25. メイドとお姫様とトロピカル水着



 星多がいなくなった部屋には、メイドとお姫様とトロピカル水着が残された。


「あのさー、ツナ、まじでどういうつもりなの?」

「あらお嬢様、なんだかみんなして小僧を誘惑しようとしている流れみたいなので、乗るしかない! このビッグウェーブに! と思っただけですわ」

「なにがビッグウェーブよ! っていうか、あたしに胸の谷間強調ポーズとらなくていいから! むかつくから!」

「あら、失礼」


 ツナはポージングをやめて、星多のベッドにぼすん、と座ると、クラシカルメイド姿の凛々花に顔を向ける。そして、


「ね、凛々花さん、あなた、十万円狙ってるでしょう? そんなに、お金ほしい?」


 ズバっと聞いた。


「え、そ、それは……ほ、ほしい、です……妹を、学校にやりたいから……」


 顔を赤らめながら言う凛々花。


「ビッチ」


 ツナが、冷たい声で一言。


「え?」

「ビッチ、って言ったのよ、まあいいんじゃないかしら、たかが胸チラするだけであんなにゼイゼイいってるくらいだから、十万円もらう頃にはおばちゃんになってるかもしれないけど。もらうのは私の方が先かもね。さっき、奥様に確認したら、私でも一回十万円っておっしゃってたわ」


 愛想美が顔を歪めて口を挟む。


「あんたたちさあ、……そういうのって、どうなの? ほんと、ビッチになり果てちゃうわよ。ツナってそういうの、嫌いだったじゃない。凛々花先輩だってどう見てもそういうタイプじゃないし、無理してるの丸わかりだし」


「お嬢様はただでもいいんでしょうけどね。中学一年生の時、引きこもりだったお嬢様を小僧が救って以来、ずうっと小僧にご執心でしたし」


「ばっばかっ……! なんでそんなこというのよ、そんなわけないでしょ、あのときはまあ、確かに、いいなあって思ったけど、でも星多のことはそんな風に思ってないし、第一、あのころからあいつ、ずっとユキさんユキさんって……」


 ムキになったように言う愛想美。


「ユキさん?」


 凛々花が聞き返す。愛想美はむすっとした表情で、


「あいつ、好きな人がいたのよ。中三の時、あたしがとりもってやって告白させたのに、フラれてやがんの」


 自分も星多に告白された身として、凛々花は少し気になった。


「その、ユキ……さん? って方は、今は……?」

「うちのお手伝いさん……だったんだけど、もういなくなったわよ、あんな奴。ほんと、氷みたいに冷たくて、嫌いだった、わりと暴力的だったし。あの氷女、大嫌い」


 とりなすように、ツナが言う。


「まあまあ、わたくしはあの方は素晴らしく美しく素敵な方だったと思いますよ。もう、ほんとに、あの美貌ったら! まさに美の頂点、惚れて当然ですわ」

「はん、何言ってんの」


 愛想美が鼻で笑う。


「ツラはともかく、性格がねえ。あの氷女、無表情のままグーで殴るし。パーでも殴るし。たまにチョキも使うし。あたしが子供の時は、ほんと怖かったんだから。さすがに子供じゃなくなったから、最近はそんなことなくなったけどさ」


 ん? と凛々花は疑問に思った。

 もういない、というわりには、最近はそんなことなくなった、というそのセリフはなんだかおかしい。

 あのそれは、と訊こうとしたところで、部屋のドアが開いた。

 星多が戻ってきたのかと思ったが、そうではなかった。


「あっはっは! 我慢できなくて今さっき買ってきちゃったわよ、みんなやっぱり星多さんの部屋にいたのね。見せびらかしにきたの、ほらツナ、これがあんたのおすすめなんでしょ? 見てみて! これで私も昔の体重に戻すよ! スーパー美人、大黒美由紀ちゃんの復活ののろしを今あげるわ!」


 ふくよかな、いや、ふくよかすぎる巨体をゆらして、大黒がでっかいダンボールを抱えてやってきたのだった。

 愛想美はあきれたようにため息をついて、


「ほんっと、昔はあんなに美人だったのに……。あの頃の大黒さんはもう帰ってこないんだろうな。いつも新しいダイエット器具を買ってはすぐに飽きるんだから」と呟いた。

 フォローするように、ツナが言う。


「でも、私はずっと昔から大黒さんのこと、尊敬してますよ。前に比べたら丸くなったけど。いや、もう、態度も身体も全部が丸くなったけど。昔のあの楚々とした大黒さんは永遠に失われたけど」


 小さな声だったが、凛々花には聞こえた。ぜんぜんフォローになっていない。

 大黒にも聞こえたらしく、チラリと凛々花を見て、「んっふっふっふー」と笑い、エプロンのポケットからラミネート加工された一枚の写真を取り出した。


「ほら、凛々花さん見て。これ、三年くらい前の私。看護師の制服のモデルもやってたの」


 その写真に写っているのは、清楚で美しく、すらりと背の高いスレンダーな美人看護師。

 涼しげな目元に、白い肌。

 キリッと閉じた唇には強い意志が宿り、近寄りがたいオーラすら感じさせる。

 それを見て、凛々花はくすりと笑う。


「ああ、これ美人さんですね。どなたですか?」

「私だって」


 大黒はちょっと口を尖らして言う。


「え、いやー、さすがに……嘘ですよね?」

「残念ながら本当よ」


 とツナが口を挟む。愛想美も呆れた目で大黒を見、


「そうなのよねー。別人みたいだけど、これ大黒さんなのよ。この後、デブ専の彼氏にひっかかって太ってみたはいいけど、すぐ別れちゃってさ。でも体重は戻らず。痩せてた頃も体罰されて怖かったけど、人間こんなに丸くなれるという事実を突きつけてくる今の大黒さんの方がよっぽど怖いわ。あたし、気をつけよう」

「あっはっは! でも太ってみたら、今までとは別系統の男が寄ってくるから楽しいよ」


 太ましい身体を揺すって笑う大黒。その顔を写真の中の超美人と比べて見て、凛々花は、私も太らないように気をつけよう、と強く思った。





―――――――――――――――――――――――――――

フォローと★★★をお願いします!

やる気が出ます!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る