4. ご褒美になっちゃう
「はあっ?」
目の前の先輩はあくまでも笑顔で、でもそれはとても不自然な笑みだった。無理矢理につくった表情だというのがわかる。
「先輩、やめるって……やめる? え? なにを? 学校? え?」
「えへへ、ごめん、隠してたわけじゃないんだけどね。お父さんがちょっとお仕事失敗しちゃったみたいでね、なんか家にお金がなくなっちゃったんだって。お父さんは私のこと、なんとか高校卒業させたいみたいだけど、家族が困ってるのに私だけのんびりと高校生活送るわけにはいかないからね。妹もいるし。無理言って、なんとか住み込みの仕事、見つけたの。少しはお父さんとお母さんの助けになりたいからね。すごく反対されたけど、でも、もう決めたの」
「そ、そんな、学校終わってからバイトとか……」
「そういう額じゃないみたいなんだよねえ。ほら、これ記念にあげるよ、星多くん」
憧れの先輩はそう言って、和歌の書かれた半紙を星多に差し出す。星多は何も考えられず、和歌の書かれた半紙を受け取る。
半紙越しに、
「もう、クラスとバレー部のみんなにはお別れ言ってきたんだ。星多くんが最後。書道部、二人だけの部活だったけど、この一年とちょっと、とっても楽しかったよ。星多くん、この思い出は絶対に忘れないからね」
いつのまにか、凛々花の頬には一筋の涙がこぼれ落ちていた。
思わず、叫ぶ。
「先輩! だったら、俺もバイトします! 俺も働いて協力するから、学校辞めるとか言わないでくださいっ」
凛々花は少しびっくりしたように目を開き、「ぷっ、くっ、ふふふ」と吹き出すと、
「ありがと、そんなこと言ってくれたの、星多くんだけだよ。でも、親に迷惑かけられないっていうのに、他人の星多くんにそんなことさせられるわけないでしょ? ありがと、今の言葉、ほんとに嬉しい。ありがとね」
「先輩、やだ、俺、いやです……だって……そんなの、あんまりだ」
いましがたの告白のことすら忘れ、星多は凛々花の涙が伝染したかのようにぽろぽろと目の端から滴を垂らす。
「ね、知ってる? 人って、その人のこと思い出す時、最後に会った時の顔を思い浮かべるんだって。だから、笑おう? ほら、にこって。」
「笑えないですよ……。あの、でもこれからもラインとか、していいですか?」
「お金かかるからスマホは解約しちゃった。でも大丈夫だよ、星多くんとこれで永遠のお別れってわけじゃないから」
「だって、そんなこと言ったって! もう会えないじゃないですか! 俺、俺、凛々花先輩のために、俺ができること、なにか、ないですか?」
「人生は、自分で切り開かなきゃね。私は私の力で生きていくの。でも、ありがと。そっかー、星多くん、ほんとにまだ知らないんだね。んー、面白いから、黙っていようかな。そうだね、強いて言うなら、星多くん、私のこと、……ちゃんと、これからも、葉山凛々花っていう一人の女の子として扱ってくれたら、嬉しいかな」
なんのことだ? 先輩は、いったい何を言ってるんだろう?
俺がなにを知らないっていうんだろう? 黙っているって、何を?
これからも、と言われても、これからはもう凛々花には会えないのだ。
星多には凛々花の言っていることがもう、さっぱりわからない。
「へへ、どうしても笑ってくれないみたいだから、罰としてこれを与えちゃおう!」
涙でぼやけた星多の視界に入ってきたのは、凛々花のいたずらっぽい笑み。
フルーティな心地よい香りとともに近づいてきて、大好きな先輩が星多の手をぎゅっと握る。凛々花はしばらく星多の顔をじっとみつめてくる。
そして、次の瞬間、凛々花が突然身をかがめたかと思うと、
「罰じゃなくてご褒美になっちゃうかな?」
ちゅ、と星多の手の平に、憧れの先輩の唇が軽く触れた。
柔らかくて、少し暖かかった。
凛々花は頬を上気させて、「えっへっへっへ」と笑うと、
「お、その顔、いいねえ、笑顔よりも印象深いよ? じゃ、この顔のまま、お別れしよ。大丈夫、川の流れは岩で別れても、いつか元通り一つになれるんだから」
小さく手を振り、長い髪をなびかせて回れ右、風のように部室から去っていった。
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