11話  すねた男心  1

 それから三日、土産の賞味期限になっても、優の笑い声は公園に響かない。

 代わって顔を出すのは『劇団北斗七星』だ。いつもなら笑ってやり過ごす騒がしさが耳にさわる。


「留さん」

 と、人懐っこく笑いかける淳一が優の顔に見えてきた。


「淳一、これが最後だ。僕は、『留吉』じゃない。僕の名前は……」


「留さん、八人兄弟の末っ子でもいいじゃない。

 僕は一人っ子で、逆にうらやましいよ。

 酔った勢いなんて、どこにでもある話です。

 もっと、自分の名前に誇りを持ちましょう」



 淳一が言い切って間もなく、一真はベンチから立ち上がる。

 片手で淳一の胸ぐらを持ち上げ、にらみつけた。


「いいか小僧こぞう? 

 僕の名前は北澤一真だ。覚えたら言ってみろ。

『きたざわかずま』言わないと首の骨を折るぞ」


 淳一の足が浮く姿に、宇野が止めに入った。


「分かったって、北澤さん。

 淳一が白目をむいている。もう、止めてくれ」


「だめだ。まだ返事をしていない」

「できねぇ~んだよ」


 宇野に押さえつけられると、一真は不機嫌にその手を払いのけた。


「何を聞いたのか知らないが、あのガキは嘘吐きだ」


「優ちゃんは嘘吐きじゃないもん。

 チケットをひろってくれた優しい子なのに、優ちゃんを悪く言うな――――! 

 優ちゃんが留さんと言ったら、この人は留さんなの~」


 淳一が泣き出すと、劇団員は一斉に耳をふさぎ、一真は力なくベンチに腰を下ろす。その日、劇団員は、『留さん』を止めたが、淳一は涙をたてにして、その後も留さんと叫び続けていた。



               ◇



 一週間後、一真が無造作むぞうさに捨てたのは、土産と言う名のよく冷えたゴミだった。


 姿を見せない腹立たしさと孤独にさせた憎悪ぞうおで、一真の顔は冷気を放つ。一つ、二つと捨てていたお菓子を、怒りに任せて投げつけた。


「ねえ、一真様の噂を聞いた? 

 最近、機嫌が悪いって……」


「知っている。あいさつしたら、にらまれたわ」

「いつも笑っていたのに、どうしちゃったの?」

「さあ~」


 客室のひそひそ話に渡部が足を止める。

 日毎、増えるホテル内のバッシングは、渡部一人では消せない。

 一真が暮らしはじめて二ヶ月、今まで見せなかった気むずかしさに、スタッフは悲鳴をあげた。



「渡部でございます。入りますよ」


 渡部が部屋に入ると、カーテンは閉め切ったままだった。


 テーブルに酒の瓶が転がり、床に脱ぎ散らかした服が散乱している。雑然ざつぜんとした部屋で、一真はソファーに腰を下ろしていた。


「誰が入っていいと言った?」

「お食事をお持ちいたしました」

「いらない」

「召しあがったほうが……」

「同じことを何度も言わせるな!」


 一真が投げつけた瓶は、渡部の頬をかすめてサイドボードにひびを入れる。

 渡部は一真の背中を眺めながら、テーブルにお膳を置いた。


「『サンプラザ札幌ホテル』に、花村様はいらっしゃいます。

 会いに行かれたら、いかがですか?」


「どうして僕から行くのさ……」


「『会いたい』そのような言葉がございます。

 お使いになったことは?」


「ないよ」


 一真はぼそっと言ってから、カーテンの隙間すきまに視線を流す。窓に打ちつける雨で、街は灰色にかすんでいた。


「先日、お買いになったカサを差すには、よい空模様ですね」

「――渡部、部屋を出ていけ」


「『素直さ』は、人の財産と言います。

 たまに、お使いになることを、お勧めいたしますが?」


「お前が出ていかないなら、僕が出ていく」


 通りすがりにお膳を蹴り飛ばし、渡部の前を通り過ぎる。手に持ったカサは、壁を叩いて通るにはちょうどよかった。



               ◇



 雨は今日で三日続いていた。ベンチはかすみ、公園が白銀の世界に見える。春へと加速をする街で、一真だけが冬を恋しがっていた。


「留さん? やっぱり留さんだ~」

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