一八章 敵を知るために
「
アーデルハイドの言葉に――。
アンドレアは驚きの声を張りあげ、ハリエットは目を丸くして『
「はい」
と、短く、静かに、しかし、断固とした決意を込めて答えた。
「正気か、お前⁉ 敵の本拠地に乗り込もうなんて……」
「本拠地だから、乗り込む必要があるのでしょう。このまま戦いつづけるにせよ、
「
アンドレアのはっきりしすぎた性格のせいだろう。その言葉は『いぶかしむ』のを通り越して、相手をバカにしてるとしか思えなかった。失礼と言えば失礼だが、そんなことで怒るアーデルハイドではない。静かに、冷静そのものの声で応じた。
「試したことなどないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
アーデルハイドの言葉にアンドレアは
敵は倒す。
叩きつぶして従わせる。
それしか考えていない人物だった。そして、また、そうできるだけの力をもったきょうだいでもあった。その精神と自負心の
ウォルターとガヴァンが敗死してからの三年間は防衛することに精一杯で交渉に持ち込む余裕などなかった。そもそも、『交渉』というものは自分が優位にたったときにするものだ。不利な状況で申し込んだところで結局は足元を見られ、降伏を強要される結果にしかならない。
だから、いままで
「やはり、あいつら相手に交渉ができるとは思えないが……」
アンドレアがそう言うのも無理はない。なにしろ、
アンドレアの
「だからこそ、
「
「人間を食べるのなら他の獣でもいいはずでしょう。わざわざ、武器と鎧に身を固め、組織だって抵抗する人間を襲うより、その辺の獣を狩った方がずっと楽で安全なはず。実際、人間を襲うたびに
「そ、それはそうだが……」
「そもそも、
「それはそうですが……」
と、ハリエット。遠慮がちに言った。
「それなら、すでにアルノどのが……」
「アルノどの。『逃げ兎』のことですね」
と、アーデルハイドは単身、
「その方のことは聞いています。多くの有用な情報がもたされていることも。ですが、それはあくまでも
きっぱりと――。
そう言い切るアーデルハイドの姿に、ハリエットもアンドレアも言葉を失った。
「……わかった。そこまで決意しているのならとめはしない。相手のことを知るのが大切なのは確かだしな。ならば、すぐに護衛兵の選出を……」
「護衛はいりません。武器ももっていきません。この身ひとつで
「敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりか」
「『敵の本拠地だから』そうするのです。敵の本拠地に渡るのに少しばかりの護衛兵を引き連れていったとして、なにか役に立つと思いますか?」
「い、いや、それは思わないが……」
「でしょう? あの
わたしは
アーデルハイドはそう付け加えた。
「ですが、アーデルハイドさま。あなたがいなくなればせっかく大陸中に張り巡らされた食糧の供給網は……」
「わたしがいなくても、リーザがいれば供給網は維持できます。むしろ、わたしの存在は諸国連合にとって不安要素でしかないでしょう」
ハリエットも、アンドレアも、その言葉の意味は充分にわかっていた。
その美しい肉体を使い、各地の商人や悪漢たちを
国土なき大陸皇帝。
一部ではそうささやかれるほどの財力と影響力をもつかの
そのことがわかるだけにハリエットも、アンドレアも、それ以上、反対しようがなかった。
「わかりました」
ハリエットがついに言った。
「ですが、約束してください。必ず、無事に帰ってくると。諸国連合がどうの、
「その通りだ。世が世なら今頃、義理の姉妹になっていた仲なのだからな」
「ええ。わかっています」
アーデルハイドはきっぱりと言った。
「必ず、戻ってきます。
第三話完
第四話につづく
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