39 氷を思わせる
学校に、太陽が戻ってきた。
ばあちゃんが根回しでもしたのか、凛々花の退学届けは撤回され、ゴールデンウィークが終わって次の月曜日には、いつも通りの凛々花の姿が教室にあった。
ある程度事情を知っていたクラスメートたちは、太陽の女神の帰還に驚き喜び、次々にやってきては祝福の言葉を凛々花に投げかける。
女子生徒たちはよかったねと涙を流し、男子生徒たちは浮き足だった笑顔になっていた。
なにしろ、永遠に失われたかと思われた女神の笑顔が、再び見られるのだから当然ではある。
別に凛々花の借金が精算されたわけではない、これからも神道寺家の住み込みとして働き続けることになっている。
借金そのものは神道寺家で買い取ったそうだが、月給はわずかなもの、計算上はこれからもずっと神道寺家の使用人をしなければならない。妹ととも離ればなれのまま、ピアノを買い戻してやることもできてない。
今は星多と愛想美を信じるしかない。
チャイムが鳴り、女性担任が教室に入ってくる。
「はい、みなさん、おはようございます。さて、ホームルームですが、まず今日はその前に転校生を紹介します」
教室がざわめく。
五月という中途半端な時期、高校三年生が転校してくるなんて、かなり珍しい。
「はい、入っていらっしゃい」
そして、この学校の制服に身を包んだ、一人の少女が教室にやってきた。
緊張しているのか、固い表情の彼女は、あまりにも整った顔立ち、毛先に動きをつけたポニーテール、ブレザーの上からでもわかるほど大きなバスト、なのにびっくりするほど細い腰つき、そして氷を思わせる透き通った白い肌。
「はぁ……」
誰か女子生徒が、感嘆のため息を吐いた。
というか、凛々花もそうするところだった。
屋敷の照明の下にいるより、こうして昼間の日差しのもとで見る彼女は、艶やかな透明感があって、本当にため息をつきたくなるくらい美人だと思ったからだ。
凛々花とはまた別の種類の、氷の彫刻のような美少女。
「あの、わたくしの……私の、名前は……」
そこで彼女は、凛々花と目を合わせてくる。
凛々花はにっこりと笑いかけた。
氷山のように冷たく固かった少女の顔から、すうっと緊張がとける。
そして。
長い冬を越え、木々が芽吹いた春の山を思わせるような、素敵な笑顔になる。
ああ、ほんとはこんなふうに笑うんだな、と凛々花は思った。
雪解けを迎えた少女は、担任に渡されたチョークで黒板に名前を書き、自己紹介を始めた。
「私の名前は、風音……」
少女――ツナは、クラス全員を見回す。まるで、珍しい景色を見るかのよう。
実際珍しいのだろう、眩しいのだろう。極度の人間不信で、ずっと学校に行ってなかったと言っていた。
黒板にかかれた彼女の名前は、とてもかわいらしい丸文字だった。
「かざねせつな、と読みます。今まで事情があって、ずっと通信教育だったんですが、助けてくれる人がいて、学校に通えることになりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく!」
凛々花が率先して拍手をし、それはクラス全体に広がる。
「あの、一つ、お願いがあります。せつな、という名前は、私の父が、私に愛人の名前をつけたんです、漢字は違いますけど。父は家族を捨てて、愛人とどこかに消えました」
いきなり重たい話を始めた。
もう聞いて知っていた凛々花も、いやさすがにこのタイミングで話すことじゃないでしょう、と思う。実際、クラスの中が「何この子、メンヘラ?」みたいな雰囲気になってしまった。
けど、学校に通うのが十年ぶりらしいので、空気が読めないのは仕方がないかもしれない。それとも、これはツナにとってどうしても最初に言っておきたい重大なことなのかも。
ツナは、続ける。
「だから、私は自分の名前が大嫌いです。父親の苗字も、その愛人の名前も。親しい人はニックネームで呼んでくれます。みなさんも、できればそうしてくれると嬉しいです」
「なんて呼べばいいのー?」
クラス一お調子者で通っている女子生徒が声をかける。
ツナは、にっこりと笑って、
「そうですね、せつな、からとって、ツナ、とか」
「シーチキン!」
お調子者が声をあげ、クラスみんなが優しく笑う。
その笑いが収まるまでツナは穏やかな笑みで待つ。
「シーチキン、好きですから。マヨネと合わせると最高ですよね。あとは、そうですね、」
クラスの中を見回し、視線は最後に凛々花へ。
そして、凛々花をまっすぐ笑顔で見て、
「あと、雪菜、の漢字からとって、ユキ、とか」
と言った。
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