一四章 会議がはじまる
アーデルハイドが会議室に姿を現わしたその瞬間――。
室内にざわめきが走った。それは、アーデルハイドの
そう呼ばれていたアーデルハイドの
その美しさをもって知られ、日頃は自分こそが他者の輝きを消す
それほどの
各国の王ももちろん、アーデルハイドの
こうして目の当たりにするとやはり、その異次元の美しさに驚かされる。
そして、その
大陸各地の生産者と商人とをまとめあげ、大陸中の食糧の生産と流通を一手に握る立場にあるアーデルハイド。そのアーデルハイドはある意味、大陸最大の権力者と言ってもよかった。さらには、〝歌う鯨〟という強力な私兵集団まで手中にしている。
国土なき大陸皇帝。
一部ではアーデルハイドを差してそう呼ぶ声もあるほどだ。もちろん、公然とではないが。
その財力と影響力、そして、武力とを考えれば、各国の王が潜在的な脅威として警戒するのも自然なことだった。いくら、
そこには、アーデルハイドが一定の人間に手ひどく嫌われているという理由もあった。
――体を使って男たちをたらし込んだ
そんな噂はアーデルハイドには常につきまとっていたし、協力を取りつけるために体を使ったことは事実だった。そのことにある種の抵抗や、もっとはっきりと敵意や嫌悪感を示す人間は決して少なくなかった。
それは、この場にそろった各国の王たちにしても例外ではない。とくに、はっきりした敵意を向けているのが
神の妻として生涯、人間の男と交わることなく過ごす巫女女王である。その巫女女王からすれば、どんな男とも平気で枕を交わす女など嫌悪の対象でしかない。
当のアーデルハイドはどんな目で見られようと気にもとめない。『非難したいならどうぞ』と、常に超然としている。その態度はまさに女帝と呼ぶにふさわしいものだった。
ハクランの視線に対して敵意をむき出しにしたのはアーデルハイドではなく、かの
〝歌う鯨〟の首領エイハブによって護衛兼監視役としてつけられた少女は、この三年のうちにすっかり若い娘へと成長していた。その快活な
――あたしはアーデルハイドさまの番犬。
そう自らをもって任じている。
そんなカンナであれば主に対して嫌悪感を向ける人間など敵でしかない。
――アーデルハイドさまが体を張って各地の生産者と商人をまとめあげたから、いまの大陸の食糧事情があるんじゃない。お上品ぶって澄ましかえっているあんたたちは、食糧事情の改善のためになにをやったの⁉
そう怒鳴りつけ、なじってやりたいぐらいだ。
「カンナ」
そんなカンナをアーデルハイドが静かに
アーデルハイドにとってはハクランの視線などなんの意味もない。体を使ったのは事実だが、必要だからやったまでのこと。自分自身に対して恥じることなどなにもない。である以上、他人にどう思われようと気にする必要などなかった。内心でどう思われようと『おとなとして』公式の場で表面を
アーデルハイドのそんな思いを知るだけにカンナとしても
アーデルハイドが席に着いた。
それを見て、今回の会議の
「これで、出席者は全員、そろったわけだ」
生真面目すぎて気の利かない性格だけに、ハクランの嫌悪感にも、カンナの敵意にも気がつかない。そのために
「さっそく、会議をはじめたいところだがその前にひとり、紹介したい人物がいる」
「紹介?」
「ラッセル、入ってこい!」
アンドレアの声を受けて室内に入ってきた人物を見て、その場にいる誰もが目を丸くした。それは、前から見ても、横から見ても、
ダラダラと流れ落ちる音が聞こえそうなぐらい大量の汗をかき、オドオドとした表情を浮かべている。流れる汗をハンカチで拭き取ってはいるのだが、そのハンカチ自体がすでにグッショリと濡れている。手にしているだけで汗がしたたり落ちるぐらいなのだから一向に役にたたない。
はっきり言って不快な人物だった。列国の王たちが目を丸くしたのも無理はない。とくに、巫女女王として常に上品で清潔な環境にいるハクランなどは
「なにをしている、ラッセル。各国の国王陛下たちの御前だぞ。早くご挨拶しろ」
と、アンドレアは、まるで小さな子供に注意する母親のようにラッセルに言った。ラッセルはグショグショに濡れたハンカチで必死に汗を吹きながら言った。
「ラ、ララララッセルとも、ももも申しまます。よ、よよよろしくお願いしまます……」
よほどのあがり症なのか一声、話すたびに顔が赤くなる。ろれつも回っておらず、聞きづらいことおびただしい。
