第三話 大陸会議
一三章 再会の追放令嬢
レオンハルト王国王都ユキュノクレスト。
かつては、人類最強国の王都として人類世界の中核であった都市。
この三年間で事実上、他の国々から見捨てられ、
しかし、新たなる王の誕生を得て、力強く蘇ろうとしている都市。
その都市に向かい、堂々たるひとつの軍勢が進んでいた。
敵ではない。味方、それも、もっとも頼りになる味方だ。これからの
ハリエットに付き従うのは諸国連合総将ジェイと、改めてその補佐官に任命されたアステスのふたり。ハリエットもジェイもアステスには引きつづき警護騎士団長として残ってもらい、警護に当たってもらうつもりだった。しかし、『ジェイ総将のいる所こそ自分の居場所』と主張してやまないアステスはそれを断固、拒否。同行すると言い張った。
「三年前とは事情がちがいます。この三年に及ぶ防衛戦で指揮経験のある人物は育っています。自分がいなくなっても防衛にはなんの心配もありません」
そう言い張ったのだ。
その決意の固さの前にはハリエットもジェイも説得することを諦めざるを得なかった。
もとより、アステスの有能さはジェイが一番、よく知っている。アステスの補佐があれば
もっとも、いくらかつてのジェイの副官とは言え、
そこで、ジェイの補佐官として任命することにした。あくまでもジェイ個人の補佐が役目であり、部隊に対する指揮権はもたない。まあ、ジェイが一言『アステスの命令は自分の命令と心得よ!』と言えば、指揮権が発生することになるわけだが。
なお、シルクス王女サアヤとその彼女[?]カナエは留守番である。サアヤはシルクスの王女とは言え、その立場で参戦しているわけではない。愛しのカナエの能力を知ってもらいたい一心で家出同然に国を飛び出し、個人として参戦している。シルクスと言う国家自体、遠く離れていることもあって諸国連合には加盟していない。そのため、サアヤには諸国連合の会議に出席する資格もなければ、理由もない。会談の間、防衛指揮の一角を担ってもらうことになっている。
ハリエット、ジェイ、アステス、そして、かの
「ハリエット陛下、ジェイ総将、近くに
「わかりました。ありがとうございます。今後も監視に務めてください」
諸国連合の盟主、それもまだ若く、愛らしい女性から笑顔と共にそう言われて――。
まだ若い兵士は
ユキュノクレストの城壁前。
そこには長槍を構えた一軍が並んでいた。皆、女性である。旧王レオナルドを追放し、新しい王となったアンドレアが自ら鍛えあげた戦う母たちの集団、
アンドレアは満面の笑みを浮かべ、両手を広げて旧友を迎えた。
「久しぶりだ、ハリエット。よく来てくれた」
「アンドレアさまもおかわりなく。いえ、いまでは『陛下』でしたね。大望の達成、お祝い申しあげます」
貴族令嬢らしい振る舞いで挨拶するハリエットに対し、アンドレアはかの
「はっはっはっ! そんな堅苦しい挨拶は必要ないぞ! お互い、あのわからず屋の旧王から冷や飯を食わされた身。無礼講で行こうではないか。そもそも、いまでは諸国連合の盟主である貴公の方が立場が上なのだ。遠慮せずに『アンドレア』と呼び捨てにすればいい」
そう笑うアンドレアを見て、
――本当にかわっていない。
と、ハリエットは懐かしくも微笑ましく思った。
ハリエットの視線がアンドレアの足元に移った。思わず、顔がほころんだ。
そこには、アンドレアのおまけのようについて回っている
「そのお方がアート殿下ですね?」
「そう。我が息子、アート・アレクサンデル・アンドレアスだ」
と、アンドレアは『ふんぬ!』とばかりに胸を張って愛息の名を告げた。
アート・アレクサンデル・アンドレアス。
アンドレアと旧王レオナルドの息子。
レオンハルト王家の
形式上はこのアートこそがレオンハルト王国の王である。ただ、あまりにも幼いと言うことで母であるアンドレアが仮の玉座に座っている。そのため、敬称は『殿下』である。将来、無事に成人すれば正式に王位に就き、敬称も『陛下』に変更されることになる。
アンドレアはハリエットに言った。
「旧き友との再会。積もる話はあるが、まずは公務をすませてしまわないとな。私事はそれからのことだ。さっそく、会議室まで来ていただこう」
「はい」
ハリエットは短くうなずいた。
今日のこの日、かつての人類軍の中核であった都市を訪れたのは、新生レオンハルト王国を諸国連合の一員として迎えるための
アンドレアが身をひるがえし、ズンズンと足音を立てて歩きはじめた。
その女性らしからぬ騎士然とした歩き方も三年前とまるでかわっていない。むしろ、母として、そして、王としての責任感からかよりいっそう男らしさを感じさせるものとなっている。その足元では息子のアートがぐずりはじめていた。母の衣服にしがみつき、せがんだ。
「母上、抱っこ」
歩くのに疲れたのだろう。まだ三歳とあれば当然のことである。例え、アンドレアがこの場で相好を崩し、抱きあげたところで誰も非難したりはしなかっただろう。それどころか、その微笑ましい光景に誰もが顔をほころばせたにちがいない。しかし――。
「アート。お前はレオンハルトの王だ。自分の足で歩け」
なんとも、かの
そう言うべきだろう。アンドレアは厳しい声と表情でそう言い放った。
母の厳しい言葉に――。
幼いアートは一瞬、うなだれた。それでも、すぐに前を向き、母について自分の足で歩きはじめた。普段からこうして厳しく
幼い子供が口を真一文字に引きしめ、必死に自分の足で歩いている。
その
ハリエットでなくてもそうだったろう。左右後ろに控えるジェイとアステスもハラハラしながらアートを見守っている。
アートが足をもつれさせた。転んだ。泣き出した。ハリエットが、ジェイが、アステスが、思わず駆けよって助け起こそうとした。それより早く、アンドレアの鋭い声が響いた。
「アート、なにをしている! お前はレオンハルトの王、お前の肩にはレオンハルト全国民の運命がかかっているのだぞ。自分の身ひとつ支えきれないでどうする⁉」
その
わずか三歳の幼児は泣きやんだ。立ちあがった。手の甲で涙をグイッと拭き、唇を真一文字に引き結んで歩きはじめた。必死に泣くのをこらえるその表情がおとなたちの心を串刺しにした。
「……
他人に対してはなにかとキツいアステスも、このときばかりは口元を押さえ、涙ぐんでいる。
「しかし、三歳児相手にはさすがに厳しすぎませんか? これでは、『母』と言うより『
ジェイもそう言った。
「……アンドレアさまですから。
ハリエットの言葉に――。
ジェイもアステスも心から納得したのだった。
ユキュノクレストの王宮。その会議室。そこでは、これまでに幾度となく重大な会合が開かれ、歴史を動かす決定が成されてきた。それらの会合のなかには正式に公表されてのものもあれば、決して表舞台に立つことなく、歴史の裏で開かれた非公式のものもあった。この部屋で行われてきた数々の会合の実体。そのすべてが明かされることは世の終わりまでこないだろう。
歴代の王のなかには列国の代表を迎えるにふさわしい場として、数多くの美術品で室内を飾り立てたものもいた。その頃は『この部屋ひとつで王都中の平民の家が買える』という状況だったらしい。しかし、いまの主は『やぼてんの騎士』たるアンドレア。かの
「間もなく、他の国の代表も到着するはずだ。それまでまっていてくれ」
アンドレアはそう言って席に着くよう
このあたりがいかにも『気の利かない』アンドレアらしいところだった。もっとも、茶が運ばれてきたところで誰も口をつけはしなかっただろうが。
アンドレアの言葉通り、続々と各国の代表たちが集まりはじめた。
盟友国スミクトルの国王エリアス。
北の雄国オグルの王ヴォルフガング。
遊牧国家ポリエバトルのハーン、ズマライ。
諸国連合を構成する国々の王が続々と到着し、席に着く。
アンドレアの横ではその息子アートもまた、レオンハルトの『本当の』国王として、その小さな姿をさらしている。
残る席はただひとつ。
担当の士官がその席に座るべき人物の訪れを告げた。
「無地商王アーデルハイドさま、ご到着なさいました!」
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