第53話 触れたら脆弱


 二週間くらい前に電車に乗ったらたくさんの学生に遭遇した。午後の早い時間だったからきっと下校途中の新1年生とかそこらへんだったのだろう。


 複数人でワーワーしているのもいれば、独りでおとなしくしているのもいた。そんな光景の中で、いつも同じ車両の真正面に座っていた女の子のことをなんとなくを思い出した。



 私も高校時代は電車通学だったのだけど、帰りに乗る午後四時過ぎの車内はガラガラで、座席はいくらでも空いていた。私はいつも同じ車両の七人掛けの端に座っていて、途中から乗ってくる女の子もいつも私の真正面に座った。


 なぜ席を変えなかったんだろう、なんて今になってほんのり不思議に思うのは、結局私もその場所を譲らなかったのだから彼女だけに向けるべき疑問ではない。いや、私はいつもその子が座ってくれて、異性として嬉しかったのだと思う。というのは、いまの私の見解でしかないのだが。



 その女の子は小柄で、髪はいつもツインテールをしていた。ともすれば年下だったかもしれない。


 って、相手も高校生だったのだから年齢差なんて上にも下にも最大で二年分の差しかない。たったそれだけの差なのに「先輩」「後輩」なんてずいぶんと強い上下関係が生み出されるのは、社会に出てみるとひどく滑稽な感じがする。



 言葉を交わしたことは一度もない。でもお互いにいつも同じ場所に座っていた。


 あるとき、彼女の定位置である私の真正面の席に、彼女よりも前の駅から乗ってきた見知らぬサラリーマンが座ってしまった。


 案の定、彼女はいつもと同じ駅から乗ってきて、いつもと違う状況に気付いた。さあどうするのだろうかと思ったら、ごく自然に私の隣に座った。度胸あるなぁと感心した。(これもいまの私の感想でしかないが…)



 その日、女の子はそのままうつらうつらして、私の肩に寄りかかるギリギリのところで止まって眠ってしまった。完全に寄りかかるのではなく、数センチを残していたその距離が甘酸っぱ~い。

(女の子の守護霊がその距離を全力でキープしていた等々、諸説あり)


 降りるのは私が先。そのまま立ち上がろうとすれば体がぶつかってしまう。さあどうしたものか。軽く肩を叩いて「もう降りるから、じゃあね」とでも声をかければカッコいいのか。


 でも私は当時からずっとカッコよくないから、上手くすり抜けて無言で電車を降りた(はず)。



 なんてことを書き記している現在の私はもういい年をこいているわけだが、そうやって思い出している女の子の像は、いつまでも小柄でツインテールをしている高校生のまま。


 でもよく考えてみてほしい。


「相手も高校生だったのだから年齢差なんて上にも下にも最大で二年分の差――」


 結局のところ、あの少女だっていまも私と同年代なわけだ。つまり、私と同じようにいい年をこいているのだ。


 無論、私と違ってちゃんと結婚しているかもしれないし、子育てもしているかもしれない。そういう人物が私の中では延々と学生の姿で押し止められている。


 おしなべて思い出が残酷なのは、相手をその年齢で繋ぎ止め続けている、相手をその年齢のままで生かし続けてしまっていることだ。



 ちなみに私はツインテールという髪型がものすごく好きだ。でもそのある種の性癖の原初が前記した女の子なのかといったら、それはさにあらず。


 そこのところは、あたいのクリクリお目目ちゃんであるところの「チューちゃんの垂れ耳」を連想できるから好きだ、というのが事実。


 つまり、私はいつまでもウサギさんが、チューちゃんが好きなのである。





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