――なぜ、こんな人間がこの重大な会議の席上に呼ばれたのか。
諸王たちのその疑問は、アンドレアの次の言葉でさらにふくれあがった。
「紹介しよう。新たに我がレオンハルト王国の宰相となったラッセル卿だ」
「宰相だと⁉ その軟弱そうな男がか⁉」
思わずそう怒鳴ったのは遊牧国家ポリエバトルのハーン、ズマライだった。
『獅子』を意味するその名前にふさわしく、屈強な体格の武人であり、鍛え抜かれた肉体は文字通り肉食獣のしなやかさとたくましさに満ちている。もとより、ポリエバトル人は遊牧の民。馬に乗り、弓を放ち、敵と戦う、そんな野性的な
「なんの冗談だ、アンドレアどの。このような
そう率直に口にするあたりがポリエバトル人らしいところだった。
ラッセル本人はそう言われて恥ずかしそうに身をちぢこませた。そんな態度もまた、ズマライの、と言うより、ポリエバトル人の気に
ポリエバトルではこんな
ラッセルのその態度はまさに臆病者としてそしられ、
「確かに、
「レオナルドに意見しただと?」
眉をひそめて、そう言ったのはオグル国王ヴォルフガング。『巨人国』とも呼ばれるオグルの王らしく、ズマライにも劣らない大柄な武人である。ふたりが出会ったときには『どちらかより優れた武人か』と言うことで言い争いになり、決着をつけるために真剣勝負になだれ込みそうになったほどだ。
まわりが必死にとめたのでなんとか事なきを得たが、なにしろ、今回の
「では、国王同士の決闘にふさわしい場を用意しよう」などと、
そのアンドレアが胸を張って答えた。
「そうだ。三年前のことだが、この男、なんとあのレオナルドを相手に『ハリエットどのたちを追放したのはまちがいだった。正式に謝罪し、助力を乞うべきだ』と言い放ったそうだ」
そう語るアンドレアの声がやけに楽しそうなのは、そう言われたときのレオナルドの顔を思い浮かべて痛快な思いをしているからだ。
「おかげで反逆罪に問われて牢屋にぶち込まれ、以来、三年間、そのままだった。で、今回、宰相を任命することになって――なにしろ、わたしは戦うのは得意だが
そうあっけらかんと語るアンドレアを見て、ハリエットやアーデルハイドは意外な念を禁じ得なかった。
騎士としての誇りが高すぎて、ほとんど有害と言っていい域にまで達していたアンドレアだ。『他人の助けを借りるなど騎士の恥!』と、必死に勉強して自分ですべての政務を取り仕切ろうとしたはずだ。三年前までのアンドレアなら。それが、こうもあっけらかんと他人に助力を求める。
――かわっていないと思ったけど……やはり、この三年間でおかわりになられたのですね。
ハリエットはそう思った。
アンドレアはつづけた。
「しかし、残っていたのはレオナルドの
「ほう。それは頼もしい」
ヴォルフガングが感心した声を出した。
レオナルドがすべてを自分ひとりで決め、他人の意見など求めない独裁者であったことはこの場にいる誰もが承知している。そのレオナルドに公式の場で意見する。そのことにどれほどの勇気が必要かも、よくわかっている。レオナルドの
「しかも、三年にわたって投獄されながら節を曲げなかったとはな。見た目に似合わぬその気骨、気に入ったぞ」
ヴォルフガングは上機嫌に言った。
節を曲げないとかではなく、単に忘れられていたから三年間、牢屋で過ごす羽目になっていただけなのだが、そこまではヴォルフガングにはわからない。
「うむ。見直したぞ。先ほどの発言は撤回する。無礼であった。許されよ、ラッセルどの」
ズマライもそう言った。たちまち評価をかえるあたりが、良くも悪くも率直で単純な武人であるズマライらしいところ。ラッセルはそう言われてますます赤くなっている。
「それでは、アンドレアさま。そろそろ……」
ハリエットが言った。
アンドレアは力強くうなずいた。
「うむ。それでは、列国の王よ。世界と人類の命運を決める大いなる会議をここに開催しよう」
アンドレアらしい
まず最初に行われたのはアンドレアを『仮の』王とする新生レオンハルト王国を諸国連合に迎え入れるための
アンドレアと諸国連合盟主たるハリエットの間で文書が交わされ、新生レオンハルト王国は正式に諸国連合の一員として迎え入れられた。
そして、ここからが本題。
ハリエットは諸国連合盟主として諸国の王を前に宣言した。
「我々、人類はこれより、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます