7. 大正浪漫な女給さん



 二日後の土曜日。親同士の再婚が成立し、星多は愛想美あそびの家に引っ越してきた。


星多せいたー、ばあちゃんが呼んでるよ」


 引っ越しの荷物であるダンボール箱と格闘していた星多の部屋に、ジャージ姿の愛想美がやってきて声をかける。

 今日から義兄と義妹だと思うと、愛想美の顔を見るのもなんだか気恥ずかしい。ジャージという、生活感のある愛想美の格好がその思いをさらに増幅させる。

 これから一緒に住むんだなあ、と思うと、どう接していいのやら迷ってしまうのだった。

 それは愛想美も同じなようで、ふわふわの髪の毛で自分の表情を隠すようにしている。


「おう、今行く。ちょっと待っててくれ、俺も一緒に行くから」


 なにしろ、この家、馬鹿みたいに広くて、一人で歩くと道に迷いそうなのだ。

 和風建築の平屋建てだが、その敷地だけでおそらく東京ドームくらいはあるんじゃないだろうか。頭がおかしいレベルで広い。掃除もままならないので、何人もお手伝いさんを雇っているほどである。

 実際、子供の頃に遊びに来た時は、この家の住人であるはずの愛想美も一緒になって迷子になったことが何度かあるくらいだ。

 そんなわけで、愛想美の後ろにくっついて廊下に出た瞬間。

 星多の身体はビックン! と硬直した。

 愛想美とは別に、思わぬ格好の人物がそこにいたからだ。

 まず目に入ったのは、目に眩しいほど鮮やかな柄の着物。薄桃色の生地に、紅い蝶が舞っている。そしてその上からひっかけている、でっかいフリルのついた真っ白なエプロン。

 なんというか、年若い、大正浪漫な女給さんがそこにいたのだ。

 目が合うと、彼女は、少しハスキーな声で、


「お久しぶりでございます。風音かざねツナでございます」と言った。

「へ……あ、ああ……え? ……風音、さん? お手伝いさんの? 風音さん!?」


 なぜお手伝いさんが大正時代風な女給さんの格好をしているのかはさておき。

 実は、この女給さん、星多の知っている少女なのである。

 星多が小学生の頃からここで住み込みしていて、一緒に遊んだこともある。とはいえ、その頃は彼女もまだ子供と言える年齢だったし、いったいどういう事情で、そんな年少の頃からここで働いているのかは謎である。

 何度か愛想美に聞いたことはあったが、あまり人に話すことじゃないから、と教えてくれなかった。

 星多よりもひとつ年上なはずだが、昔から年齢以上に大人びていて、星多や愛想美のいたずらにはほとんど付き合わず、子供っぽいことはいつも冷めた目で見ていた。

 しかし、その頃は普通の格好をしていたはず。

 なんでこんな格好をしているんだ、わけわからん。

 改めて目の前の少女を見る。

 きめ細やかな白い肌に、彫刻のように完璧な顔の造形。

 ポニーテールをくるりと巻いて、どでかい飾りのついたかんざしでとめている。


「え、風音さん……和服だからすぐにはわからなかった……。あの、その格好……成人式?」

「振り袖ではございません。由緒正しき大正時代のカフェの女給の服装でございます。これがわたくしの制服なのです。あとまだ十七歳ですからお間違いなきよう。至らぬ点もございましょうけれども、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 綺麗なお辞儀をされて、あたふたしてしまった。若い女性の和装姿をこんなに近くで見るなんて、あまり経験がない。心臓がドキドキする。

 小さい頃一緒に遊んだ仲とはいえ、よく考えると、高校生になってから会うのは今日が初めてだ。女給の服装が似合っていて、以前よりもさらに美人になったような気がする。

 気軽に話しかけるのもためらわれて、なんというか、距離感が難しい。


「はい、あの、……ええと。……えっと、風音さん、よろしくお願いします」

「わたくしがその苗字を嫌っているのはご存知でしょう? 下の名前でお呼びください。お屋敷の皆様もツナと呼んでくださってます」

「……あ、はい、えっと、ツナ? さん? はい、よろしくです」


 それで彼女との会話は終了。

 やっぱり難しい。

 そもそも、星多は幼馴染の愛想美以外、親しげに会話できる女子なんて一人もできたことがないのだ。

 学校の部室でも、美少女の先輩を前にしていつもしどろもどろだったし。


「では、こちらで奥様がお待ちです」


 そう言って先導するように歩くツナの背中で、巨大なちょうちょのように結ばれたエプロンの紐が、本物の蝶のように羽をひらめかせていた。

 どうしてか少し不機嫌そうな愛想美と並んで、ツナについていく。






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