37 好きな女の身体を、怪物たちが思いのままに弄び、楽しんでいる

 魔窟だった。

 そこには、怪物が棲んでいた。それも、一匹だけではなく、たくさんの怪物が。

 やつらは、凛々花やツナの身体に、触手のようにまとわりつき、しめつける。

 そして、怪物のうちの一匹が、なんの躊躇もなく……その排泄物を、凛々花の身体にぶっかけていた。

 なのに、その光景を、ベランダの窓ガラス越しの星多は、呆然と眺めることしかできなかった。

 目の前で、好きな女の身体を、怪物たちが思いのままに弄び、楽しんでいるさまを、星多は目を見開いて、ただ見つめた。

 泣きもせず。

 叫びもせず。

 怒りもせず。

 なぜなら。

 凛々花もツナも、その顔には、あきらかに悦びの感情が浮かんでいたからだ。

 女の、本能。女の脳と身体にしみついた、習性。

 知っていた、でも知らなかった。

 凛々花もツナも、女だったのだ、結局はこういうのが、きっと……好きなのだろう。

 女の本能と身体は、これを受け入れ、悦びとするようにプログラムされているのだ。

 星多はやっと気づいたのだった。

 凛々花だってツナだって、もう、子供の産める年齢だ。

 精神も身体も、このくらい受け入れるようにできている。

 口では嫌がりながらも、悦びにあふれる表情でこんなことをし、されている。

 排泄物でメイド服を汚しながらも、相手の男性器を綺麗にしようとしている凛々花。

 床に横になり、その美しく長い脚を怪物の身体に巻き付け、その怪物が動くたびに「痛い、痛い」と言いつつも、嬉しそうな笑みを浮かべているツナ。


「くはっ……」


 星多の口から、吐息が、漏れる。

 目に映るのは、少年が憧れていた十七歳の少女の顔ではなく。

 もはやそれは。

 ……そう、母親の愛に溢れた表情だった。

 実に。


 実に、のどかで、平和な、微笑ましい光景であった。


 星多にしてみれば、さっきまでの自分が馬鹿に見えるほどのアホらしい光景。


「もー! なにこれ、なんでおむつはずしたとたんにおしっこするの、この子!」


 凛々花が困ったように、でも少し嬉しそうに言う。


「まだ八ヶ月の赤ちゃんだもの、仕方がないわ……あいたた! く、やるわね、すばらしいスピニングトゥホールドだわ……次は、足四の字固めを教えてあげるわね」


 そう言うツナにプロレス技をかけているのは、小学校低学年っぽいちいさな男の子。

 そっくりな顔をした双子らしき女の子二人が、


「ねーおねーちゃーん、早くプリキュアのお人形で遊ぼうよー」

「駄目だよ、私がソラちゃんやるの!」


 喧嘩しながら凛々花の背中にまとわりついている。

 よく見ると、赤ん坊から小学生までの子どもたちがわらわらと凛々花やツナに群がって遊びをねだっている。その数、十人近くはいそうだ。


「すげー! このおねーちゃん、おっぱいでけー! ママの三倍くらいあるぞ!」


 足四の字で動けないツナの右胸を、五歳くらいの男の子が揉みしだいてる。


「ほんとだー! ママよりおっきー! ママより年下なのに、なんでー?」


 同じくらいの歳の女の子は、左胸を揉んでいる。


「やめなさい! 人が動けないときに、卑怯よ!」

「ねー、おねーちゃん、おっぱい、出るー?」

「出ないわよ!」

「なんで出ないの? ママはいつでも出てるよ? 病気なの?」

「いつか出るかもしれないけど、今は出ないの! もう怒ったわ、私のヘソで投げるバックドロップを味あわせてやるから、ちょっとこっちのベッドにきなさい」

「やったー!」


 バックドロップというよりも、愛情のこもったお姫様抱っこ。


「そうりゃあ!」


 ぽふん、と小さな身体が優しくベッドに落とされる。


「おねーちゃんつよーい!」

「当然よ。普段から練習しているのだもの」


 でっかい胸を張るツナ。練習って、あのキャットファイトのことか? アホか。

 その横ではやっとおむつ換えが終わった凛々花が、


「あ、そうだ、洗濯物かわいたかな、多すぎて干す場所ないんだよね……」


 そういってバルコニーに近づいてきて。

 物干し竿からぶら下がる子供用の下着に埋もれて二人を眺めていた星多と、目が合った。


「きゃぁぁぁーっ!!」


 凄絶な叫び声をあげ、凛々花は腰を抜かしてその場にへたりこむ。

 そりゃそうだ、だれもいないはずのベランダにいきなり男がいたら驚かないわけがない。


「あー泥棒?」

「泥棒だーっ!」


 子供たちが騒ぐ。


「アンパーンチ!」

「プリキュアッスパークリングシャワー!」

「かめはめはーっ!」

「四十門の魚雷は伊達じゃないから! 二十射線の酸素魚雷、二回いきますよー!」

「ほんやくこんにゃく!」


 なんだかしらんが、ガラス越しに子供たちがめいめいに必殺技の名を叫ぶ。っていうか、こんにゃくじゃだめだろ。


 あと軽巡洋艦北上のセリフなんて懐かしすぎて涙が出るぞ。


 えーと、どうしたらいいんだろ、こんにゃくのつもりらしい積み木をこちらに向けている子供と少し目線をあわせ、しばらく迷ってから、星多は「ぐわっ」と叫んでその場に崩れ落ちた。


「やったー! やっつけたー!」


 喜ぶ子供たちを背中に、凛々花がテラス戸のガラスを開けた。



「……星多、くん? なんでここに? どうやって? どうして?」

「ふ、ふふふ、どうしてでしょう……」


 ひんやりとしたバルコニーの床。その冷たさでかっかと火照っていたほっぺたを冷やしながら、星多は呟いた。



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