第32回 季節よりも寒い


 あまりにも寒かったから、長年使っている電気ストーブを出した。


 十一月はまだ秋だから、肌に触れる空気の冷たさはまだ「寒さ」ではない。なんていう感覚は、ただの意地でしかなかったのだろう。


 半面、まだ気温が高い日もある。


 気温の高さに関して「今年は異常だ」と簡単に言ってしまえるとしても、その実、数年前も似たような気候だった(二〇一五年だったか)という事実をニュース番組で知らされたとき、たった数年前の空気の質感――、その時間を経たはずの自分自身を忘れていることに、むしろ悪寒が走る。



 正直なところ、私は毎年、電気ストーブのスイッチを入れた初日のことなんてすっかり忘れてしまっている。さらに「十一月はまだ秋」の感覚だから、その時期に電気ストーブのスイッチを入れるなんて私は考えていない。


 でも今年はなぜか初日に、電気ストーブの前で張り付くようにして丸くなっていたチューちゃんの姿を強く思い出した。


 イヌやネコならまだしも、チューちゃんはウサギだ。


 というある種の先入観が正しいのかわからないが、それでも九年間一緒に過ごしてきた中ではじめて見た光景だった。


 内臓の機能が著しく低下していて、体温が急激に下がっていたのが理由だった。


 チューちゃんが亡くなる三日前の話だ。六年前の十一月十六日。



 つまり、六年前の同じ時期に、私は同じような寒さを実感していた。


 でもやっぱりそんなことはすっかり忘れてしまっていて、まるで十一月の寒さを生まれて初めて体感したかのように、今年は「寒い、寒い」と口にしている記憶の欠落が、私にはよくわからない。


 言ってしまえば、今年の夏の暑さの質感だって、私はもう忘れてしまっている。


 いや、暑さだとか寒さだとか、そういうものは「チューちゃんが亡くなった」というような、もっと大事な記憶の中に埋もれている小事でしかないのかもしれない。



 だからといって、暑さに勝る今年の夏の記憶なんて私は持ち合わせていないし、もう六年間もチューちゃんのいない寂しさの中に在るんだなぁなんて、改めて気付かされる羽目になった。





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