもついていきます」
カンナのその言葉に、アーデルハイドは――。
「当たり前でしょう」
そう答えた。
「あなたがいなかったら誰がわたしの案内をしてくれるの?」
そう言われて――。
カンナは美しく育った顔を思いきり誇らしく輝かせた。
客車の窓が開いた。
「あの……後ろから騎士がひとり、早馬に乗って追いかけてきているのですが」
「騎士?」
「はい。たったひとりで。いかがいたしましょう?」
「早馬に乗った騎士となればアンドレアさまからの伝令かも知れません。馬車をとめてください。迎えましょう」
アーデルハイドはそう答えた。そのときエイハブが自慢の獲物である
馬車がとまり、アーデルハイドは降り立った。
馬を飛ばして迫ってくる騎士が叫んだ。
「アーデルハイドさま!」
それはまだ若く、小柄な体格の騎士だった。
「自分も
それはかつてウォルターに従い
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