4話 いやな予感 1 河川敷
四月に入り札幌は春の景色を
「留さ~ん」
優の声に、文庫本を閉じる。
優が暮らしはじめてから『明日の約束』はない。
一真の散歩は決まって午後三時で、その時間を見はからって、優は毎日やってきた。
「僕は、『何かあったら、おいで』と言ったんだ」
「今日も疲れたって、何かがあったの」
「仕事中か?」
「早番なの。今日の業務は終了だ、ぴょん」
優の働くホテルは、価格のわりに味がいいと評判だった。
ビジネス街の立地も
「留さん、働くって素晴らしいね」
「仕事がないのは、もっと、素晴らしいよ」
「留さんって、毎日、何をやっているの?」
「鳩に餌をやったり、
「お爺さんのリハビリみたい」
「人がいなくて、静かな河川敷だ」
「わたしも、豊平川に行きたい」
「僕は、そろそろ帰る」
言ってはみたが、
文庫本をジャケットに忍ばせ、「はいはい」と重い腰を上げた。
支笏湖近くの沢を源流とした豊平川は、札幌中心部を流れ
地下鉄
優は河川敷で平らな石をひろい五色のペンで、黙々と絵を描く。
「できた」
の声に一真がのぞくと、立体的に描かれたお地蔵さんが笑っていた。
「なんと、絵心があるじゃないか?」
「上手でしょう~ 一万円でいいよ」
「金を取る気か?」
「将来は有名人かも、投資のつもりでどう?」
「リスクが高すぎる」
「じゃあ、ラーメンで手を打つ」
優が指をさすのは、土手で湯気を出す屋台だった。
一真は見えないふりで背中を向け、歩き出した。
「留さ~ん」
「おいで、ホテルで何か食べよう」
「聞いていないの?
あたすは、ラーメンが食べたいの。
コーンたっぷり味噌ラーメン!」
「じゃあ一人で食べなさい。僕は帰るからね」
ツンと横を向き、一真は南大橋を目指す。
「留吉の、バ~カ!」は、がまんができた。
「死にぞこな~い!」で、南大橋を渡る一真の足が止まる。
「
と言われ、にらみをきかせてふり返った。すると、追いかけてきた優もピタリと止まる。しかし、後ろの自転車は止まり切れない。
優を避けようとハンドルがふらつき、一台目が
「痛てぇな~ 急に止まるな、くそガキ!」
声を荒げたのは
「宇野せんぱ~い、チケット落としました~」
「何をやっているんだ。全部落ちたのか?」
「全部です~ もう四時、間に合いませ~ん」
欄干に身を乗り出す八人は、おそろいのスタジャン姿で、背中に『
自転車の籠から飛び出したチケットは空に舞い、ふわふわと豊平川へ落ちていった。
「いやな予感がする……」
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