3話 聞き分けのない女子高校生
「これが最後の砦なの。
だめなら、親のコネで働かなきゃいけない」
「コネで働きなさい」
「絶対にいや! 十八で自立をするの。
だから、『サンプラザ札幌ホテル』に行かなきゃだめなの。
死ぬひまがあるなら、さっさと答えろ!」
苦しさでまぶたが開くと、パンフレットの赤丸を手袋がさしていた。
一真はだるそうに体を起こし、ベンチからすらりと長い足を下ろすと、北側車道を指さした。
「
さっさと行って、とっとと消えろ!」
「ありがとう」
「ちなみに、三時三十分だ」
「分かっている。
頭を下げ、走り出すと三つ編みが揺れる。斜めがけのスポーツバックについた鈴が、背中でジャラジャラ鳴いていた。
「もう少しだったのに……」
一真は首筋に手を当て、自分の脈を確かめた。
凍る大地から、突き上げる地吹雪を体が覚えている。
落ちた意識で、一度、死んだ気がしていた。
あと少し―― あと、もう少し――
意識が消える瞬間をひたすら待ち、数え唄を繰り返す。やがて、鈴の音が
胸倉をつかまれる気配を感じ、ベンチから体を起こすと、一真の空は赤いカサに染まっていた。
「先ほどはどうも。目が覚めた?」
「また、君か……」
「面接は無事に終了、取りあえずお礼を言いに来ました」
カサをまわして笑う顔は、幼さが残っていた。
面接時間は十分程度で、その速さに
それは、鼻から口元へ伝う二本の水路で、そんな女がフロントに立てば、観光都市札幌の終わりを意味していた。
「お礼はいいから、帰りなさい」
「じゃあ、お礼の品は、いかがでしょう?」
「何?」
「飴」
赤い手袋が差し出したのは、黄色い包み紙が一つ。
『
「
ホームレスには厳しい季節だから、糖分を取らないとね」
「僕が、ホームレスに見えるのか?』
「さすがに、ホームレスに見えても、ホームレスに向かって、
『もしかして、ホームレス?』なんて、言えないよ」
「もう一度言うぞ。帰りなさい!」
「まだ、お礼を言ってない」
「お礼はいいから、帰りなさい」
「じゃあ、お礼の品はいかがでしょう?」
「ん?」
「どら焼き」
「ちょっと、待て」
一真は、うっかりどら焼きを手に取るが、ループする感覚で頭を押さえる。
ここはすでに死後の世界で、お迎えはとぼけた顔の三つ編みなのかと空を見上げた。すると、雪雲は流れ、
氷点下の気温に差はないが、体感温度は高い。
凍りついていた髪はとかされ、
「もう、凍死できないね。ほ~ら、寿命が延びたでしょう?」
飴で寿命が延びるなら、高齢化社会のゆく末は深刻な問題だ。
そして、一真の深刻な問題は帰宅をうながしても、話を続ける女子高校生問題で、面接会場を間違えたのは金歯のタクシーで、一度だけうなずいたが、世話になった銀縁メガネの話は、よく分からなかった。
「もうすぐ日が沈む。よい娘は、お家に帰る時間だ」
「名前を教えてくれたら帰る」
「君に名乗る必要はない」
「
顔を正面からのぞかれ、一真は横を向いた。
「
「違う!」
否定をするために正面を向いたが、「分かった!」の声に驚き、「もしかして~」と指をさされて鼓動が早まる。
「きっと、酔った勢いで、ついぽっこりできちゃった、
八人兄弟の
「……」
「あなたの名前は……
いや、
一真が二回うなずいたのは、「分かった!」になんの不安を感じる必要もないと言う理由で、「末吉」と「留吉」を容認する仕草ではなかった。
しかし、否定が遅れたことで、名前は後者の『留吉』に決まり、頭を抱えるとビルの谷間に、日が沈みはじめた。
手のひらには、どら焼きと黄色い飴が一つ。ホームレスの誤解の解き方を考えているうちに、ミルクチョコが二つ乗る。
次に、聞き分けのない女子高校生を雪に埋める方法を考え出すと、
「もう、お菓子はないの」
と言われ、広げた手のひらが、
「これだけじゃあ、
今日の分しかなくてごめんね」
「いや……そうじゃない」
「そうだ。明日もお菓子を持ってくる。
だって、おなかが減るでしょう?」
「僕は……」
「留さんには、お世話になったから、
三時にここに来て、明日はみたらし
「みたらし団子」
「わたし、そろそろ帰るから、ベンチで寝ちゃだめだよ。
『明日の約束』忘れないでね」
「帰る……それはよかった」
積極的に否定をしなかったのは、開放感からだった。
ベンチに深く腰をかけ、走り出した背中を眺める。身長は百五十センチ代と小柄で、赤い長靴を
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