35 死刑判決がでた



 スピーカーが並ぶ叔母のマンション。

 星多と愛想美は、二人がけのソファに並んで座っていた。

 つけっぱなしのテレビでは、昼のワイドショーのコメンテーターがしたり顔で芸能ニュースについて語っている。

 肩が触れるか触れないかの距離で、二人はただテレビを眺める。

 愛想美の長い髪のさきっぽが、星多の手の甲をくすぐる。

 うざったかったし、暇だったので、星多はその髪の毛をつまみ、自分の手のひらをくすぐるようにいじくる。

 愛想美は特にいやがりもせず、自分の髪の毛で暇つぶしを始めた幼なじみで今は義兄を呆れたように見て、


「あのさ、星多ってさー、結構なんにも考えないで行動するタイプよね」

「失礼だな、俺だっていろいろ考えているよ」

「嘘でしょ」

「まあ、うん」


 はあ、と愛想美はため息をつく。


「そもそもさ、今回のこの作戦だってさ、なんかこう、穴だらけっていうかさ、ほんとにこんなんで時間稼ぎできるのかな」

「しょうがないだろ、ほかに思いつかなかったし。一晩もなかったんだから、いい考えが浮かぶまでじっくり時間をかけるなんてこともできなかったしなあ」

「あんた、正直ねえ」

「そんなん、子供の頃から知ってるだろ」

「うん」


 頷いて、愛想美は顎を手に乗せ、「まあ、嫌いじゃないけど」と、素っ気なく言う。


「あんまり引っ張らないでよね、髪の毛。痛んじゃう。禿げたらあんたのせいだから」

「愛想美、お前って昔から俺が髪の毛触っても怒らないよな」

「ま、あたしだってあんた以外に髪の毛なんて触らせないわよ」

「お前の髪ってふわふわで触ると気持ちいいんだよなー。愛想美の身体で髪の毛が一番好きだな俺」

「あっそ」


 興味なさそうに言う愛想美の頬が少し紅く染まっているのにも気づかず、星多は続ける。


「ほかに特に好きなとこはないけど」

「…………むぐぐ」


 ちょっと涙目になってしまった愛想美の表情にも星多はもちろん気づかない。


「そういや中学のとき、同じ感覚でクラスの女子の髪の毛で遊んだら、その場で女子に取り囲まれて裁判始まったぞ、死刑判決がでたけど土下座したら許してくれた」

「あんた、あたしがいない間にいろいろやってたのね……その時死刑にしてもらえば良かったのに」

「ほんとにそうなるとこだった、危なかった。ちょうどお前が引きこもってた頃だな」


 そんな時期もあったのだ。

 ほんのちょっとした行き違いがあって、愛想美は学校にいきづらくなったことがあった。

 それで、しばらくの間、愛想美はほとんど登校拒否みたいなことになってしまったのだ。

 しかも、そのことをばあちゃんに知られないようにするため、毎朝ふつうに家を出て、そのまま星多の家に「登校」する、という毎日。

 星多はそんな愛想美に根気強くつきあい、たまには自分も学校をさぼってまで、愛想美と一緒にいる時間をつくったのだった。


「あの時は私、もう、暇で暇でさー。あんたのお父さんが集めていたプロレスのDVDとかVHSのビデオテープとか、全部見ちゃったもん。あたし、日本の十六歳で一番VHSの扱いとプロレスに詳しい自信があるわ」

「一番ってか、唯一じゃねーの?」

「かもね。あんたが女子に土下座している頃、あたしはきっとジャンボ鶴田のタイトル戦とか見てた……二人して馬鹿みたい……。それより、ツナと凛々花先輩はうまくやってるかなあ。今、何時だろ」


 愛想美はスマホを取り出し、時間を確認する。星多も腕時計を見ると、午後二時。


「うまくあのばばあを騙せているといいんだけどな」


 現状あの家から離れているので、星多もうまくいっていることを祈るしかできない。

 片思いの女の子を守るためには、やっぱり家出なんて方法をとらないでそばにいるべきだっただろうか、と星多が思っていると、愛想美が突然、


「あ、メールきた」


 と言ってスマホの画面をのぞき込む。そして、その顔が一瞬にして青ざめた。


「やばいよこれ……ちょっと、電話する」

「なんだ、何があった? 相手、誰だ?」


 星多が訊くと、


「スパイよ。あ、つながった、ね、あたしだけど今のメール……」


 そうだった、ここにいては家のようすがわからないので、愛想美やツナと仲の良い、通いのお手伝いさんに、なにかあったらすぐ連絡するように頼んでいたのだった。

 見ていると、スパイと会話する愛想美のきれいな横顔から、だんだんと血の気が失せていく。義妹の表情が険しくなっていくのを見て、星多は嫌な予感がした。

 まるでプールにつかりすぎた小学生のように唇を紫色にして、「嘘でしょ? ほんとなの?」とうめくように話す愛想美。

 普段は血色の良い愛想美のほっぺたが、どんどんと青白くなっていく。

 もう、星多は腰を浮かしていた。

 すぐに動けるように。

 そして。

 通話を終えた愛想美が、少し震える声で、


「嘘だってばれたって……ツナと凛々花先輩、今日、政治家の家に送られたって……」


 と、星多に作戦の失敗を告げた。


「助けに行く」


 星多は間髪入れずに立ち上がる。


「助けるって、どうやって?」

「エロおやじぶん殴って、凛々花先輩たちを取り返すんだよっ!」

「そんなの、ノープランじゃない! 向こうは金持ちの政治家よ、セキュリティとかガードマンとかいるはずよ、うまくいくはずないでしょ!?」

「知るか! 俺のせいで先輩たちが……っ!」


 そうだ、これは俺が考えたことだ。失敗したのは、俺の責任なんだ。

 同じ家にさえいれば、身体を張ってでも止められたかもしれない。なまじ浅知恵で家出なんかしたばっかりに、凛々花先輩たちをよりいっそう危険にさらしてしまった。

 俺が、責任を、とる。


「大丈夫だ愛想美、プランは、ある」 


 星多は愛想美の持ってきた大きなキャリーバッグを乱暴に開ける。


「ちょっと、あんたなにしてんのよ、それあたしの……」

「わりいな、こう言うときのために紛れ込ませておいた」




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