3. 先輩と身体を重ねあいたいんですぅっ!!



 星多せいたの心臓が肋骨をへし折って体外に飛び出しそうなほど暴れまわっている。

 別にそうなってもいい、死んでもいい、そのくらいの気持ちでさらに言葉を続ける。


凛々花りりか先輩のこと、俺、大好きです! できれば、よかったら、……あの、これから、今までよりも、もう少し、仲良くしてもらいたいです!」


 凛々花は目を伏せ、机の上の半紙に目をやる。

 その表情は嬉しそうにも、悲しそうにも見えた。

 そのことに不吉な予感を覚える。でもここまで言ったんだ、今から引くわけにはいかない、ちゃんと練習どおり最後まで言ってやる!

 女のことならまかせとけ、と自信満々の親友と一緒に練りに練った、「女を落とせる最高の言葉」をっ!


「あの、凛々花先輩!」

「うん……」


 微笑をたたえてはいるが、少し、……寂しそうに凛々花は返事をする。


「俺、俺……」

「うん」

「俺、凛々花先輩のことだけが好きだから……」

「うん」

「持っているエロ本とかエロ動画とか全部、捨てました!」

「うん?」

「もうこの一年、ずっと凛々花先輩だけを思って!」

「う、……うん……」

「だから、ほかのオカズは全部処分して、その代わりこの一年間ずっと凛々花先輩だけですっ」

「ぅうん!?」


 なにか奇妙な動物を見るような目。

 重苦しい静寂。

 凛々花は何かを言いかけて息を吸い、でもやっぱりやめて、明らかに動揺した目をキョロキョロギョロギョロと動かして、突然何かに気がついたかのように「あっ!」と声を上げた。

 途端に、凛々花のしなやかな髪の毛が逆立った。絹のように白かった肌が燃えるように赤くなっていく。


「えーと、星多くん、ごめん、私馬鹿だからよくわかんないけど、いやほんとにほんとにそういうこと全然わからないし、妹しかいなくて男の兄弟とかいないし、男の人のそういうあれってわからないんだけど、えっ、でもつまり、この一年間、星多くんはずっと私を想像して、その、その、えっ、そういうこと?」

「はいっ!」


 窓の外から、救急車のサイレンの音が遠く聞こえる。

 グラウンドでは野球部のコーチが何事か叫んでいる。

 近所の子供だろうか、幼い笑い声がどこかで聞こえる。


「あらやだひさしぶりぃ」

「やー、久しぶりねぇお買い物?」


 学校の前の道路で主婦同士が会話している内容までよくわかる。

 それほどまでに部室の中は冷えきった無音になっていた。

 凛々花は一歩星多からあとずさり、まるで逃げ道を探すかのように後ろを振り向く。

 その後頭部に向かって追撃の一言。


「だから凛々花先輩、俺の初めての人になってください!」


 深々と頭を下げる星多。

 そしてそのまま、親友が「この一言で絶対落ちる」と自信満々だったセリフを吐く。

 これで、とどめだ。


「俺、凛々花先輩と身体を重ねあいたいんですぅっ!!」


 出入り口は星多に塞がれていることを知って、凛々花は半紙を押さえていた細長い鉄製の文鎮を手にとり、それを警棒のように持ってブンブンと素振りを始める。


「この場合どこまで正当防衛になるのかな……」


 凛々花の呟きの意味が、沸騰してぐつぐつ煮えている星多の脳みそにはわからない。

 だけど、でも、星多は清々しいほどの達成感に包まれていた。

 あれだけ練習した告白の言葉を、きちんと最後まで言えたのだ。

 返事がイエスでもノーでも、もう後悔はない。

 その返事が文鎮という名の鈍器による頭部への致命傷になりかけていることには全く気づいていないのだけれど。

 そろそろと頭をあげ、ちらりと大好きな先輩を見る。

 その凛々花は、文鎮を中段に構え、大仰な警戒のポーズをとっていた。


「あれ、先輩、なにしてるんですか。俺真剣なんですよ」

「いや今私もわりと真剣。……あのね、星多くん、今のって、えっと、告白? だよね?」

「あ、はい。あれ? なんか違いましたか?」

「あのね、星多くんの性格からして、今のはちょっと違うと思う……」


 あれ、俺なんか間違ったか? 友人まで巻き込んであんなに練習したのに!


「先輩、俺、ただ、す、好きですって言いたくて。言い方は友達と相談しましたけど……」

「あー、うん、星多くん、その友達との付き合いはちょっと考えたほうがいいかもね」


 文鎮を机に戻し、呆れた顔をする凛々花。でも、そのあとすぐに、「ふふっ」と笑って、


「星多くん、人の言うことを素直に聞いちゃうもんね。私そういうとこ、嫌いじゃないよ」

「あの、先輩、それで、返事は……」

「えっと、その前に、星多くんに、どうしても今日、言っておかなきゃいけないことがあったの」


 さきほど机の上に置いた和歌の書いてある半紙を再び手にもって、凛々花はそこに書いてある歌を読み上げる。


「瀬を早み、岩にせかるる瀧川の、われても末に、あはむとぞ思ふ……これ、恋人との別れを詠んだ歌だけど、……へへっ、星多くん、あのね……」


 半紙を両手に持ち、まるで賞状を渡すかのようにそれを星多に突き出す。


「これ、あげる。ごめん、私、実は連休前に、学校辞めることになったんだ」



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